続 使い魔召喚
早朝、学校が始まる前に、報酬を受けとるため、巡はギルドに来ていた。服装は既に学生服を身に付けている。
「リエラ、報酬を貰いにきた」
「はいはい、ではギルド長室に行きましょう」
こんな朝早くからギルドの受付をしているのか、そう思ったが、口には出さなかった。
「星月さんが来ました。 開けますよ」
大分砕けたしゃべり方になっているリエラを放って、中から声。開けて中に入ると、ギルド長の机に、全帝よりも少し大きい袋が置いてある。
「やあ。それが報酬だ。君がいなければ苦戦は必須だった。その分の上乗せもしている」
顎で示す。袋を取り、振る。それだけで、頭の中で数字が浮かび上がった。
『金板六、金貨九』
これも能力のおかげで、音、重量、その他で何枚あるかを正確に教えてくれる。
「金板六枚と金貨九枚か」
「……わかるのか?」
眉間を険しくさせた。
「ああ。生まれつき耳が良くてさ」
「……そうか」
思案顔だが、一応納得はしたようだ。それでも若干怪訝そうではあるが、巡からすると至極どうでもいいことだ。
これで少しの間依頼は受けなくてもいいくらいには金が貯まった。
「そういえば」
用がなくなり、扉に向き直った巡に、ギルド長は思い出したような声を挙げた。「今日からランクX、よろしく」
思わず聞き返してしまった。
「だから、君は今日からランクXだ。おめでとう」
昇格に思い当たるものと言えば、十中八九昨日の依頼だろう。ほぼ一人で倒したも同然だからだ。あれを倒すのがランクXへの試験、そう考えるのが妥当か。
「でも帝にはならないぞ」
「わかっている。勇者と同じく、制限のない、通常だな。二つ名を考えてくれ。流石に二つ名無しは駄目だ」
「逆になにかあるか?」
流石に自分の二つ名を考えようとは思わなかった。
ギルド長が目を閉じ、黙考する。暫し時間が経ち、「《武神》はどうだ?」と言った。
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないさ。エンシェントドラゴンの鱗は鋼よりもかたい。しかし、君は拳一つで頭部を割ったじゃないか」
「まあいい。適当にそれでいいよ」
腕時計を見た。午前七時四十分。そろそろ授業が始まる。早めに終わらそうと思ったが、結構長居してしまった。
「じゃあ、今日から君は武神だ」
満足気に頷くギルド長の話を適当に終わらせ、学園の教室、巡の席に転移した。
視界が木の部屋に変わると、短い悲鳴が聞こえた。横の席に座るサリーだった。
「あ、ごめん」
よくよく考えれば、危険な行為だった。転移とは、思い浮かべた場所、移動する地点を想像しないといけない。当然、誰が居るかなどはわからないため、もし巡の席に誰かが着席していたら、想像に難しくはないだろう。下手をすれば“混ざる”かもしれない。
「巡、おはよう。あと、転移は危ないぞ」
「ああ。俺もいま思った。無闇に使わないようにするよ」
後ろのレイスは転移を使ったことに驚きはなかったようだ。
扉に視線を移すと、先生が顔だけ出していた。
「これから体育館ですよー。昨日の続きをするのですー」
生徒全員が廊下にならぶ。先頭の先生を追うように全員が歩き出した。
昨日と同じで、体育館の床は魔方陣が二つ。神谷達の顔もあった。巡の顔を見て、各々の表情は変わる。憎悪、憤怒、嘲笑、あとは、興味深そうな視線だろうか。
「レイス。お前はいいのか?」
巡が聞いたのは、奴等の視線についてだ。サリーは申し訳なさそうに離れているが、レイスは巡と話している。
「俺は大丈夫だ。気にするな。なによりも、お前といると楽しい」
