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夜道

作者: 片栗

最近、恋というのは相手に対しての一方的な気持ちだけれど、愛というのは相手を思いやる気持ち、みたいな文を読んで、いいなあと思いました。

 喧嘩をした。

 今までこんなに人を好きになったことがない、という位に惚れてしまった彼氏と喧嘩をした。

 きっかけは些細なことで、あんまり彼氏が女友だちのことを楽しそうに話すからつい、じゃあその友だちと付き合えば、なんて。心にも思っていないような言葉をぶつけて、そんなつもりじゃ、と言いかけた彼の顔も見ずに、帰ってきてしまったのだ。

 携帯の電源を切って、電車に乗り込む。

 分かっている、自分が悪いということは。大学が違って、あまり会えない彼氏のことを、周りの人より少しでもいいから知っていたくて、何でも話して、聞かせて、と言うのが癖になっている。けれども、自分の知らない人や、生活、イベントの話をとても楽しそうにしているのを見ると、嬉しい気持ちだけじゃない何かが、ふつふつと自分の中に湧き上がるのだ。面倒くさい女だなあ。こっちから聞いておいて、その仕打ちはないんじゃないの。自分を責める声に、今は、何も反論できない。

 電車の中は空いていた。長い椅子の端っこに座って、窓から見える空を眺める。日が沈みかけた冬の空は、なんだか透き通っていて、寂しい気持ちを大きくする。嫌だな。目を閉じる。寒い空気を切って走る電車の、温かい車内で、優しい揺れに身を任せ、私は暗闇に落ちていく。


「お客さん、終点ですよ。」

 肩をぽんぽんと叩かれ、はっと身を起こすと、乗務員の男の人が困った顔でこちらを見ていた。

「すみません。」

「いえいえ、とても気持ちが良さそうに寝ていたところ、すみませんね。」

 焦って立ち上がった私に、ほっとした表情で笑う乗務員さん。謝るのはこっちの方なのに。

 ホームに降りると、そこは私が住む家の最寄り駅の、一つ隣の駅だった。日はすっかり落ちていて、駅の人工的な白い灯りが、辺りを突き刺す。一駅戻れば5分足らずでに家に帰れる。温かいヒーターの前で暖を取りながらホットココアを飲んで、電話で友だちに今日のことを相談する。きっと友だちは、私のことを少し責めながら、でも彼氏さんもデリカシーに欠けるよね、とかなんとか。擁護する言葉をかけて、私を慰めてくれる。

 だけど。私は、駅の改札に向かった。今は、この気持ちを自分だけのものにしたかった。


 駅を出て、あえて人通りの少ない道をゆっくり歩く。防犯のため、携帯の電源を入れておく。電波が立つとすぐに、メールやSNSの通知が入ってくる。SNSの欄に彼氏の名前が見えた気がしたけれど、今は見ない。

 空は群青と黒と灰色が混ざり合ったような色をしていて、遠くの、かなり下の方に白い月が見える。今夜は三日月で、存在を出来るだけ認知されないようにしているみたいに見える。そんなこそこそしてないで堂々としなさい、といつもなら言いたくなるけれど、今はあの月との、お互い干渉しないような感じが、心地良かった。

 電灯がまばらになってきた。すれ違う人も、自転車も、車もほとんどない。もうすっかり夜で、家の電気が明るく点いている。楽しそうな子どもの声、カレーが煮える匂い、しまい忘れなのか、未だに部屋への侵入を試みようとするサンタクロースの電飾。危ないからと大通りを歩いていたら知り得なかった事を知って、少し嬉しくなった。

 しばらく歩くと、公園の前に来た。大きな公園で、ここを抜ければ家まで後少しだ。

 私は立ち止まって、よし、と気合を入れた。だいぶ気持ちが落ち着いてきたので、さっきの通知を見てみようと携帯を上着から出したとたん、それはするりと手から抜けて地面に落ちた。

 拾おうとかがんだ時、昨日降った雨で出来た近くの水たまりに、何かがきらきらと光った。

 何だろうと見てみると。それは、無数に光る星だった。

 ばっと身体を起こして、空を見上げる。

 数え切れないほどの白い点が、夜の空にばら撒かれていて、ようやく見てくれたねと、くすくす笑っているかのように瞬く。小学校だったか中学校だったか分からないけれど、理科の時間に見た星の写真を思い出す。あれは、オリオン座だ。砂時計の形だ。ということはあれは北斗七星かな。夢中になって点と点を結ぶ。そこで気が付いた。知らない星の方が全然多いんだということに。教科書に載らない、小さくて見えにくい星が、実はたくさんあって、だけどそういう星がなかったら、この空は見られなかったんだということに。

「そうかー。」

 息を吐く。白い息が、一瞬、星の光を包む。寒いということに、今更気が付いて、でもその寒さがとても気持ちが良いと思った。

 携帯が震える。見ると彼氏からの着信だった。

 私はもう一度ふっと息を吐いて、冷たくなった手で通話ボタンを押し、すぐに声を出す。

「もしもし、さっきはごめんね」

 星空を見ながら、彼氏の優しい返事を聴いた。寒さで瞳が少しだけ、潤んだような気がした。

読んで下さりありがとうございました。

冬の空ほんとにきれいなので、危なくないところで、ぜひ見てみてください。

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