オークション
報酬を受け取る。ドラゴンの亜種が暴れたらしく、それの討伐を終えたのだ。報酬は金貨九。強さ的にはレッドドラゴンより――というよりも、一方的だったので、強さはわからないが――骨があった。
自室に帰ると従者の三人が、カーペットの床で、直立不動していた。
無言。
「な、なんで立ってるんだ?」
「いえ、奴隷なら廊下、もしくは外で待機しているものです」
「そ、そうか。いや、飯にしよう。ドラゴン狩ったんだ。ドラゴンの肉を焼いて食おう」
ツキは変わらず表情は変わらなかったが、ヤミとリサが愕然としていた。リサが吃りながら言う。
「主人はドラゴンを狩れるほどの腕前か?」
「まあ、狩れてるな」
「私達はどうやら、とんでもない人の奴隷になったらしい」
リサが意味ありげに空を見つめた。ヤミが何度も首を縦に振った。
「お前らの生活は出来るだけ保障するぞ。多分強制はしない。そこらへんの奴隷より何倍かは、いい生活を送れる」
「私はお名前を頂いた時に、ご主人様に尽くすと決めました」
よくはわからないが、凄い忠誠心を感じた。巡には身に覚えが全くないが、それはそれで、楽だからいい。
「まあ、体を壊さない程度にな」
「私は……頑張ります!」
ヤミが右手を挙げた。忠誠心を表す言葉が思い付かなかったらしい。それはリサも同様のようで、黙っていた。
移動する。三人はこの家の道を理解していないため、食堂と厨房、ついでにトイレの場所を丁寧に教えた。食堂は洋の、ワインなどが似合いそうな雰囲気だ。部屋の横に扉があり、そこが厨房である。
「広くて迷いそうです……」
ふとヤミが不安を口にした。
「すぐ覚える。一週間後には覚えてるんじゃないか? 風呂、トイレ、食堂、俺の部屋は覚えただろ?」
振り向き、三人の頷きと返事を聞いて、巡は頷いた。
「なら大丈夫だ。あとは倉庫と修練場が主だな。あとは無駄に部屋があるだけ」
厨房でフライパンを出し、ドラゴンの肉と創造した野菜やらで料理をする。同時進行で白米を釜で炊く。
ずっと後ろで、私が、私が、とツキが申し出ていたが、断った。巡の気分が、今日は作りたい、と訴えていたのだ。
出来上がった料理は、どれも絶品の一言だった。料理が上手くなる能力を作っておいたので、味見をしないでも、大体の味付けがわかるし、あとこれくらい炒めれば……、と自然に頭にくるのだ。
ツキ以外が涙を流す。巡はギョッとした。訳を聞く。
「私たち奴隷は、食事も良くて残飯。悪ければ生ごみめいたものです」
そんなに悪いのか。と巡は思った。それと同時に、嫌悪感を抱いた。扱いの悪い奴隷達の主に。
「ご主人様に買われ、まだ半日も経ってはおりませんが、私ともども、幸せでございます」
「……そうか。腹一杯食べろよ。ドラゴンの肉は腐るほどある」
「命令とあれば」
ツキが、少し微笑んだ気がした。思わず巡は見惚れてしまった。
皿にナイフが当たる音と、ヤミの嗚咽。リサは泣き止んでいた。
「ヤミ、泣くのは勝手だが、今は食事中だ」
上手く喋れてないが、必死に謝ってることはわかった。ツキが背中を擦る。
「……泣き止んでから思う存分食べろ。泣いてちゃ、喉を通らないだろ」
「はい……ありがとうございます……!」
巡は食べる手を止める。
泣き止むのには、およそ五分を要した。
「すいません、みっともないところを……」
「いや、いい」
「それに、食べるのを待っててもらったようで……」
「それも、いい。改めて食べようか」
再び皿とナイフがぶつかる音がした。音を辿ると、ヤミとリサだった。特に、リサ酷かった。
「リサ、お前への配慮が足らなかったな」
「な、なにがだ? ご主人」
「腕。ナイフ使えないだろ。切ってくるよ」
「遠慮する。ご主人にそんなこと頼めない」
渋るリサだが、無理矢理皿を取った。またも、ツキが率先して動こうとする。それを制して、厨房で一口大に切った。白ご飯も食べにくいだろうと思い、ついでに握った。
「ほら。食べれるだろ」
「本当に申し訳ない。私のために」
三度食事を始めた。
「冷たいな」
「はい。でも、凄く温かいです」
巡は肉を一口食べ、不快感を表した。返事をしたのは、ヤミだ。花が咲いたような笑顔を浮かべている。
その笑顔を見ていると、固まった脂が口の中で暴れていても、些細な事だと思えた。決して不味いだなんて思っていない。
「美味しいです……えへへ」
ヤミが一口毎に言う。本当に良い思いをしなかったんだな、そう思わされた。
「ご主人、これから私達はどうしたらいいんだ?」
