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第一話 「幻神ヴァルト」

<登場人物>


速水雄士はやみ ゆうし 男性 19歳

・政府組織「ガーディアン」に所属する男で、槍使いのヴァルトスへと変貌する。

 無口で無愛想、他人との付き合いも途切れがちなことが災いし、傍若無人な幻神ヴァルトスの世話係を押し付けられている。


幻神ヴァルトス 女性? 年齢不詳

・敵対していた虚神シュヴァルトと共に、力を失って地上へ現れた神。

 神の力を与えることを条件に与えられたゲームと菓子に囲まれながら、自堕落な生活を満喫している。

 都内某所にあるオフィスビルの一角、表札の掲げられていない一室の扉に空いた方の手を掛けた速水雄士はやみ ゆうしは、躊躇することなくその扉を押し開けた。

 小さな会議室程度の大きさを持つフロアは備え付けの証明に照らされて、整理整頓の行き届いていない無惨な有り様を容赦なく浮かび上がらせている。

 気紛れな部屋の主が興味本意に手を出して、大した間を置かず飽きて放置したような状況が示しているのは、まさしくそういう存在がこの部屋を陣取っているという事実であった。

 比較的開けた空間、最低限の寝床を確保する為に力業で確保したらしき部分に鎮座する長大なソファの上にいるのが、その当人である。


「遅いぞ、速水。この幻神ヴァルトをいつまで待たせる気だ」


 自らを"幻神"と名乗ったのは、年の頃10にも満たないであろう容姿をした少女であった。

 一際目を引く銀の髪や緋色の瞳は東洋の人間からはかけ離れた印象を与え、遠目に見ればその呼び名に相応しいと言えるだろう。

 但しそれは、ソファの上で寝そべった姿勢のまま携帯ゲーム機を弄っている自堕落な姿を考慮しなければの話だ。

 横柄な態度で来訪にダメ出しされた形になった速水は、表情こそ変えないものの周囲のガラクタの山を蹴飛ばす勢いで歩み寄ると、その手にしていたものを少女のすぐ脇に備えられているテーブルに放り出した。

 最寄りのスーパーのロゴが印刷されたビニール袋の中に入っているのはチョコスナック系の菓子であり、少女の"待たせる"という言葉が示す通り、速水がこの部屋に辿り着く前に買い出しさせられた品々であった。


「いつ俺がお前の召し使いになった。文句があるなら菓子くらい自分で買いに行け」


「神である我になんという不遜な口の聞き方……おい速水、これ頼んだものと違うぞ!?」


 律儀に買ってきたことに対する労いより先に文句の言葉が出るのは、さほと珍しいことではない。

 自堕落に加えて気分屋なところのある神様は、大概粗を見つけては難癖をつけてくるのである。

 娯楽に興じる姿が示す通り、その行いの全ては退屈しのぎの延長でしかなく、であればその反応も当然のものであると受け入れるしかない。

 故に速水は一切取り繕うことなく、ただ率直な意見を伝えるだけであった。


「売り切れだった。似たようなのをいくつか買ってきたんだから、それで我慢しろ」


「なんということを……! わざわざ名前まで指定したのだぞ、店を梯子してでも揃えるのが誠意ではないか!」


「そんな誠意は最初から存在しない」


 怒りに肩を震わせてまで取り乱す少女に対し、速水の対応はあくまでも冷ややかなものである。

 菓子の銘柄が違うことで激情に囚われた経験のない身では仕方のない反応だが、怒りの収まらない少女の様子を考えると、余程のことを仕出かしてしまったのだろうと推測した。

 それを踏まえた上で、自分が下手に出て機嫌を取らなければならないような案件ではないというのが、その結論であった。


「余計な金を使わせておいて、気に入らないなら没収するぞ」


「……速水よ、お前は少し神を敬う気持ちを養った方が良いぞ」


「俺は仏教の生まれだ、神様の相手は管轄外でな」


 故に遠回しな指摘に対しても何ら悪びれた様子も見せず、相手の調子に合わせた軽口で応じる速水。

 しばし無言のままその顔を睨み付けていた少女だったが、暖簾に腕押しであると察すると大きく溜め息を吐き出し、腹いせに手元の菓子の包装を乱暴に破いて中身を取り出した。


「口の減らない男だ、まったく!」


 まるで飲み物のように咀嚼しながら文句を口にする少女の様子に、速水は困ったような表情を浮かべながら指摘する。


「行儀が悪いな、神様とやら。食べるか喋るかどちらかにしたらどうだ?」


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」


「……食い意地の張った神様も居たものだ」


 意地を張り通すその姿は外見上年相応の姿に映るが、自身の思い通りに行かない事柄に対する態度は、他を省みない危うさを内包しているとも言える。

 だからこそ速水は神を名乗る少女を信用していないし、その力が必要にならない限り、或いは必要になったところで可能な限り関わらないよう振る舞っているのだ。

 そして、放っておかれて機嫌を損ねた彼女から菓子や玩具を要求されるまでが定番となっており、今回の買い出しもその範疇を越えるものでは無い。

 不満を口にした割には実に嬉しそうな表情で菓子を頬張る少女の姿には、警戒する己の姿が滑稽に写らなくもない速水だったが、それでも気を緩めることが出来ない理由は確かに存在した。


