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ドワーフの移住

 ドワーフは、オリハルコンを出したものが巡だとわかると、満場一致で巡の国に来ることに賛成した。これぞドワーフの良いところでもあり、悪いところなのかも知れない、と巡は思った。

「でも俺達には街をそのまま移転させる方法はねぇ。だが、“移動”は出来る」

「移動?」

「そうだ。この街の家一つ一つに足を作ってるんだ。それを動かすには魔力が必要なんだけどな」

 それでは意味が無いではないか、という言葉をのみ込んだ。ドワーフには魔力が無く、力は五族――人間、獣人、エルフ、魔人、ドワーフ――の中で、トップなので、純粋なパワータイプの戦士として戦闘する事が一般的である。それなのに、魔力が必要とするものを作るとは、この族長も相当変わり者なのだろう。

「じゃあ、エルフを連れてくる。一人ひとり家を動かしたら良い」

「いけるってんならそれで良いぜ」

 族長の許可ももらったので、早速ツキとヤミに戻ってエルフに転移し、此方に来るようお願いしてほしい、と命令した。

 この場合、重要なのは、あくまでお願いだということだ。お願いでなければ、エルフ達は動かない、と巡はわかっていた。

 一日して、二人は戻ってきた。エルフとダークエルフを連れて。

 集団転移で魔力は無くなっている筈なので、一日休ませ、国の壁を壊し、家を動かした。

 家の下から鉄の足が生え、機械的な音を出し、危なげながらも山を越え、国へ帰ってきた。門は高く、家が入れる所はないので、壁を一部破壊して、家を入国させた。家を配置し終えると、ドワーフ達はエルフに礼を述べ、すぐに壁の修復に取り掛かってくれた。

