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2話

「さて、これからどうしようか」


 とりあえず俺は湖のそばにあった手頃な石に腰かけ、剣を横に置く。そしてぼうっと水面を見つめた。


 水面には見慣れた俺の顔が映っていた。だけどその俺はどこか懐かしくて、薄かったはずの前髪が復活しているように見えて……。俺は手を伸ばし自分の前髪を触る。


 ……いや見えたじゃない。手から伝わる情報は、前の俺とは違うと言っている。


 以前より生い茂っている前髪。ああ、確実に薄くなっていたあの前髪が復活している。なにが起きたと言うのだろうか?


「んだよこれ、やっぱり若返ってるんじゃないか? いや待てよ? 髪の毛が復活した……?」


 よく考えてみるのだ。あの薄かった髪の毛が復活した……? いやこれは僥倖ぎょうこうではないか? あの剣を見た時点でもうすでにここが日本、それどころか地球ですらなく、どこか別の世界っぽいことは察した。


 浮かぶのは絶望だった。もうディスプレイの前でこころぴょんぴょんする事が出来なくなってしまったのだ。


 そう、だがしかし、だ。もっとよく考えてみろ。


 あの、二度と戻らないであろうフサフサがいま俺の頭にあるのだぞ? あの毛生え薬ですら匙を投げたこのヘッド。


 若かりし俺は『何だ余裕じゃないか』と調子にのり染めて、パーマをかけて何度も髪を傷めつけた。父親の可愛そうなものを見る目を今も思いだせる。そして二十五歳を超えてからその事で幾度となく後悔し、何度枕を涙と髪の毛で彩ったことか。


 異世界来た絶望と戻った髪の毛。


「足し引きゼロだな……!」


 そうだ。考えようによってはむしろプラスだ。髪の毛が戻ってきたんだぞ? 乾いた心に水を注がれたような気分だ。どうして若返ったのかは知らんが、髪の毛が戻ってきたから良しとしようじゃないか。


「なんか、生きる希望が湧いて来たぞ! だが……」

 

 とは言うものの、現状はかなり詰みかけである。


 どこを進めば町が有るかもわからず、そもそも町が近くにあるかも分からず……つか此処は何処だろうか?


 今居るのは森の真ん中で、家どころか道すらない。有るのは目の前の湖だ。

「とりあえず水分補給はできるな……飯は無いが……」


 俺はとりあえず喉を潤すかと思い、近くに何かコップみたいなものが無いかを探す。が、ここは俺が慣れ親しんだ八畳間ではないし、そんなものはもちろん存在しない。


「あーあ、持ち運びも考えると水筒みたいなのが有れば良いんだけどな……」


 そう呟いた瞬間だった。頭の中に竹筒のようなものが浮かんだのは。

 

 そして数秒もせずに浮かび上がったそれは俺の目の間に何処からともなく現れ、地面に落ちた。


 俺はひっくり返りそうになった体を起こし、その出て来た物をおそるおそる見つめる。時代劇や素材なら見たことはあるが、実物を見るのは初めてだ。


「竹の水筒……? いや、どこからどう見ても竹の水筒だよな?」


 いやまて、これ、どこから出て来た? 確かに今目の前に突如現れたよな? 

 恐る恐るその水筒を手に取り、軽く振ってみる。音を聞く分には中には何も入っていなそうだ。俺は蓋を取り中を見つめるが、想像通り空である。


「どういうことだってばよ?」


 まるで瞬間移動でもしたかのように俺の前に現れたこの水筒。考えても分からないものは分からない。


 俺はとりあえず水分補給しようと思い、立ち上がり湖のそばによる。そして片手で湖の中に手を入れた。


「うん、つめたいな」

 俺は今後どうするかを考えながら、持っていた水筒の飲み口と蓋を念入りに洗う。そして中にある程度の水を入れると蓋をし力強く振った。そして水筒の中を洗い終えると地面に向かってその水を流す。

 

 水筒っぽいのは良くわからないけど入手した。とりあえず水は何とかなるとして、次の問題は食料と衣類と町だろうか。食料は言わずもがなで、衣類も無いと困りそうだ。裸で生活? 無理に決まってる。


 とりあえず人骨が有る時点で人はいるのだ。町に行ければそこらへんか一気に解決しそうだ。だけど町が見つからなかったら? 色んな意味でヤバい。一人とか俺は兎ではないけれど死ぬとおもう。小説とかで一人で何年も生活した的なやつを読んだことが有るが俺には無理だ。誰かしらと会話しないと発狂するんじゃないかと思う。