「ふん。虚神のやつが素直に力を引き渡せば、このように下界に留まり続けることも無かったわ」


 怠惰を貪りながら自堕落に時を過ごす神が、自らを神と名乗りながらこの場に留まり続けるその理由。

 人の意思など意に介さない少女が警戒し敵対する、彼女と同質にして同格の存在。

 その名を、"虚神シュヴァルト"という。


「向こうも同じことを考えているだろうな」


 起源を同じくする神だと語った少女の言葉を信じるならば、その行動原理もまた近いものだと考えることが出来る。

 幻神が己の力を取り戻すことを目的としているなら、対となる虚神もまた同様である筈だった。

 対立する神同士の争いが地上に飛び火し、人々を脅かしかねない事態に発展する恐れもある。

 その悪影響を抑え、日常を日常のまま存続させることこそが、速水と彼の属する組織、"ガーディアン"の目的だった。

 その為の手段として活用される力が、その警戒すべき神そのものから借り受けなければならないというのは、なんという皮肉だろうか。


「我が居なければ、お前も"ヴァルトス"の力を使えぬぞ?」


 "過ぎた力"と呼ばれるものを与える側と与えられる側という明確な事実が、神と人を分け隔てる境界線となっている現実。

 故に神たる少女は余裕をもって人に接する。

 代用しがたい力を与えることが出来るという事実を盾に、己の目的を効率よく果たすために人の足元を見るのだ。

 対する速水もまた、そうした事実を認識した上で怯むことなく応じて見せる。


「履き違えてもらっては困るが。そもそも俺は、お前たちが最初から存在していなければ、力そのものが必要なかったんだぞ」


 神の力を用いて何を成すのか。

 速水にとってのそれはガーディアンという組織に属し、その目的を完遂することに他ならない。

 もたらされた力を用いれば、それこそ世の常識を覆すほどのことが行えるにも関わらず、である。

 表情に乏しい様子から本心を見抜くことは難しいが、少女と関わって以降一貫してきた言動と行動を見れば、そこを疑う余地はない。


「……つくづく欲のない男だ。神にすがれば、叶わぬ望みなどないというのに」


「夢はいつか覚めるものだ。幻ならば尚更な」


「人の一生など、幻と変わらんよ」


「ならば幻らしく、後腐れなく消えるだけだ。少なくとも、その望みとやらのためにお前の使い走りに収まるつもりはない」


 達観しすぎた人の思考の極致を速水とするなら、無関心こそが人ならざる少女の本質と言える。

 ならば両者の思惑が交わる道理はなく、ひたすら平行線を進むのみだった。

 先に折れたのは少女の方であり、面白くなさそうな表情そのままに舌打ちした。

 行儀の宜しくない態度に僅かな反応を示した速水だったが、敢えて口に出すことはない。


「用件がこれで終わりなら、俺は帰るぞ」


 それだけを告げて踵を返した速水の足を止めたのは、その背に投げ掛けられた少女の一言だった。


「……フン、まさかこの我が菓子を所望する為だけにお前を呼んだとでも思っているのか?」


「ああ」


 視線を合わさず、振り替えることさえしないまま躊躇なく返された返答に、その場の空気が凍り付いたのは確かである。

 しかしその認識を共有しているかと言えば、血相を変えて肩を振るわせ始めた少女に比較して、次の言葉を待っているのか背を向けたまま沈黙してる速水はいたく冷静であると言える。

 わざと怒らせて楽しんでいるのではないかと勘繰りたくなる程度には、彼の対応はおざなりに過ぎるというのが、現状から判断できる事実である。

 であれば、まんまと挑発に乗せられて取り乱した少女の姿は、敗北の証であるに違いない。


「…………一切の躊躇を挟まなかったな? 今お前マジでそう思ってたな!?」


「些細なことは置いといてだ。仕事の話なら早速準備をしなければな」


 対して速水はまともに取り合わないという正攻法によって応じ、内心から溢れているであろう笑いを無表情に押し留めたまま、話を進めるのであった。


「待て待て、誤魔化されないぞ速水! 前々から思っていたが、お前は神である我の扱いが雑すぎる!」


「宗教感の違いだ、神様が小さいことを気にするな」


「だからそういうところがおざなりなんだといつも……!」


 もはやただの言い掛かりと化した少女の怒声を、速水は涼やかな表情で聞き流していく。

 ある意味でこれは、普段通りの日常の1コマとして組み込まれた光景に過ぎなかった。

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