奴隷買い
ペットボトルの『コガ・コーラ』を創造して、飲む。このジュースは巡の大好物だ。毎日飲んでいる。水やほかの飲み物は味気なく、あまり飲まない。
裏通りで、誰にも見られないように飛ぶ。そのまま王国を出て、草原を飛行したまま進んだ。一旦止まる。
視線の先には『ギラン帝国』
後ろを見ると、『グラン王国』
更に右を見ると、『テラン獣国』
このどれもがなん十キロ――下手をすれば百は越えている――離れてるが、今は停戦中らしい。ギランは実力主義で、権力。王国は秩序、平和。獣国は差別反対など。
ならば、と巡は左に飛んでいく。帝国と王国が微かに見え、テランが見えなくなった位置に、巡は家を創造した。それも巨大な。城と言われても信じるであろう。そんな建物を創造した。
そして、半径二キロに結界を張った。魔法を知らないために、中級魔法で割れるような結界だが、魔力を大量に注ぎ込んだ。恐らく、最上級の魔法で割れるだろう。それでも無いよりは天と地ほどの違いがある。
王国の中でこんなに大きい家をつくる訳にもいかないので、ここまでやってきた。通うならば転移が出来るので問題は無い。家の倉庫に時間停止の魔法を創造して、掛けた。これで食料は腐らない。客室にも簡易的な家具を置き、自室には壁を黒く、天井は白く、目に優しい白の電灯を窪みに嵌め込み、黒と白を基調に、部屋をつくった。粗方必要なことをすると、時間は午後五時を回っていた。夜まで待ち、グラン王国に戻る。
七時、レーダーを頼りに巡は奴隷商までやってきた。
懐はあたたかい。一体、何人まで買えるだろうか。巡はうきうきして店に入る。
受付の男に話しかける。
「奴隷が欲しい」
「あ? お子様がなんのご用ですかねぇ」
ボックスから金貨一枚投げる。受け取ると、手のひらを返して丁寧な物腰になった。
「どのような奴隷をご所望でしょうか?」
「出来ればここで一番奴隷を把握している者を呼んでほしい」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
暫く待っていると、ふくよかな三十代の男性がやってきた。腰には鞭を携え、コック帽にも似た形の帽子、黒い、高級そうな服を着用している。そしてちょび髭だ。
「ごきげんよう。私はここの支配人をやっております。コリーと申します」
西洋の挨拶。巡は名乗って良いものか悩んだが、これから世話になるのだから、と考え直した。
「巡だ」
「巡様でございますね。本日はどの奴隷を?」
「……女で、高い順に見せてくれ」
「かしこまりました。こちらに」
言葉少なに、ある扉を開き、先に入るよう促した。罠があっても巡には効かないので、警戒せずに部屋へ。
「お掛けに。すぐ連れてきますので」
首輪――恐らく奴隷の証――をつけた黒服の男がお茶を差し出してきた。受け取りはするものの、飲みはしない。
「お待たせしました。右から順に高いものです」
連れてこられた女性は、五人。一番右以外、巡の同年代だ。左から凝視して、選ぶ。
「この者は金貨五枚。早くも調教は済んでおり、夜のお供から、家事と、一通り使えます。ですが、戦闘向きではないかと」
既に壊れているのでは? と思えるような深い、黒い瞳。澱んでいる。見ているだけで人間の汚さを感じるかのようなその女性は、またか、とでも言いたげに絶望している。
右の女性。
「こちらは金貨六枚。調教は途中で、家事が得意です。戦闘も、後ろで魔法を撃つくらいなら出来ます」
髪は蒼く、可愛いというよりかは、美人の部類に入るだろう。瞳も蒼く、巡にアピールするように舌なめずりした。
右に。
「金貨八。調教はしておらず、入ったばかりで、まだなんとも言えませんが、夜のお供はまだ一回もしておりません。戦闘は前衛、後衛どちらも可能で、家事もそつなくこなす。との事です。期待はほどほどに、器用貧乏といったところでしょうか」