 見える、見えるぞ。このまま一人此処に取り残され、数日でエア友人とエア彼女を作り上げる姿が。傍から見たらコイツ大丈夫かと思われるだろう。大丈夫じゃない、問題だ。


 俺はふと目の前の水筒を見つめる。そして今まで気が付かなかったある疑問がわいてきた。

 

「……あれ、俺こんなに水入れたっけ?」

 水筒から出て来た水は予想よりも多い。別の事を考えながらやってたせいか、満杯まで入れてしまった?

「まさかな……?」


 俺は空になった水筒を湖につっこみ、中に水を入れる。そして気泡が出なくなるまで水を入れると、持ち上げて逆さにした。


 だばだばと、水が湖に落ちていく。水が流れるのと同時に俺は時間を数える。5秒、ペットボトルを逆さにしたように水が落ちている。10秒、相変わらず勢いは変わらないまままだ落ち続ける。15秒、いやおかしい。


「…………長いな」


 おかしい、これ絶対入ってる。なにがって水がだ。この水筒には見た目以上の容量がある。未だ水が出続ける水筒を見つめながら、俺はこれをどうするかを考えていた。


「なんだよこれ……水筒の中は四次元にでもなってのか?」


 ようやく水が止まった水筒を俺は覗きこむ。中は空っぽだ。そして俺はもう一度水を入れて逆さにするが、もちろん結果は先と変わらない。


「なんだよこれ、剣の次は水筒かよ……」


 この世界にはこんなすげぇ物品で溢れているのだろうか? もしこの物品がこの世界にありふれているならば良いが、そうでなきゃ処分も検討するレベルの便利さである。


「いやだぜ俺。こんな水筒で命狙われるとか……」


 そうなるんだったら即捨てる。冒険(笑)とかそんな危険な事するわけがないし、どうせ町中で安全な仕事を適当にこなすだけの日々が来るのだ。町の外とか一歩も出たいと思わなそう。ならば水筒とか滅多に使わないだろう。


 もしここで冒険するとか旅するとか考える奴。そいつは頭に虫が湧いてるんじゃないか? 漫画とか小説にあるサクセスストーリーなんて幻想なんだよ。さっさとツンツンに殴って貰ってぶち壊したほうがいい。


「隠せるんなら問題は無いんだがな……」


 そうだ、なんていうか見えない空間に一時的にしまえるような。そんな感じの。そう思った瞬間だった。


「…………は?」

 持っていた水筒が消失したのは。

 俺は重さが無くなった手をじっと見つめる。そして何度かグー、パーと開閉させてみた。やはり、ない。


「もしかして、出て来いと願えば出てきてくれんのか?」


 俺は先の水筒の事を思い浮かべ、出て来いと念じて見る。すると俺の手の上に、さっきの水筒が現れた。

 

 お………………お、俺SUGEEEEE。

 

 何だ俺は? 超能力に目覚めたのか? これヤバいぞ。めっちゃ便利やん。

 何度か消したり出したりしながらふと思う。


「まてよ? じゃぁ靴が欲しいと思えば……」


 と考えた瞬間、頭の中に幾つかの皮のブーツが頭の中に浮かび上がった。俺は湧き上がる好奇心を抑えながら、その中の一つをこの場に出るように念じる。


 頭に浮かびあがったそれは、1秒もせずに現れた。


「すげえ、まじですげえ。物を創造できる能力を身につけちまったか!?」

 少しの間靴を見ていた俺だったが、ハッと我にかえる。そして頭を振って深呼吸すると、興奮している心を落ち着かせた。


「良く考えろ、創造できる能力ではないぞ?」


 そうだ。創造する能力であるわけがない。だとしたら何故水筒や靴が俺のよく知る形ではないのだ? 生み出されるとすれば俺が水筒を想像するならステンレス製の製品が出てくるはずだ。それに靴だってそうだ。ブーツなんかよりスニーカーが出てくる。ブーツなんておしゃれなもん出てくるわけがない。


 とりあえず俺は靴を空間のポケットに入れるようなイメージを浮かべる。するとそのブーツは俺の手から消えた。


「なんていうか、四次元ポケットみたいなものなのかな」


 多分どこか見えない空間が有って、そこから俺は入っている物を取り出してるのだろう。それにしても、いつからこんな能力に目覚めたんだろうか?


