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1話

 

 異世界での冒険。

 学生時代の週一くらいは仮病を使って保健室のベッドで寝ながら、そんな妄想をしていた。


 だけれど俺がどんなに現実から逃避をしたところで、そんな事なんて起こるはずもなく地球はゆっくりと時を刻む。いつの間にかそんな妄想をしなくなり、自分の学力で行ける大学の中から適当に一つを選んで進学、そして就職した。


 就職して初めは辛かった。田舎でのんのんと日和ひよって生きていた俺に突きつけられたのは、責任と現実……いやそんなことは今どうでもいいか。今はこの悲しい現実と非情な現状を把握しなければならない。

 

 俺は周りを見渡す。木々の隙間から見える雲ひとつない青い空。大地は青々としていて、周りには沢山の木が生えている。自然に彩られたその場所には、人工的に作られたようなものは一切見受けられない。なるほど、俺は森の中に居るようだ。そうか、なんだ森か。目が覚めたら森だったなんて稀にあるかもしれないしな。


「って、んわけないだろう」


 一人でボケて一人でツッコミを入れるのはこんなにもせつないのか。いや、そんなことは今どうでもいい。そろそろ逃避は止めるんだ。


 俺は大きく深呼吸する。

 さてここはどこなんだ? そもそも俺は部屋で寝ていたはずだ。こたつで猫も真っ青なぐらい丸くなりながら、ビール片手にスマホでアニメを見ていた。その後の記憶がないから、多分そのままこたつで寝てしまったんだと思う。だけど、ここにはこたつは無いし、そもそも俺が住んでいる八畳間のマンションではない。見たことない場所だ。ただ身につけているパジャマだけが、記憶に新しい。


「はぁ……」

 -- チュンチュンジジジジジチキチキケーケー --

 森のどこかから鳥や虫の鳴き声が聞こえる。スズメだかキジだかがどこかに居るのだろう、しかしうっそうと茂ったこの森の中をざっと見渡すだけでは、どこにいるかは分からなかった。


 少しだけその音をぼぅっと聞きながら現実逃避していたが、もちろん状況が好転するわけが無い。

「とりあえず歩くか……」

 

 

 

 靴下を履いていたことは、不幸中の幸いだったと思う。こんな所を裸足で歩くなんて正気の沙汰じゃない。とは言っても既に穴があいてしまっていて、もうすぐ完全に役割を果たせなくなってしまうだろうが。


「はは、また鳥か!」

 もう何度鳥が、虫が目の前を通り過ぎて行っただろう。ド田舎に住んでいた俺でも一切見たことのない動物や植物や虫達が大量発生していて、初めはどんどん不安になっていったものだが、今は逆だ。


「ははは……」

 俺は見た事のない生物で溢れているこの森を、そこらへんで拾った1メートル程の長さの棒を使い前へ前へと進む。


 この棒は、触れたくないようなとげのついた葉っぱを避けてくれたり、杖代わりにもなり素晴らしく役立ってくれた。この貢献に報いるため、さきほどこの棒に名前を付けた。ここまで役に立ってくれたんだから当然の事だ。名前はゲイ棒ルグである。ちなみにエクスカリ棒とゲイ棒ルグのどちらにするかで5分ぐらい迷った。カラド棒ルグでもよかったかもしれない。


「はぁーあ……」


 ため息が漏れる。テンションは悪い方向にメーターが振り切ってある意味で最高にハイだ。

 明らかにここは俺の知っている場所じゃなーい。もしかしたら日本ですらなーい。即興で変な歌が作れそうなほどだ。


そんなぶっ壊れたテンションで数十分ほど歩いただろうか、ある物を見つけて俺の足が止まる。


「あれは、湖か?」


 俺が立っていた場所は湖畔と言うのが多分正しいだろう。少し開けた場所に、透き通った水が張っている湖があった。その綺麗な湖に近づこうと思った時、俺はそれを見つけた。


「なんだこれ……剣か?」


 湖の横に寝かせられていたのは1本の剣だった。1メートル程で両刃の直剣。グレートソード、バスタードソード、クレイモア……武器の名前はゲームでよく知っているが、実物なんて見たことないし、どれに当てはまるかが分からない。とりあえず両刃で1メートルほどの剣がそこにはあった。


