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5話

 基本的に動物は持久力がない、しかし人間と馬にはある。高校生時代、生物の教師がドヤ顔でそんな事を言っていた。


 なんでも基本的に動物は運動時に熱を上手くコントロールできないからだとか。人間や馬は汗をかくことで体温調節するが、猫や犬と言った動物はそうではない。厳密には足の裏などに汗をかくらしいがそれは誤差の範囲だ。


 ではどこで体温調節するか? 呼吸である。しかし呼吸での体温調節は汗の蒸発、気化熱に比べれば微々たるもので、いずれオーバーヒートしてしまう。

 

 そう。だからこそ、長距離になればなるほど、俺はこのネズミから逃げられると思っていた。しかし、


「なんでこいつはこんなに走れるんだよぉぉぉぉおおおお」


 走り始めてから既に数分が経過していたが、相も変わらず後ろからネズミが追いかけてくる。


 俺はあの先生に嘘を教わったのだろうか? あのチビデブ教師め、クソみたいな授業しやがって。もっと受験に使える事を教えろってんだ。その時間帯にポ○モンやってた事は間違いではなかったわ。

 

「はっはっはっはぁああああああ。くそがぁ!」


 やばい、どうする? このまま走っていても俺の体力が切れてしまう。詰んだか? そう思った時だった。光に反射する何かを見つけたのは。


「何だあれは?」


 首を動かし光った方向に視線を向けると、数人の男に囲まれた黒い馬車を見つけた。男たちは揃って少しサビた鎧を着ており、みな筋肉質だ。手にはメイスやら斧やら剣を持っていて目の前の馬車を睨みつけている。明らかに良い雰囲気ではない。


 また黒い馬車の前には、銀色の全身鎧を着た2人が剣を構え、男たちとにらみ合っている。どうやら全身鎧のやつから光を反射したようだ。


「しめた! コイツあの人達に何とかしてもらえないだろうか!」


 襲われている馬車? 知ったこっちゃねぇな。それよりもこのネズミなんとかしないと俺の命が危うい。俺は向きを変え、その馬車に向かって走っていく。雰囲気悪そうだけど大丈夫だろう。うん、多分。


 そして馬車まであと数十メートルぐらいといったところまで走ると、俺は大きく息を吸い込み叫んだ。

「たああああああああああああああああすけえええてええええええくれええええええええええええ」

 

 俺の叫び声を聞いた男どもと全身鎧の奴らはこちらを見る。俺はネズミを見たまま呆けた顔をしているおっさん達の横を通り過ぎ、全身鎧の後ろに逃げ込んだ。そして全身鎧を盾にしながら、呼吸を整える。


「え、ちょ……なんだこりゃぁぁぁ!」

「お、オイルラット、だよな? いやなんだこれは……で、でかすぎる!」


 おっさんたちの会話を聞くに、どうやらあのネズミはオイルラットと言うらしい。


 馬車を取り囲んでいた数人の男たちは、すぐに気を持ちなおすと、オイルラットに武器を向けた。そして一人の男性が勇猛果敢にも斧を振り上げオイルラットに向かって突撃する。


 男はオイルラットに接近すると、振りかぶっていた斧を振り下ろす。しかしその斬撃はオイルラットではなく、地面に傷を残した。


「……おい、コイツこんな図体なのに動きが俊敏だぞ、気をつけろ!」


 剣を持った男が大声でそう叫ぶと、オイルラットに接近する。彼は持っていた剣を攻撃しようとしていたオイルラットに突きだすも、その剣は肉を絶つことは無く空を切った。


 なんとオイルラットは右周りに回転しながらその突きを避けていた。また回転の勢いを利用しその太い尻尾で、斧を持った男性と剣を付きだした男性の頭にぶつける。


 この世界のネズミはどうやら後ろ回し蹴りを使えるようだ。まぁ足じゃなくて尻尾だが。直撃した二人の男性はその場に崩れ落ちた。


「あ、アレェェェックス!」

「お、おやぶん! くそぉぉ、おい。誰か、火は無いのか!?」

「聞いてねぇよ、準備してるわけないじゃねえか」


 筋肉質、強面、重そうな武器、いかにも強そうなオーラを出していた彼らだが、所詮はハッタリだったようだ。


 ……いやちょっと待ってほしい。多分だが盗賊だか山賊だかだろ? なんでこいつらこんなに弱いんだよ!? このあたりに住んでんだろ、モンスターぐらいどうにかなんねぇのかよ!