頬がゆるむのを感じた。
「そうか」
順調にSクラスを終え、順番は最後のFクラスとなった。生徒達が続々と召喚していく。どれもが強くはない魔物だ。
サリーが詠唱する。輝きの後、三十センチ程度の妖精が出てきた。手にはなにかの管楽器。一言、二言話し、妖精が音を奏でる。サリーが頷き、大きく息を吸い――歌う。
楽しそうに、悲しそうに、嬉しそうに。時には幸福を、絶望を、天使のような歌声で分け与える。
知らず知らずの内に、全員が聴き惚れていた。教師も、校長も、神谷組も。だが、例外がいた。
リリーだ。たった一人だけ鬼のような形相を浮かべている。
歌が止んだ。至福の一時は終わりをむかえる。自然と拍手を呼んでいた。遅れて合わせるように巡も手を叩く。
サリーが少しだけ自信ありげにクラス側に戻ってくる。
「妖精、雑魚も雑魚ね。流石“出来損ない”」
リリーが嘲笑い、更には罵った。サリーはうつむき、体育館の隅に座り尽くす。
「……俺が先に行くぞ」
残り、レイスと巡だけになった。レイスが言って、詠唱する。輝き――レイスは消えた。
逆召喚だ。流石は全帝と言ったところだろうが、しかし、周りはざわついた。校長は二度頷く。レイスの本当の強さを知ってるかのように。
現れたのは、一体の妖精。なんの変哲もない、ただの妖精。そこらにいるような風貌で小ささ。笑いが起こった。
「やっぱりこれくらいしか出なかったよ」
「これくらい……ねぇ」
レイスの横で踊る、凡そ身長二十センチの少女を眺める。普通すぎて逆に怪しい。しかし、召喚でそこらにいるような妖精が召喚されるのだろうか? 他の生徒は最低でも魔族の下級、スケルトン。下級天使、精霊は出していた。
この妖精は、見たところ一つの木の妖精にも感じる。それくらい力が弱い。
魔方陣に乗り、聞き慣れたが、言い慣れてない詠唱を口にする。
なにもでない。輝きもしない。
「どうした? 魔方陣の不備か?」
首を捻り、もう一度詠唱するが、無駄だった。三度目で、黒い靄が噴出。
「なんだ!?」
校長の声が響いた。騒がしくなる。
『貴様は、あのときの者か。世話になったな』
後ろで神谷が叫ぶ。現れたのは死神だった。
「なんだ? お前が使い魔か?」
生徒が逃げ惑う。
『それでも楽しめそうではあるが、私では力不足も甚だしい。すまないが、貴様に似合う実力をもった使い魔はいない』
それもそうだろう、この世界で最強の魔物は知らないが、負ける気はしないし、魔法を覚えれば、確実に勝てる。古代竜を試みるに、力技だけでもいいかもしれない。
「じゃあ、俺だけ使い魔は無しか?」
悲しいとかはないし、不思議とあまりがっかりもしなかった。
辺りを見渡すと、レイス、隅に座り込んだサリー、神谷組、教師陣。その内教師陣は警戒し、神谷だけが剣を抜いている。
『そうなる。だが、気に入った魔物や会った精霊等と契約し、使い魔にすることは出来る』
「つまり、探して気に入った奴だけ使い魔にしろってか?」
『ああ。まだ仕事があるから消える。歓迎もされてないようだしな』
「そうか。また会えたらいいな」
骨でわからないが、笑みを浮かべて消えたような気がした。
誰かの溜め息がする。
「……今日は終わりだ。明日から授業だからな」
校長が舞台裏に隠れ、教師陣も舞台裏へ。巡はレイスの元へ足を進める。
「残念だったな」
励ますレイスに、巡は肩をあげておどけてみせた。
「まあ、実力に合わないなら仕方ない。俺が弱すぎるんだろ」
「お前が弱いなら俺はなんなんだろうな」
「レイスであり全帝だろ。それ以上はこれからあっても、以下はない」