髪と瞳は吸い込まれそうなほど美しい銀。髪型はロング。可愛いと美人を五分五分の少女で、氷を思わせる無表情を浮かべ、礼儀正しい立ち振舞い。スタイルは全体的に細い。
あと二人だ。
「金貨九でございます。調教はほどほど、夜はまだ抵抗があるでしょう。初々しい反応がお好きなら。家事は一切出来ません。ですが、戦闘ならこの中で一番使えるでしょう。ギルドランクはSです」
髪は長く紫で、髪の先を一括りにしている。笑顔で愛嬌を振り撒き、手を振ってきた。
胸は二番目に大きい。ウエストも細く、ヒップも出ている。魔法使いだろうか、あまり筋肉はなさそうだ、と巡は冷静に観察した。
「金板一枚。夜のお供には手慣れています。どんな性癖にも合うでしょう。家事は完璧。戦闘は二番目。奴隷として立場を弁えていて、今いる中では一番の有望です」
もう買わないかも、と思い始めているのか、何処と無く説明が少なくなって、最初のような営業用の笑顔はなくなっている。
その女性は妖艶で、街で歩いてれば十人中、八人は振り返えるであろう容姿をしていた。ピンクの髪、泣きぼくろがあり、胸が一番大きい。スタイルは抜群だ。
熟考してから指差した。
「この銀髪の子を買う。あと、まだ余裕はある。他の子も見せてくれないか? 顔がいい子で」
「ありがとうございます。つれて参りますので少々お待ちを」
残りの女性を連れて行った。銀髪の女性と二人っきりになる。
「君の名前は?」
「ございません」
「無名か?」
そう聞くと、女性は首を左右に振った。
「いえ、名前は捨てました」
巡は絶句した。捨てたとなると、話は違う。
「そうか。俺がつけてもいいか?」
「是非お願いします。ご主人様」
綺麗に一礼してみせた。とりあえず、後で決めるとして、巡が座る、椅子の後ろに立たせた。
「遅れて申し訳ありません。選りすぐりの者を連れてきました。訳ありではありますが」
支配人が溜め息を吐いた。ぞろぞろと女性がやって来る。何人か、車椅子を彷彿とさせる乗り物に乗った女性もいるが、顔はいい。
「ここの者達七人は金貨一枚をはじめとして、最大でも四です」
ざっと一瞥すると、右腕がないが、希望を瞳に宿した者。左腕と左足がなく、絶望している者。四肢がない者。一見五体満足だが、松葉杖を右手に、危なげに歩く女性。そのだれもが、元気がない。体は痩せ細り、歩くのも億劫そうだ。
巡が一人の女性に向かう。黒い、さらりと綺麗だったであろう髪は汚れて、髪の毛の一部は塊を作っている。まだ瞳に絶望を宿してはおらず、かといって希望もない。
「この子は?」
「その者は生まれつき魔力がありません。有名な貴族の子供ではありましたが、いまは親に捨てられたようです」
「買おう。あと、そこの右腕がない子もな」
「この二人ですか……処分にも困っていましたし、これからもご贔屓に、ということで、金貨一枚、銀板二枚はどうですか? 破格だと思いますが」
「ありがとう。オークションとやらはやっているか?」
「はい。明後日開催します。なんでも、珍しい者を手にいれたとか……」
思案顔で言った。返事を適当に、金貨を取り出す。
「合計で金貨九枚と銀板二枚ですね。奴隷の首輪はどうされますか?」
巡は理解できなかった。どういう効果があるのかすらわからないので、説明を求めた。
首輪を着用して簡単な儀式を行い、主人に逆らえないように出来るらしい。主人を殺そうとすると、首が締まり、死ぬことになる。
代金を払い、いらない、と応えた。後ろの奴隷はどんな顔をしているかはわからないが、奴隷二人と支配人は驚いたようだ。
「お言葉ですが、寝込みを襲うことも出来ますよ」
「問題ない。こいつらは逃げないし、俺に危害を加えない、と信じている」