「んだよぉぉ! おい、何やってんだ! お前らの筋肉は飾りかよ!? さっさと倒せやごらぁ!」


 俺がそう叫ぶと前に立っている全身鎧の人たちは、首を振りながら小さくため息を吐いた。

「僕らの後ろに隠れながらそう言うのはちょっと……」

「まるで理不尽なクレーマーみたいです……」


 馬車を取り囲んでいた男たちは倒れた二人を背負うと、オイルラットを睨みつけながら一歩、一歩と後退する。そしてオイルラットがバチンと尻尾を地面にたたきつけるのと同時に、近くにいた馬に乗り全力で逃げ出した。


 俺達を残して。


「おい、お前らあああああ、逃げるなあああああああああ! ちょ、なにあの男たち。クソだろ、相手はネズミ1匹だろ? 尻尾巻いて逃げるとかどんだけだよ!!」


「あ、あのう。さっきあのオイルラットから逃げて来ませんでしたか……?」

 二人の全身鎧のうち、背の低い方が首を俺に向けるとそう言う。声の感じからするに多分女性だろう。


「あ゛あ゛ん?」

「ヒッ、ご、ごめんなさい」

「ああ、君。ウチの騎士をあまり威嚇しないでくれないか……その子は少し臆病なんだ」


 背の高い鎧の人から籠った男性の声が聞こえる。彼は大きく深呼吸すると剣を構えネズミと対峙した。


 ああ、くそ。どうすればいい? あの腐れカス共は尻尾巻いて逃げてしまったし、もうこの鎧さん達にまかせるしかないのか? くそっ。どんなにヤバかろうと天使ユキちゃんは逃がさないと。


 俺はユキちゃんを抱え直すと頭を撫でる。

「ユキちゃん、何かあったら全力で逃げ……どうしたユキちゃん?」

 

 不意にユキは俺の腕から飛び出し、地面に降り立つと、トコトコと全身鎧の前を歩いていく。俺は急いで捕まえようとして、止めた。


「おい、ユキちゃん危な……ん?」

 ユキはある程度まで歩くと、オイルラットとにらみ合い、コンと鳴く。


 するとユキの目の前に大きな白い幾何学模様が出現すると、そこから1メートルほどの蒼い炎が生まれた。その生み出された蒼炎は幾何学模様からうちだされオイルラットに向かって飛んで行く。


 何キロ出ているのか分からないその炎を、オイルラットはなんと寸前で横に避けてかわした、いやそのように思えた。


 しかし実際にはそうではなく、オイルラッドの尻尾にあの蒼い炎が引火していたようだ。

 尻尾に付いた炎はまるで導火線のように尻尾を登っていき、オイルラットの背中に辿り着く。そして体全体が大きく燃えだした。


「DYU、DYUU!」

 火だるまと化したオイルラットは叫び声を上げながら地面を転がる。俺は燃えているオイルラッドを呆然と見つめる事しかできなかった。


 オイルラッドは少しの間地面を転がっていたが、やがて動かなくなり甲高い鳴き声も実を潜めた。するとユキちゃんの体と俺の体の周りに淡い光の粒が浮遊する。


 …………あれ、倒した?

 う、嘘だろ! ゆ、ユキちゃんマジTUEEEEE。


 俺は剣を鞘に戻している全身鎧の横を通り過ぎ、ドヤ顔しているユキちゃんの元へ走る。


「よーしよし、ユキちゃん最高だよ。可愛いのに強いんだな!」


 そばまで走った俺はユキの体を持ち上げると、ギュッと抱きしめもふもふする。ふぇぇ癒されるよう。


「コン♪」


 ユキちゃん凄い子とは思っていたけど、ここまで凄いのか、想定外だ。これはもはやユキちゃんマジ戦女神。


 と、俺がユキちゃんと戯れていると不意に後ろから声がかかった。


「あの、よろしいですか?」

「はぁ、何でしょう?」

 声をかけて来たのはさっきから何もしていない騎士だった。


「色々ありましたが、結果的に盗賊に囲まれているのを助けていただきましたので、感謝を。ありがとうございます」


 そう言うと二人の全身鎧さんは片手を胸に当て揃って礼をする。


「あ、いえ。ホント偶然なので気になさらないでください……」


 盗賊に襲われているっぽいな……なんて思っていたけど助けに行くつもりなんかさらさら無かった。むしろ積極的に避けていたぐらいだぞ? 感謝なんてされても困るだけだ。


「是非お礼させてほしい」


 そう言って鎧の人は兜を取る。その中からあらわれたのはナチュラルブラウンの髪をショートカットにした顔立ちの良い美男子だった。


 彼の隣にいた背の低い鎧、彼女も兜を取る。彼と同じナチュラルブラウンの髪をミディアムショートにしていて、これまた顔立ちの良い子だった。

 小さな鼻や垂れた目元が似ていることから察するに多分兄妹だろう。


「いえいえ、気になさらずに」


 風がふけば桶屋が儲かるというか、棚からぼた餅と言うか。偶然としか言いようがない。


 てかそれ以前に捨てたあの剣を持っていればこんなことにもならなかっただろう。即倒せてたんじゃないか? なにが現代アートだよ。役に立たなきゃ意味ねえよ。

「いや、本当に大したことはしてないので」


 と俺らが押し問答しているときだった。

「駄目です、お嬢様」


 不意に馬車の方から女性の声が聞こえ、俺は視線をそちらに向ける。そこにいたのは紺色の服に白いエプロンという、まるでメイド服らしきものを着た茶髪の女性が、誰かを引きとめている姿だった。