 そもそも日本にいるときにはこんな能力はもちろん無かった。だとすればこの世界に来てからこの能力に目覚めたはずだ。


 じゃぁ来た当初から使えた……? いやそれは無い。だとすれば森を歩いている最中に靴が現れていたはずなのだ。幾度となく靴が欲しいと思っていたし。


 ならばこの湖に来てから? この湖に来てから何か変わった事はあったか?


「あったな、いろいろあったわ」


 まず剣だ。このありえない剣を拾ったし、変な死体を調べた。あとは指輪も拾った。どれかが起因している事は間違いないだろう。 


 俺は剣を拾い、指輪をポケットから取り出す。


「ちいと実験してみるか」

 

----

 

 色々試して分かった事は、この召喚できる能力は、自分自身の能力では無く、剣の能力でもなく、指輪の力だと言う事が分かった。


 判別理由は簡単だ。剣を手に持ち、指輪を置いて靴を召喚できるか否か。また手に持つ物を逆にし召喚できるか否か。すぐに答えは出た。


 この指輪に名前が有るのか分からないが、とりあえず仮として四次元ボックスとしよう。


 まずこの四次元ボックスを使用するには幾つかの条件を満たさなければならない。 

 

 ①指輪を所持すること。これは指に付けたり肌に触れていなくても良い。ポケットに入れていても発動する。

 ②なにが原因かは分からないが、一部の物はしまう事ができない。あのゴミはしまう事ができなかった。

 ③何かがほしいかを大体でいいので想像することが必要。もちろん中に入っていないものは取り出せないし、作り出すこともできない。

 

 この3つを満たすことで四次元ボックスに物をしまったり、取り出すことができるようだ。ちなみに物を出す場合の範囲は自分の1メートル先ぐらいで、好きな所に出せる。しまう時も手に触れていなくてもしまえるようだ。またこの場には色々と検証できるものがないため、他にも出し入れするための条件が有るかもしれないが、とりあえず分かった事はそれだ。


「ふぅっ」

 俺は両腕を掲げると、頭の中に靴をイメージする。そして人差し指と中指を立て、前方で十字を切る。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前。具現せよ、我が靴よ!」


 すると俺の目の前に何処からともなく靴が現れる。それは重力によってポトンと地面に落ちた。

 

 ………。


 …………………俺はなにをやっているのだろう。いや、一度はやってみたいと思うはずだ。俺は悪くねぇ。頭の中に響くこの悪魔の声が悪いんだ。……いや止めよう中二病は卒業したんだ。ああ、卒業したんだ。アホなことしてないで現実に戻ろうか。


 さて靴を入手することはできたが、残念なことに一番の問題は解決していない。


「いずれ空腹で死んでしまうな、早くなんとかしないと」


 アイテムボックスの中にはどうやら食料は無いようで、いくら試行錯誤した所で食料が出てくることは無かった。もしかしたらアイテムボックスの中に食料が入れられないのかもしれないが、検証するための食料が今ないので何とも言えない。ただ、キャベツやレタスといった野菜類ならば入ると思う。ボックス内にそこらで引っこ抜いた草や花達がかなり入ったし。

 

 アイテムボックスには靴だけでなく服も入っていたため、俺はその中でも一番ぼろい服を取りだし、身につけた。これで町を見つけてもパジャマよりは怪しく思われないだろう。この服が時代に取り残されていない限り、目立つ事は無くなる。ちなみに服や靴はカビ臭さを覚悟していたが、そのようなことは無かった。

 俺は取り出していたブーツをはく。少しサイズが大きいため、歩きづらいが靴なしで歩くよりは100倍ましである。


 またこのアイテムボックスであるが、最初処分することも考えた。しかしあまりにも便利な点と指輪自体が小さいので簡単に隠せる点を考慮し、自分の物することに決めた。これは俺のものだ!


 ということで衣類の懸念は消えた。のこる不安は食料と町である。とりあえず俺はこのあたりを散策するため、剣を握ると立ち上がる。


 ちなみに森の散策中に誰かに出会ってしまった場合だが、剣は放り投げるつもりだ。もちろんその練習は百回以上した。不意をつかれない限りこの剣と俺は無関係を装えるだろう。この努力、絶対無駄にはならない。


「よし、準備は整った。行こう」

 


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