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邪神

 曇天が、今こそ戦争の時だ、と語る。広がる王国と帝国、獣国の軍勢が、一斉に雄叫びをあげる。

「嘘だろ……」

 無意識に呟いてしまった言葉は、軍勢の声にかき消された――。


 校長が帰ってから、ツキが王国に忍び込み、一週間聞きまわり、帰還してから聞かされた。

 王国と帝国、獣国が手を組み、一週間後に攻めに来ると。

 準備はしていたものの、いざ全面戦争と聞くと、自分程度が指揮を上手く出来るか、皆を生かす事が出来るのか、心底不安であった。そんなときはサリーの墓の前で、いつも不安を吐き出していた。

 そろそろサリーもうんざりしているだろう。

 これで最後にしよう。巡として、サリーに会うのは、これで少しばかりお別れになる。戦争が終わるまで、巡ではなく、王となろう。

「巡様、御体に障ります。明日は早いのでそろそろお休みください」

「ああ、すまないな。皆は?」

「見張りはミツさん含む非戦闘員に任せ、力あるものには英気を養うよう言ってあります」

「流石だ。お前らも休め。一週間後には戦争なんだから」

「ありがとうございます」

 夜光に煌めく銀髪。照らされる綺麗な顔立ち。映えるメイド服。

 一向に休みに行かないツキに、巡は再度命令した。

「巡様が自室でお休みになられるまでお側に居させてください」

「良いけど……すぐに寝ろよ」

 ツキの顔を見ていると、つい許可してしまった。従者に甘いのは王になっても変わることはないか、と苦笑した。


「――巡様! 大変です!」

「いきなりなんだ……?」と寝惚け目を擦りつつ重い身体を起こす。

 ツキが焦燥しきった表情、口ぶりで「すぐそこまで軍が来ています!」と声をあげた。

 急いで動きやすい服に着替え、マントを羽織った。

「状況は?」

「四方から王、帝、獣の兵士数百、軍の先頭には帝一人づつ、帝国の四天王一人づつ、正門の方向から勇者、炎帝、四天王の三人です!」

「見張りは何してた?」

「それが……急に姿を現したとのことです」

「不可視か……」

 昨日とは一転して非常にまずい状況となった。

「戦力になるもの全員呼べ」

 まだ時間はある。一見して、一キロの猶予があるのだ。ならば、その間に人員配置をするしかない。

 しかし、時間は待ってはくれない。誰をどの場所に配置するかを考えている間に、全員揃っていた。

「正門の東には俺とレイス、ツキ、ヤミ、ダイゴンの最高戦力組。北には戦闘慣れしているリサ率いる従者組とアム、ドワーフを三十。

 南はエリシアとグローリエル、エルフとダークエルフの混合。西、ツヴァイ、ファラ、フォラ、グラスに残ったドワーフだ! 死なないことを切に願う、行くぞ!」

 ツキから聞いた四方の相性から、即席で考えた。一番弱いのは西の風帝と四天王、兵百。南には光帝と四天王と同じく兵、北は水帝と四天王と兵士。

 問題があるのは正門だった。荒削りながらも戦闘センス、能力は天才の一言である勇者、神谷。レイスを越える経験、力、戦闘能力の炎帝。未知数の四天王。

 一応は総合戦闘力が均等になるよう、配置したものの、個々の能力となると話は別だ。上手くフォロー出来れば良いんだが、と巡は敵と目を合わせるまで憂慮に堪えない気持ちだった。

 空は今にも降りだしそうな曇りだ。しかし、所々から射し込む陽光が、悠々と歩く三人を明確にする。魔物は人間の軍勢に畏怖し姿を消したようで、花々も萎れていた。

 何処かが、戦争を開始した。

 巡と神谷が他の者に動かないよう指示する。

「やぁ、巡くん」

「神谷……」

「僕はね、君を許せそうにないよ」

「なにを――」

 拳が目の前にあった。巡は拳が当たる直前に顔を振り、威力を殺した後、神谷を倒して腕を極めた。

「流石だよ。力を失ってもその強さ」

 巡は急な攻撃に、心臓の動きが早くなった。以前の神谷なら、不意を突くような行為はしなかったからだ。

「巡様!? 貴様……!」

 冷静さを欠けたツキを止める。

「神谷、どうしたんだよ。聖人のようなお前からは想像が出来ないな」

 皮肉混じりの会話を送ると、神谷は自虐的な笑みを浮かべた。力任せに腕を振るい、巡を退ける。

「僕が唯一愛したサリーちゃんが自殺したってね」

 驚愕する。いくら曲解が大好きな神谷でも、それはいきすぎだ、と巡は思った。

「違う! サリーは殺されたんだ」

「それこそ違うね。僕はサリーちゃんの遺体をこの目で見たんだ。彼女は、君の洗脳を解くために、死んだんだ!」

 話が成立しない上に、心の底から信じているため、どうにも出来ない。

「やっぱり、お前とはわかりあえないみたいだ」

「僕もそう思ってたよ。そろそろやろうか。炎帝、君は良いのかい? レイスって人の父親代わりだったみたいだけど」

「どうでもいい」

「あっそ」

 こうして見ると、やはり神谷は歪んだ。一転して、違和感がしないほどに。

 レイスにも確認すると、レイスも炎帝と同じらしい。

「じゃ、そろそろ終止符だ。今度は君を更正なんてしない。殺す!」

 奴は、聖人を捨てる覚悟のようだ。気迫が段違いなのだ。

 一瞬でも気を抜けば躊躇なく殺されると悟った。

「遠慮はいらないよ。皆殺しにしよう!」

「こっちも気を抜くな! 相手は言わずと知れた手練れだ!」

 武器を取り出す。巡はシンプルな刀を、レイスは刀身のみが血のように赤い黒刀、ツキは鍔が青いナイフ、ヤミは真っ黒な大剣を。ダイゴンは土の力を感じる宝石があしらわれた杖。まもなくして、相手も構えた。炎帝はバトルアックスを、四天王はぶこつなロングソードだ。神谷の武器は、見違える程に変色していた。なんといっても、形や装飾はあっても、輝く金色だった聖剣に、黒い斑点が蝕んでいるような気がするのだ。