「いえ、行かせてください、私もお礼を言わないと……!」

「まだ周りにモンスターがいるかもしれません、それに御身体が……危険です、お嬢様!」


 メイド服の人を振りきって馬車から飛びだしたのは10代中盤くらいの女性だった。


 風に流される艶のあるその長く美しいクリーム色の髪は、まるでシルクのように滑らかで、被っている白い帽子、身につけている白いワンピースは太陽の光を反射していた。


 また、同じ人間かと思えるくらいにきめ細かく美しく白い肌。少し垂れている事で優しさがにじみ出るこの目。少し控えめだが、年齢を考えればまだ将来性のあるこの胸のふくらみ。


 なんだこの超絶美少女、新たな天使かな? ちなみにもう一人の天使は俺の腕の中にいる。ユキちゃんマジ天使。

 俺はその女性を見つめて頭の中で一つの結論を出す。


『この子とは絶対に関わってはいけない』

 

 美少女、身に付けている高価な服、メイド、騎士。ダブル、トリプルどころじゃないぞ? クワドロプルでアウトである。相手は九割九分九厘貴族の令嬢であろう。


 やばいな、まずはすぐに目をそらそう。目を合わせたらダメだ。そして期を見て逃げ出……いやちょっと待て。逃げ出したところで俺はどうする? また当てもなく彷徨さまようのか? いやそれはまずい。


 このままふらふらとこのあたりを歩き続けるのは避けたい。今度はいつ人と会えるかも分からないんだぞ? ならばせめて町の方角だけ聞いておこう。この少女じゃなくて、騎士の兄妹から。


 俺はこちらに歩いてくる貴族の少女から目線をそらすと騎士さんの兄に視線を向ける。

「礼はいいんですけど、すみません町の方角教えてもらえませんか?」

 俺は早口でそうい言う。

 もうすぐそちらのお嬢様が来そうなので、マジで巻きでお願いします。


「え、君は分からないままこのあたりを歩いていたのかい?」

「あ、いえ、さっきのネズミに追われていたので、それでどっちが町でしょうか? あ、あとどれぐらいの時間で辿り着くかも教えていただければ助かるんですが……」


 こいつは馬鹿か? 俺は急いでいるんだぞ? マジで早くしてくれ間に合わなくなっても知らんぞ! もうすぐあの子が来ちまうんだよ。


「一番近い町はこっちですけど? まぁ今から歩いても日が暮れる前には到着すると思いますが……」


 そう言って彼が指さしたのは俺が走ってきた方向の逆だった。つまり俺は森から、太陽が昇る方にずっと進めば町に行きあたっていたと言う事だろう。


 それを聞いた俺は頷く。


「では私は町に用事が有りますので……」


 俺はすぐさまその場を離れようとしたが、どうやらそれは少し遅かったようだ。俺の隣には先ほど馬車から降りて来た美少女が立っていた。騎士たちはスッと脇に避けると彼女に敬礼する。


「フランツィスカ・リーリエと申します」


 そう言うと目の前の美少女はワンピースを軽く持ち上げ、優雅に礼をした。


「あ、ご丁寧にどうも……わたくしヒビキと申します」


 そう言って俺は礼をする。そして心の中で悪態を吐いた。


 クソがっ。やられた。一歩遅かった。この糞イケメンめ、もたもたしやがるから。会話は必要最低限にとどめろボケが。


 こうなってしまったら仕方がない。早く会話を切ってこの場から離れよう。そうだ。貴族と関わるだなんて碌な事が起きない。小説とかだって大抵そうだろう? 面倒な事頼まれるかもしれないし、変に注目を浴びてしまう。


 俺は貴族をぼろくそに叩いてはいるが、もちろん良い点が有ることも知っている。だけど俺が求めているのは平民の平穏な生活なんだ。冒険(笑)や貴族と仲良く(笑)することなんぞ一切求めていない。


「ヒビキ様、もし町に用があるのでしたら、一緒に行きませんか? それと先ほどのお礼もさせてください」


 そう彼女は言うと馬車をちらりと見てこちらに向き直る、そしてニコッと笑った。美少女から天使のようなほほ笑みを受け、俺の心は奪われ…………るわけがないだろう。


 は? 何を考えているんだこの少女は。俺の背中には冷や汗でグチャグチャだぞ?


 ああ本当にヤバい。馬車見たってことは、一緒に乗ってけってことだよな? 無ぅ理無理無理無ぅぅぅぅ理。あんな豪華な馬車に乗って町に行くだと? 公開処刑じゃないか。


 それに俺は馬車の中でこの子と一緒に居るんだろ? 止めてくれ。天使と一緒に狭い空間に居たいとは思うが、その前に俺の精神が天国へ逝ってしまうわ。


 この場は何としてでも逃げ出さないといけない。少し強引にでも……!


「あ、急に森での仕事が思いつきま、いえ、森で仕事をのこしているので……では!」


 俺は顔をあげると、ユキを抱え回れ右をする。そして森に向かって全力でかけだした。


「えぇ、あのっ!? も、もりぃ?」

 後ろから驚きの声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。


 そう思っておこう。


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