レイスは驚く。顔を真剣そのものに変えて、巡を視線で射ぬく。
「なんで知ってる……?」
声は小さい。
「まあ、場所をかえようか」
静かに肯定したレイスを連れて、学園外へと行き、ほんの少し離れた寮に入った。
中のエントランスは良いところのホテルに酷似していた。レイスが受付嬢に一言しゃべり、鍵を受け取って、巡を案内した。
二階の一番奥の扉を開け、入るよう促され、玄関で靴を脱ぐ。
短い廊下、部屋の扉を開けると、正にホテルの一室だった。違うのは、右にキッチンがあることだろうか。
「さて、どこまで知ってる?」
椅子に座った巡に尋問する。
「まず、お前は全帝だな。それから推測するに、さっきの妖精は只者じゃない。まあ、これくらいしか知らない。因みに、俺は昨日のランクSSSだ。炎帝の推薦のな。今日からランクXの二つ名は《武神》になった」
捲し立てた。暫しの沈黙のあと、レイスは深くながい溜め息を吐いた。
「気を張ったのが馬鹿みたいだ。そうか、転移をするし、勇者を一捻りするからFランクに似合わず強いとは思ったが……」
そう言って腕を組んで、目を閉じる。巡は使い魔が気になった。どうして妖精なのか。化けてる可能性が高いが、やはりなにかの精霊なのだろうか。
その事を質問すると、レイスの横で一人の女性が現れた。
その女性は現れるや否や、直ぐ様レイスの腕に体を絡める。胸が苦しそうだ。
「……まあ、これが俺の使い魔。全ての妖精、精霊を束ねる王らしい」
そこで、思い出した。妖精、精霊、属性の神がいることに。妖精はそれぞれ、自然である。
精霊は、サラマンダー、ノーム、ウンディーネ、シルフ等。雷や光、闇もあるのだから、ヴォルトやシェイドもいるのだろうか?
首を振る。
「名前は《オリジン》というらしい」
「オリジンか……」
呟いたものの、特に何も考えてはいなかった。
オリジンというと、全ての精霊の源となる精霊王、だろうか。それはまたご大層な。
「お前は使い魔が出てこなかったんだってな?」
巡を気遣ったのだろうか、遠慮がちに聞いてきた。頷くと、オリジンがこちらをじっと見てきた。
巡は首を傾げる。
「あり得ないわ。どうしてそんな程度の力で――」
次の言葉は喋らせなかった。巡が一瞬でオリジンの背後に回り、魔武器で首にナイフを突きつけたからだ。
「そんな……なんだっけ?」
「……降参よ。ナイフをおろして」
両手を挙げて降伏したので、素直にナイフを消した。また一瞬で元の場所に座る。
「俺でもわからなかった。なんでSクラスに行かなかった?」
「お互い様だろ」
「それもそうだな」
ケラケラと笑った。オリジンが熱をあげるが、その度に鬱陶しそうにしている。
「強いて言えば、Sクラスは馬鹿ばかりだからかな」
「同感だ」
今度は二人で笑った。
「しかし、その強さなら対等な力をもった使い魔が現れないのもわかる気がするな」
レイスが何度か頷いた。
巡は考えていた事を伝える。
勇者が出した天使。あれは恐らく最高位の天使だ。あれであれば、巡と釣り合いがとれたかもしれない。だが、勇者が先に召喚してしまった。そのあとの、神谷組の黒髪の青年が出した黒い猫。その青年は『ルシ』と呼んでいたが、猫からは強大な力があるのを感じた。最高位の天使よりも強大な力を。
「あの二人は要注意だな。敵対するなら、俺も全力で戦おう。個人的にはお前のが気に入ってる」
「ありがとう。お前もなにかあれば俺に言え」
固く握手をした。巡も、それに応えるように、レイスは信頼しようと、心に誓った。
午後十二時三分、巡は昼休憩していた。はじめての授業の内容としては、小学から学ぶものではないか? という基本的な事だった。