「なんとまあ……」
奴隷の二人が口をあんぐりと開けている。
やることは終わったので、支配人に帰る事を伝えた。オークションの場所や時間も聞き出したあと、家に転移で帰った。
三人からどよめきがするのを無視して、自室のソファーに深く腰かけた。
「こちらがご主人様のご自宅でしょうか?」
銀髪の奴隷が表情を変えず、言った。
「そう。同時に、お前らの家でもある」
「ご、ご主人様、ど、どういうことですか……?」
黒髪が。
「だから、お前らもここに住むの。ちゃんと家事とかはしてもらうから。でも、一週間は休め。辛かっただろう」
有無を言わせない、といった風な声色で命令した。
「主人、私は片腕だけだが動けるぞ」
「私もいますぐに」
「わ、私も……!」
食い下がる従者達に、もう一度命令する。
「いいから休め。精神的に辛いだろ。特に黒いの」
黒髪の肩が大きく動いた。
「お前、そんな体で動くつもりか? そんなのは俺が許さない。ゆっくりしてくれ。回復したら働いてもらうぞ」
三人ともなにかを言いたげだったが、最終的に折れた。深く一礼し、ありがとうございます、と口々に述べた。黒髪は特に、ぼろぼろの体で、涙を流しながら地面に額をつけてまで感謝をしていたようだ。
「二人の名前は?」
「私はリサ。ファミリーネームはない」
片腕。ワインレッドの髪にポニーテール。瞳は希望を宿し、胸は豊満だ。身長が巡より高い。
両腕があれば、戦士として名を馳せていたかもしれない、と巡は思った。
「私、名前はないです。名前を貰えず、ずっと出来損ないだって言われて……」
静かに泣き出した。
しかし、二人は名前がない。名付けるというのはなかなかに面倒だ。熟考に熟考を重ねて、二人に名付ける。
「銀髪は、ツキ。黒髪は、ヤミだ」
名前は安直。銀髪が月のように美しいから。黒髪が闇を彷彿とさせたから。
巡は自分のセンスに呆れ返った。しかし、意外にも二人には好評だった。
「ツキ……ありがとうございます。この名前、刻み込んでご主人様に尽くす所存です」
「堅っ苦しいからそんな喋り方じゃなくていい」
「いえ、そういうわけにもいきません。ご主人様、これからよろしくお願いいたします」
ツキは、どこかの貴族なのかもしれない。言葉使い、佇まいが瀟洒で、気品に溢れている。
「ヤミ、ご主人様の為に粉骨砕身――」
ツキを見習おうとしたのか、変な言葉使いをして、舌を噛んだらしい。
「無理はするなよ。そうだ、満足にシャワーも浴びていないだろ? 風呂場に連れてってやる」
「主人、言葉が過ぎるのは承知だが、私たちは奴隷だ。そこまで気を使ってくれるのは嬉しいが、異常だぞ」
「俺が良いって言ってる。俺の命令なんだから黙って休み、体を綺麗にしろ」
ソファーを立ち、動けないだろう、ヤミを抱き上げた。短い悲鳴を挙げ、弱々しく抵抗した。
「ご主人様、私凄く汚いからだめです――!」
「でもツキやリサに背負わせる訳にはいかない」
「私ならば背負えます。どうか私どものために動くのはお止めください」
ツキを制する。リサは片腕だけで背負うことは出来ないだろうし、三人には休んでほしい、というのが巡の今の気持ちだ。
道中も同じやり取りを二、三度繰り返されたが、どれも一蹴した。
奴隷の服は、汚れたシャツだ。折角体を綺麗にしても、それを着られたら意味がないので、下着とミニスカートのメイド服を三人分創造した。
急に現れたことに、大層驚いた様子だったが、三人は喜んでいた。
「じゃあ、思う存分入ってろ。ちょっと依頼行ってくる」
「今から依頼に行ったら、遅くなるのでは?」
ツキが言った。
「心配ない。すぐ帰ってくる。終わったらこの布で体を拭いて、下着、服を着ろ。部屋は腐るほどあるから適当に選んでくれ。飯は俺が帰ったらしよう」
言うだけいって、ギルド前へ転移した。