そうだな、と返事はしたものの、なんと答えようか迷った。ヤミは精神的にも肉体的にも疲労困憊し、満身創痍だ。そんな状態では部屋の片付けすら出来ない。よって、ヤミは一週間みっちり休んでもらう。リサとツキは辛くないと言ってはいるが、やはり心配だ。王国に連れていき、一緒に依頼を行ってもいいが、はっきり言うと邪魔だ。
「することはないから、休んでろ。ストレスはあるだろう。だから、一週間後から頑張ってくれ」
「わかった。ご主人、なにかあればいつでも言ってくれ」
「……命令とあれば」
リサとツキが座りながら礼をした。それを見ながら、最後の肉の一欠片を口に放り込んだ。
巡は、王国の地下にいた。というのも、奴隷のオークションが開かれる場所にいるのだ。仮面を着用したものや、ローブを纏った者など多種多様で、巡はいつも通り、ジーンズと黒いシャツ。顔を隠したほうがよいか悩みに悩んだ末、その奴隷を連れていると、ばれるのだから意味はないか、と変装せずにやってきた次第だ。
ジェントルマンらしき男が開催を知らせる。太った醜い男どもの熱気と、耳障りな歓声。
一人、また一人と紹介されていく。中には小学生辺りの女の子までいた。
どれだけ醜い生き物なんだろうか、そう思わざるを得ないが、ここではそれが“普通”なのだ。巡も同類なのは言わずもがな。自身でも重々承知している。
「ここから本番!」
男が大声を挙げた。「冒険者として名を馳せてきたランクSの『苦死の姫』! 顔は隠れて不気味だが、髪をあげれば――この通り!」
男が女性の前髪をかきあげた。そこには憎しみを前面に押し出し、苦渋にまみれた表情ではあるが、素が良いのか、苛虐心を擽られる。
どよめきが沸き上がった。どんどん金が賭けられていく。八、九。
――金板一枚。
女性は金板一枚でこの先の人生を買われてしまった。それも拒否権は無しに。きっと、彼女は殺してくれたほうがましだと思っているだろう。
次の女性もどんどん買われていく。めぼしいものはまだ見当たらない。
「今度は猫族だ!」
会場が静かになった。いままでうるさかったのが急に静かになったもので、耳鳴りが襲った。
「ただの猫族と思うことなかれ! なんと――テラン獣国の第二王女だ! どうだ!? こういうのを待ってたんだろ!? 金板一枚からだ!」
熱気が一段と増した。
――金板一と金貨二!
――じゃあ金板一、金貨四!
――金板一と六!
少しづつ上がり、金板二枚で止まった。
「金板二枚でいいか!?」
「金板二と金貨四」
巡が上げた。金は貯めてきた。余裕がある。
――に、二と五だ!
「二と七」
黙った。
「金板二と金貨七で決まりだ!」
巡は小さくガッツポーズをした。勝てた時は気持ちがいいもので、巡の頭の中は、愉悦で染まっていた。
そのあとも出されるが、気に入るものはないので、見送っていく。口上に騙され、高く張っていく者が多い。
結局、目に留まるものは獣国の王女だけで、他には興味が移らなかった。受けとる為に、上の階に行く。
「巡様ですね。この奴隷で間違いありませんか?」
無骨な男の隣には、泣き腫らした目、きれいな顔には涙のあと。基本的に黒い毛並みのようだ。黒い尻尾と黒い耳。肉きゅうや毛深くはない。
「間違いない。これが金板二と金貨七だ」
男はしっかり数えて、礼。もう終わりだとでも言いたげに黙ったので、転移で帰った。
「ツキ、この子を風呂に入れてやってくれ」
自室に帰ると、やはりツキが居たので、隣で嗚咽を漏らす猫少女を頼んだ。
何故か絶望したような表情に変わった。
「かしこまりました。では、つれて参ります」
「頼んだぞ――」
小声で、安心させるようにお願いした。一礼して、少女と出ていった。
――三度、ノックがした。
「ご主人様」
「入ってくれ」
美しい、銀髪を揺らしてツキがやってきた。後ろには少女もいた。汚れはない。腕を組んで、若干高圧的だが、妙に顔が赤い。
「さて、お腹空いただろ? ドラゴンの肉があるけど、焼き加減とかはどれくらいがいい?」
巡の目の前に立つ少女はポカンとした。
「あんたなに言ってるの? ドラゴンの肉?」
「そうだ。狩ったから、余ってるんだ。美味しいぞ。な、ツキ」
「はい。ご主人様の作ったものは尚更でございます」
少女の隣のツキが応えた。何処と無く誇らしげだ。少女は視線をツキに移した。
「え、今から夜のご、ご奉仕ってものをさせられるんじゃないの?」
顔を赤くして、怪訝な表情で言った。今度は巡がポカンとした。
「は? しないぞ、嫌だろうし」