 神谷が地を蹴った瞬間には、既にレイスへ斬りかかっていた。刹那、甲高い音をたてて元の位置に戻っていた。

「やっぱり弱くなったね。目で追えていなかったよ?」

「帝王様から注意するよう言われたけれど、こんな程度か」

 悔しいが、その通りだ、と巡は内心で苦く同意した。

「巡の力を封印したのはお前らだろうが!」

「貴様らは少し傲慢すぎだ。本気で灸を据えなければなるまい」

「巡様、気にする必要はございません」

「そうですよ! 星月君はなにも悪くないんですから!」

 心強い言葉に、頷く。

 身体全体に魔力を行き渡らせる。

「短期で決めるぞ」

 三人の返事を聞いて、雷の属性を付与し、四天王に袈裟斬りした。

 急な速度に、焦ったのか、大袈裟にロングソードで防御する。

 四天王はそれほど強くない、と見切りをつけて追撃する。

 二撃、三撃と繰り出すにつれ、四天王の傷は増えていった。十分に傷をつけたら、相手の攻撃を避けて首を飛ばした。

「あーあ、四天王さん死んじゃった。役にたたないなぁ」

 どこまでも腐ったようだ。しかし、ツキとレイスの連係を受けながらも、よく話せるものだ。

 巡はにらみ合いの続くダイゴンの場所へ駆け寄った。

「ダイゴン、ヤミと二人で大丈夫か、加勢するぞ」

「いや、炎帝程度には負けん。この嬢ちゃんも強いしな。もし無理そうなら遠慮なく加勢してもらう。勇者のところへいってくれ」

「わかった。気を付けろ、ヤミもな」

 ダイゴンは返事とばかりに、年不相応ないたずらっ子のような笑みを浮かべた。ヤミも足を黒くさせながら、余裕のある顔だった。

 巡は走り、二人の攻撃を受け流す神谷に向かって、雷を纏わせたジャンプ切りを見舞うが受けられる。

 背後と側面から二人が奇襲するも、やはりかわされる。

「いやー、今のは危なかったよ。冷や汗が出ちゃった」

 飄々と額を拭う仕草をすると、「次は僕の番かな?」と一瞬で最上級の闇魔法を放った。バスケットボール並の光線は、避けたツキを通りすぎ、結界に当たり、その箇所の結界を割った。

「強すぎちゃった?」

 わざと、やってしまった、という風な表情に、巡は酷く苛立った。

 気休めにダイゴン達を一瞥すると、一部クレーターが出来ているほどの激戦を繰り広げていた。

「僕達も負けてられないね。僕はね、君を殺す為にあれから神と契約したんだよ」

「神と……?」

「そう!」興味を示した事に、嬉しそうに話をする。

「君がサリーちゃんを殺した後、僕はもっと強くなりたいって願ったんだ。するとね……邪神だっけ? が契約したら誰にも負けない力をあげるって言ってくれたんだ」

 頭痛を覚えた。邪神と言えば、昔話に出てくる最悪の神なのだ。まんまと騙されている事に、遺憾を覚える。

「人間をやめたのですね。なら、私達は人間ではなく、魔物を狩るのと同義」

「そうだな。前々から気に入らなかったんだ、偽善者め」

「偽善者? 違うね、僕のしてることは真の善。僕がやったことは全て『善いこと』になるのさ。僕が殺した人間は、感謝するんだよ。皆僕を神のように泣いて崇拝するんだ」

 狂ったように笑う。そこには爽やかなだった神谷はもういない。人はここまで増長することが出来るのか、と寧ろ感心出来る程だ。

「吐き気がするな。お前こそが、もう『邪神』だ。人間には過ぎた力をもち、それをいいように使う。魔物でもなく、魔王でもないし神でもない。邪神だ」

「洗脳魔の殺人鬼に言われたくないね。殺すよ?」

 言い終わるが早いか、膨大すぎる魔力が皆を襲った。炎帝含む全員が片膝をつく。

「おっと、出しすぎちゃった」

 すぐに魔力な消えたものの、魔力の余韻があり、すぐには立てない。奴はご満悦そうに目を横に動かし、全員が跪いたような光景を脳裏におさめる。

「そろそろ本当に終わらせちゃおうかな」

 誰に宣言するでもなく呟いて、目を閉じる。瞬間、白と黒の翼が一対背中から生えた。

 羽が数本落ちる。

「この姿はね、邪神の力を借りたんだよ。僕が腕を振るうだけで地面が割れるんだよ」

 ほら、と言い、地面に向けて力強く振ると、轟音をたてて地響きが起こり、五メートルの地割れが出来た。

 巡は戦慄する。きっと、この場の全員が同じ気持ちなのだろう。

 この神谷には、勝てないと。

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