「なんだよこれ、剣が落ちてるとかどこのゲームの話だよ。地球ですらないんじゃないか、ここ?」


 俺はとりあえずその剣から視線をはずしその付近を見渡してみる。そして俺は木の陰に太陽の光を反射する小さい何かを見つけた。俺は近づいてそれを拾い、その隣に有るものを見つめる。


「指輪か……それに…………うぇ」


 多分この白いのは人骨だろう。授業とかテレビとか模型で見たあの頭蓋骨と一致する。

 俺はその骨の周りをざっと見渡すと、その骨の横に傷だらけの鎧らしきものが置いてあった。その鎧は胸のあたりに大きな穴があいていて、また所々に凹みや引っ掻き傷があった。もう使い物にならなそうである。


「指輪はこの人の物か?」

 俺は拾った指輪を持ち上げ太陽の光に当てる。太陽の光を浴びて銀色に輝くその指輪は、何やら俺が読むことのできない不思議な文字が彫られていた。


「うーむ。これ貰ってしまって良いだろうか?」


 もう持ち主らしき人は亡くなっているようだし、いいだろう。少し不気味ではあるが、どっかで換金できるかもしれないし持っておこう。


 俺は指輪をポケットに入れ少しだけ骨の周りを見て見た。しかしそれ以上何も物は見つけられなかったため、その場から離れ剣の落ちている場所へ戻る。


 

「やっぱ気になるな……」

 俺は呟くと落ちているその剣を持ち上げる。


 剣と言えばすごく重そうなイメージがあったが、俺が持ったそれは家にある掃除機ぐらいの重さだった。その剣の鞘はまるで氷の結晶のようなマークと、何かよくわからない文字で埋め尽くされている。また鞘のまわりには宝石のような石で装飾されていて、『私は高級品です』と自己主張していた。


 俺は柄を持ち、ゆっくりとその剣を引き抜く。そこに現れたのは、光を反射する白銀の刀身だった。傷一つないその鏡のような美しい刀身には、どこにでもいそうな一人の男性を写しだした。

 なんだこの特徴のない顔は? 俺だ。

 

 俺はふと視線を上げ、風に揺られている青々とした葉の付いた細い枝を見つめる。今度は俺は手に持った剣と枝を交互に見つめたのち、試し切りしようと枝のそばまで歩き剣を構えた。


 持つ手に力を込め、じっと枝を見つめる。数秒集中した俺は、光り輝くその剣を振り下ろした。

「え?」

 俺は驚きながら振りおろした剣を見つめる。その剣はなぜか神々しい白い光を放ち、青い粒子がその周りを漂っていた。


 なんだこれと思い、剣を目線まで持ちあげようとしたその時だった。

 『ドスン』と何かが倒れる音がして、俺はその音の方向、枝のあった場所を見つめる。


 そこにはさっきまであった枝が無くなって、いや、目の前にあったあの太い木が真っ二つになっていて、切株が見えていた。またその隣にはあの木が横たわっている。


「………………あっ、これヤバイやつや」


 確信だ。ここまで確信できる事は滅多にないぞ。こころぴょんぴょん1期を見終わっあとに2期が来るなと確信した時以来だ。結構最近だな。


 それと残念なことにここが日本、そして地球である可能性が極端に低くなった。あんなの日本にあるわけねえよ。


「はぁ」


 俺はもう一度その剣を見つめる。その纏っている粒子と神々しい光はゆっくり身を潜め、美しい白銀の刀身に戻っていた。


 それにしても……なんだ? 一振りで、明らかに刃が届くはずのないあの木が真っ二つになったぞ? なにこの危険物。

 俺はこの危険物をどうすればいいんだ……?