「え、だってツキさんは『ご主人様に体を授け、尽くすのよ』って……」
「ツキ?」
「あれは従者として、ご主人様のために働き、その身を捧げるという意味であり、そういう意図があって言った訳ではありません」
「ばか――――っ!」
叫び、部屋の隅っこで丸まってしまった。
巡とツキが見合わせる。二人でため息を吐いた。
「肉はどれくらいの焼き加減?」
「……ミディアムで」
よし、と巡は腕捲りをした。半袖なので意味はないが、気合いも込めてだ。
厨房に行き、肉の味付けはシンプルに塩と胡椒だけ。白米もちょうど炊き上がり、全員分茶碗に装って、食堂のテーブルにならべた。
「申し訳ございません。本当は従者であり、奴隷である私達がすることですが……」
「いいんだ。一週間休めって言ったし、それまでは俺がやる」
言い終わると、リサとヤミが食堂にやってきた。
「ご主人、新しい奴隷か?」
「そうだ」
「風呂は……済ませたな……結局私はなにも出来なかったか」
悔しそうに言った。動きたくて仕方ないらしい。
「いいんだって、しつこいな。一週間後から頑張れって言ってんじゃん」
「……すまない。早くご主人を楽にさせたくて」
そう言われると嫌な気はしない。リサの肩を叩いて元気付ける。ヤミは既に座っていた。
「こら、ヤミ。貴方、ご主人様より先に座ってどうするの」
ツキが叱った。ヤミがしゅんとして、謝罪一言、席を立つ。
「気にするな……と言いたいが、流石に俺はそこまで優しくない。ツキ、叱るのは程々にしてやれよ」
ヤミが表情を暗くして、固まる。
「ただ、先に食事にしよう」
今度は表情が明るくなった。巡が腰かけて、リサ、ヤミ、ツキの順で座る。
いつまでたっても座らない少女に、問いかける。
「なんで座らないんだ?」
「……本当に奴隷なの? まるで家族みたい」
「ご主人様は神様なんですよ!」
ヤミが虚言する。
「ご主人は優しい。精神的に疲れたからと私達を一週間休ませ、ドラゴンを討伐したり、疲れたのにご飯も作ったり、高級品を食べさせてくれたり、家族のように扱い、その上部屋や風呂まで」
「ご主人様は私達の神様であり、父のように優しく、時に叱ってくださる方です」
巡は引いた。
流石に言い過ぎだろう。そんな事だけでここまで信頼してくれたら、楽というよりも、不気味だ。
「ふーん。じゃあ私を帰してよ」
空気が凍った。彼女は冗談のつもりだろうが、ツキは鋭く睨み、ヤミはフォークに刺した肉を皿に落とした。リサは一瞬巡を見たが、すぐにツキと少女を見つめる。
肝心の巡は、肉を頬張り、あっけらかんと言う。
「別に帰りたいなら明日でも帰してやるぞ」
「え――!?」
咀嚼する巡を、全員が見る。
「ツキ、ヤミ、リサ。お前らも帰りたいなら言えよ? 明日にでも帰してやるし、遠くても転移で行ける。場所がわからないなら探してやる」
「いえ! 私はお仕えます!」
ツキが声を荒げた。遅れて、ヤミも言う。
「私は戻ってもまた売られるだけですし……」
「私も奴隷になった身。家族に会う顔がない。それに、ご主人の元から離れるわけにはいかない。裏切れない」
「本当? やった! テラン獣国は知ってるわよね!?」
本当に嬉しそうだ。だが明らかに場違いにも思えるその言葉に、ツキが椅子から勢いよく立ち上がった。
「三人とも、ありがとう。まあ知ってる。行ったことはないが」
手振りで座れ、と命令する。ツキが座るのを見届け、少女を見る。深くガッツポーズをしていた。戻れるのがそんなに嬉しいのだろう。
「あ、私はリル・テランよ。明日までよろしくね」
「星月 巡。明日までよろしく。部屋はツキに聞いてくれ。明日の九時頃に獣国へ行こう」
「わかったわ。お礼は言っておくわね。ありがとう」
「気にするな。明日まで自由に過ごしてくれ」
食べ終わり、ツキに部屋へ案内させる。その間、リサとヤミを連れて自室へ向かった。
少しして、ツキがノックの後入ってくる。
「ご主人、本当によかったのか?」
ツキが来るのを待っていたらしいリサが、問いかけてきた。
「いいんじゃないか? 奴隷なんかいくらでもいるだろう。王女だから買っただけだ。家事や戦闘は出来ないだろうし」
「確かにそうですが……」
視線をさげるヤミ。ツキが一歩踏み出した。
「ご主人様。私は命令とあればなんでもこなす所存です。あの者が帰っても、なんら問題はございません。ですが、無条件で返すのでしょうか?」
「まあ、そうだな。でも、返ってくるものは大きいと思うぞ。密かに期待してる」
口の端をつり上げた。