 エルフも、意外に友好的なドワーフに驚きつつ、ちゃんと接してくれた。

 ドワーフ達に一任させると、何故か領土と結界の範囲もひろがっていた。流石に二種族の家を引き入れると、狭苦しく、族長達も嫌だったらしい。

 夜、アムが帰還した。祝うと尻尾を振るかのように喜ばれ、こちらもいい気がした。

「明日、レイス、エルミアで王国の壁を一部破壊してきてくれないか?」

「理由を聞いても良いかしら?」

「ちょっかいをかけるだけだ。あいつは苛々したり、気に食わない事があればすぐに攻撃してくるからな」

「なんで王国の内部じゃないんだ?」

「それはな、レイス、民は関係無いからだ。出来る限り王族と、帝だけを仕留めたい。兵は仕方無いだろうがな」

「私が出る意味は?」

「転移だ。レイスが壁を壊して、転移ですぐに戻ってこれなきゃ、意味がない」

「わかったわ。明日? 今?」

「明日の朝だ。王は、絶対に俺達だと分かる」

 本格的な戦争が始まるだろう。

 そうなれば、誰かが死ぬのは当然、最悪、こちらが敗北するかもしれない。

 目を覚ますと二人から、行ってくる、との言伝があった。

 ツキと心配しあっていると、転移で帰還してきた。予想外の早さに唖然として、間抜けな声を漏らしてしまった。

「なに? 終わったわよ」

「多分誰も壊した所を見てないだろう。本当にこんなもんで良かったのか?」

 心底理解出来ない、と言った風に疑念を口にした。

「俺達は王族や、帝を潰せればいい。民は無害なんだ。王国を潰すならば、もっと早く全員でしてる。けど、あそこにはいい人も居る」

 校長とかな、と付け加えると、レイスは深く納得した様子だった。

 他にも、宿屋の店主達や良くしてくれた人も居た。そんな人達も殺すのは、忍びなく、非常に遺憾である。

 なので、今回のような兵や特定の者だけ呼び寄せるような行動をとったのだ。それに、吉か、凶か、どちらが出ても対処できるよう、考えるだけだ。

「早ければ昼――夕方には兵達を率いて此方に来る。誰か見張りと、戦闘の心構えをしておけ」

「私達は出なくても良いわよね?」

「相手の数にもよるが、一応休んでてくれ」

 二人が退室すると、ツキが水を差し出してきた。礼を言って口にすると、冷水が通った箇所を冷やしていく感覚がした。

 いつか、水も満足に飲めない程の貧困は訪れるのだろうか。

「ツキ、飲食物の貯蔵は?」

「はい、倉庫の収納を埋め尽くす程と、私共のボックスに。恐らく、ドワーフとエルフを除いて、軽く一年は越せるかと」

 問題は今のところ見当たらない。殆どが順調である。水が無くなれば、魔力からつくりだした水もあるのだ。

「そうか。俺の所にもあるしな……」

「ご心配ですか?」

 顔色を窺うように聞いたので、「順調過ぎて寧ろ怖いんだ」と冗談めかして首を竦めると、ツキは両口角を上げた。

「今は心配どころがございません。ただ――これから壮大な戦争がおこりうるでしょう。いまだ見ぬ『戦死』が私には恐れがございます」

 ツキを見ると、深く俯いていた。

「国を作り、王国を変える為には仕方無いことだ。レイス、ツヴァイ、勿論、お前らも死ぬかもしれない」

「わかっています。私は、巡様の為なら敵陣にだって……ですが、お側に……!」

 珍しく荒々しい動きで一礼して、急ぎ足で部屋を出た。目元が光ったのは、勘違いではない。

 床には涙を落とした後があった。


「巡、闇帝と雷帝が百程度の兵を率いて来たぞ!」

「よし、エルフ、ドワーフ以外全員集めろ。場所は門の外だ」

 レイスが部屋の扉を大きく開き、大声で知らせた。巡は待ってましたとばかりに収集させる。

 背後には鉄製の重く閉ざされた門。前方には目を凝らすと漸く見える行列。

「相手に気づかれない様に魔力を溜めれる奴は、溜めろ。俺が手を挙げたら、レイスから順番に撃て」

 レイス、ヤミ、ツキ、ダイゴンとフォラが密度を高める。他は、後ろで待機させた。

 数分経つと、最上級程度には密度が上がったが、それ以上は気づかれてしまうらしく、密度を保たせた五人が――レイス、ダイゴン、フォラ、ヤミ、ツキ、の順番に――巡の横に並んだ。

 先頭の帝二人が手を横にし、兵の進行を止める。

「久しぶりだな、武神、全帝。後悔してるか?」

 帝のコートは無く、高そうな服に身を守らせる雷帝が、偉そうに言った。

「してないな。前からお前らは気に入らなかった」

「言うなぁ、ガキが一人前に。自分より上の人間には敬語を使えよ」

 魔力を漏らし、威嚇した。後ろの兵士が体を震わせる。

「今や、俺は王だ。たかが帝程度が、俺より頭が高いんじゃないか?」

 煽ると、すぐに顔を真っ赤にさせて、届かない唾を飛ばす。

「やめろ、雷帝」

「だが、あいつを見ろ! お前は――」

 手を挙げた。

 遅れての爆音と、視界を覆い尽くす赤い光。目まぐるしい爆発の変化と、爆発の中心に太い光線。

 おさまると、辺りは赤黒く、肉片が落ちていた。

 足下には、誰かの右手。

「これが、戦争だ」

 誰が呟いたのかわからない。すぐに自分の口から発せられた物だと自覚した。それほど、唖然としていた。

 さっきまで喋っていた者は、物に変わり、二度と動く事はなくなる。

「全滅を確認した。せめて残ったものは、埋めてやろう」

 巡が歩き出すと、フォラ、ダイゴン、ツキが着いてきた。しかし、ヤミ、レイスは動かない。

「どうした?」

「……流石に不意撃ちで全滅させるなんてってさ」

「私も、あそこで星月君が手を挙げるとは思わなくて、少し……」

 無理もないだろう。すぐに着いてきた二人は、死体に見慣れていて、このような経験は幾つもあり、ツキの盲目な程の忠誠心が死体や、壮絶な光景を和らげている、と巡は考える。だがしかし、レイスは正義感が人一倍、二倍は高く、善意で今まで王国を守り、民の為に尽くしてきた良心が、痛むのだろう。ヤミは、ただ純粋な心が、咎めているようだ。

 巡は、ありきたりな事しか言えない気がした。戦争だから、仕方無い、殺らなければ殺られていた、そのどれも、聞き飽きた言葉で、納得出来ない。

「俺は、地獄の魔森で何度も死にかけただろ」

 横のフォラが、意外にも口を開いた。「弱くてちっちゃかった俺は、魔法も知らないで、泥に隠れたり、でっかい葉っぱにくるんだりして生き延びただろ。偶然落ちた武器を手に入れてからは、後ろから首を裂いたりして、魔物を食べた。お前ら、血まみれの魔物を食べた事あるか? 体が拒絶しても生肉に貪りついて……まぁ、結局何が言いたいかと言うと、その気持ちと、良心は保っておいたほうが良いって事だろ」

 最後辺りは、早口だった。

「俺達は人間として大事な何かが壊れている。その気持ちは大事だ。寧ろ、羨ましい程だ、なぁダイゴン?」

 巡はフォラの肩を叩き、頷いて肯定した。

「そうだな。若いというのは、いつまでも輝かしい。鈍い輝きも、激しい輝きも、優しい輝きも、輝きがある内は若い」

 自慢らしい、輝く頭を撫で、穏やかに微笑むダイゴン。その優しい笑みは、この場では異質で、不似合いだった。

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