 俺は剣を見つめながら少しの間思案して、二つの選択肢を見つけた。

 

 ①捨てる。

 ②少し持ち歩いて自身の安全を有る程度確保したら捨てる。


 当り前だがこれは俺のものだーとか言いながらTUEEEEEするという選択肢は無い。やる奴? そいつは馬鹿だ。少し先の未来を想像する事も出来ないのか? いやTUEEEEEする奴がしているのは創造か。


 そもそもなんだ、あの見えない刃とか中二ってる魔法の剣。俺は中二は卒業したんだ、多分。それに剣の能力だけじゃない。あんな見た目綺麗な剣だ、泥棒とかに目を付けられそうじゃないか。

 もし俺が強面のオニーサンに睨まれたらスタイリッシュに土下座する自信がある。目をキラキラさせた可愛い女の子がこの剣すごいですお兄様と言ったらその子を連れ去る自信がある。いや、いま関係ない話はよそう。


 うん。やっぱあんな目立つもの要らん。目立つとか中高生までで十分だ。目立つ事が必要な仕事でない限り、別に意味は無い。


 まぁ、もしこの世界が魔法の剣で溢れている世界であれば、別に持っていてもあまり不自然ではないから所持していても良い。しかし普通に考えてそうである可能性は低い。ゲームや小説だと大抵そうだろう、魔法の剣なんて貴重品でめちゃ高いもんだ。


 それに魔法の剣で溢れている世界であったとしても、手放して問題は無い筈だ。もし魔法の剣が溢れているならば供給が過多になっているんじゃないか? ならば比較的値段がお手ごろになっているだろう。だとしたらファミレスや商店みたいなところで働いているうちに買えるさ。やはり持っている必要性を感じない。

 

 それに、だ。もしこれが悪魔の剣だったら? ばかげた能力の剣ならば可能性はゼロではない。その剣を持って町に行ったら? 九割がた俺が異端者としてみられてしまうんじゃないか? プラスの方向でみられる事はほぼないだろう。


『なんであいつは悪魔の剣を持っているんだ?』、『どうやって悪魔の剣を手に入れたんだ?』、『実は悪魔の手先なのではないか?』とか町の人に懐疑的な目で見られる可能性が高い。


 または、『やべぇ、悪魔菌がうつる』、『逃げろーわははは』とかいわれて小さな子供に苛められるかもしれない。特に菌の奴はストレスがマッハだ。よく姉さんの子供に……、いやそれを思い出すのはやめよう。

 

 さてこの剣が魔法の剣、悪魔の剣の場合を考えたわけだが、今度はもっともっと悪い物であると仮定して考えよう。

 


 そう、勇者の剣だ。



 勇者の剣と言えばゲームやアニメでおなじみの魔王を倒す為の武器である、と言う事はだ。この剣を持っている人間は魔王と闘う運命を帯びている。アホか? どこぞの低身長戦闘民族王子ではないが、勝てるわけがないと言ってしまう。


 こう見えても俺は中学までは真面目にサッカーをしていたが、そこから先は帰宅部だ。いやある意味ハンター部だ。レア鱗が出るまで竜の尻尾を切り続けるアレだ。


 そんな俺が魔王と闘ってみろ、体中の穴という穴から体液垂れ流して命乞いをしてしまいそうだ。相手が美女だったら自ら望んで尻を……なにを考えているんだ俺は。


 ともかく魔王と戦いたくないし戦えない。まぁ魔王と闘わないのであっても、そんな剣要らない。


 ゴミじゃないか。圧倒的ゴミ、これ以上ないゴミ。

 

 さあ、ゴミだという事は確定した。ならば次に問題になるのはいつまで所持するかだ。めちゃくちゃ危険物ではある、とは言え能力は折り紙付きなのだ。なにが起こるか分からないこの森から、抜け出す時まで持っていてもかまわないんじゃないか? 


 今までは何事もなくここまで来ることができた。だが、クマだったトラだったり、はたまた俺の知らないようなモンスターだったり、そんな危険な生物が闊歩かっぽしているかもしれない。


 たまたま今まで安全に来れたが、この先危険が迫る可能性だってある。俺良く生きてたなレベルの場所かも知れない。


「ああ、決めた。少しの間所持して、それから捨てよう」


 そうだな。それ以外の選択肢はもう潰えた。


 俺は頷くと剣を鞘に戻す。そして小さく息をついた。

誤字脱字多いです。気がつき次第修正します。


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