ここは《グリッダン》という名前で、グラン、ギラン、テランに別れ、戦争を繰り返している。テランは所謂、中立で、迎え撃つという体勢らしい。
魔界には魔王。魔王を討伐するため、勇者である神谷が召喚されたのだと。その際に、召喚に巻き込まれたのがあの黒い猫の主人、黒髪の青年。
というところまでがついさっきまでの話。今は食堂でレイスと何をするか選んでいる。
「おばちゃん、俺カツ丼大盛りで」
レイスの注文に恰幅のいいおばさんが元気に溢れた返事をする。
巡は悩んだ。メニューが豊富で、何を食べたいかわからなくなったのだ。
「この、日替り定食。おすすめだぜ」
後ろからメニューを指差された。振り返ると、黒髪の青年が胡散臭げな笑顔を浮かべていた。
「お前は神谷組の」
無意識にも口に出ていた。
とりあえず日替り定食を頼み、受け取ってからレイス、青年と共に席に腰かけた。
「俺もあいつらのグループと思われてたか」
額に手をやって天井を仰いだ。
「君、いつも神谷達と一緒にいるだろう?」
カツを口に運ぶレイスが言った。
「あいつのこと世界で一番嫌いだ。いつもあいつの尻拭いばっかりだしな」
青年の顔は暗鬱沈むようだ。
「へぇー。で、なんで俺に話しかけた?」
途端に愉快そうな表情へと変えた。
「あ、そうだよ。お前ら二人と友達になりたかったんだ」
「なんでまた?」
「あの死神の時はスカッとしたぜ! よくやってくれた」
巡の脳裏に、神谷を蹴り飛ばす光景が浮かんだ。あのときのことだろうか。そう思った時、声がした。
「刃。なんでその人達といるの?」
ジン。そう呼んだ人物は、神谷だ。数人の女性を侍らせている。
「だからお前に関係ないだろ? お前は俺のなんなんだよ」
『うんざり』という表現がこの上なくぴったりだろう。周りの女性は刃に敵意を向け、睨みを利かす。
「親友。そんな人達と関わっちゃ駄目だよ。悪い人になっちゃうから」
「お前に何がわかる? なにをもってそんなことを言うんだ?」
巡とレイスは黙って眺める。入って良いものではないと思ってのことだ。
「間違ったからって人を見殺しにするような人だよ? あまつさえ僕の妨害をして死神に加担したんだ。その人は悪に決まってるよ」
神谷達がこちらに軽蔑の目を向けてくる。だが、どうでもいいので無視をする。
「あれはあいつが悪い。罰せられるべきだと俺も思う。いつも言われてただろう。あれだけ先生が口を酸っぱくしてたんだ」
「でも――」
「でもじゃない。先生だって校長だって止めなかった。巡の事を責めてもいなかった。寧ろ庇ってたじゃないか」
「……わかった。君は僕の親友の刃じゃないんだね」
巡とレイス、刃が呆気にとられた。
「刃はいつも僕を助けてくれた。僕がなにか失敗してもフォローしてくれて、一緒に人を助けたりもしてた。君は洗脳されてるんだね」
「いや、ちょっと待てよ」
「刃……すぐ助けてあげるからね! 星月巡、決闘を申し込む!」
指を差された。高らかに言われたそれは、学園のルールの一つでもある決闘。
決闘に勝てばなんでもとは言わないが、大抵は言う通りに出来る。敗者は従うしかない。だが、戦いは使い魔あり。その上、巡は最低のFクラス。Sクラスで、自他共に見知る勇者が、最弱と言われるクラスの一人に申し込むのは、恐らく異例中の異例だろう。
あれだけ騒がしかった食堂は、耳鳴りがするほど静まり返っていた。
「……良いだろう。お前の使い魔共々地に伏させてやる」
「まあ、巡なら勝てるだろう。俺は信じてるぞ」
レイスが食べ終わったカツ丼の皿を持っていった。