獣から里へ
「おお、エクリ! 待ってたぞ!」
顔をエクリから王に向けると、王妃と二人で拍手喝采していた。リルはなんだか、「またか」と言いたげだ。
「リルちゃんを助けてくれたんですもの。私も部屋に居れませんわ」
淑やかに笑うエクリは、この世のものとは思えないほど美しい。
巡は、見惚れていた。行動の節々が計算でもされているかのように、洗練され、この上ない品格を出しているエクリに。
「巡様?」
我にかえる。ツキではなく、エクリが呼んでいた。三人は、さながら魂を抜かれたみたいだ。
「すまんな。見惚れていた」
「ま、お世辞がお上手で」
王は、豪快に笑って「エクリに会うと、皆こうなるんだ」と未だに放心する三人を指差した。ニーチェは頬に手を当てながら、困ったように笑う。
「そのせいで、エクリちゃんは部屋から滅多に出れないのよ」
「メイドや執事達でも姉さんを見ると跪くもんね」
ほら、あんな風に。とリルが続け、視線を巡の横に向けた。視線を辿ると、レイスとヤミが手を床に着けていた。
ツキだけが、汗をかきつつも抗っていた。
「ツキ?」
「その子は凄いな。余程の忠誠心と見る」
ツキは、まだ抗っている。一瞬でも気を抜くと、椅子から降りてしまうのだろう。
「三人を他の部屋に居させてもいいか?」
「好きにしてくれ。君は私達の恩人だ」
体を固めたツキ、次にヤミ、最後にレイスを廊下に出した。すると、三人とも深呼吸して息をととのえる。
「なんだよあれ……」
「さぁな。生まれもっての魔力というか、魅了というか。ツキ、お前を家族にもてて、やっぱり幸せだよ」
「ありがとうございます」
はにかんだ。
ヤミが頬を膨らます。
「私は……?」
「勿論、ヤミもだ。リサ、クレア、ルマクル、サナフィア、皆大切な家族だ」
「えへ、なら良いです!」
レイスとは別の部屋に従者を連れていき、食堂に戻ると、待ちくたびれた様子はなく、談笑していた。
「待たせた」
「気にしないでよ」
「食べながら話そう」
テーブルに手を伸ばしていく。
「新しい国を作ったんだ」と切り出すと、四人とも似たような反応をした。「ここから百キロほど先だな。ちょうど、三国と合わせてクロスするようにな」
指を十字にすると、王が破顔した。
「じゃあ同盟を組もうじゃないか!」
「ありがたい。それを言いに来たんだ」
「今日は宴だ!」
「いや、そうもいかない」
一気に真剣な表情になった。全員から笑顔が消える。
「何故だ?」
「俺は恋人を殺されたんだ。恐らく、王国の王女が絡んでる。今、王国とは敵対関係にあるんだ。復讐するために、俺は王族と帝を潰したい」
「良いじゃない! そういうの大好き!」
身を乗り出すリルを、エクリが窘めた。
「その為に、同盟であるエルフ、ダークエルフ、ドワーフを我が国に住むように言ってみる」
「なに? 三族とも仲が悪いのにか?」
王の表情が怪訝に変わった。
「エルフとダークエルフは和解させた。問題はドワーフだが、ドワーフとは酒を酌み交わした仲だ。多分大丈夫だろう。エルフも同様だな」
水で喉を潤す。王からすれば、酒のつまみみたいになっているだろう。ワインを豪快に飲み、また豪快に大笑いした。
「面白い。ということは、私達も戦争に加わったらいいのか?」
「出来れば。ただ、一つ作戦がある」
全員、盗聴もされていないのに巡の近くで、耳を寄せた。
「俺達がなにかアクションをおこし、あいつらに危機感がでれば、帝国に助けを求めに行くだろう。勿論、獣国にもな」
気づけば夜も近い。獣国で一泊することになり、王と軽く酒を飲んだ。王に力を封印された事を言うと、大層驚き、憤怒した。全面的に支援する、との言葉ももらった。
「エルフの里に行くんだが、出来る限り人数は少ない方が良い。俺は確定として、誰行こうか」
「俺は……やめとこう。なんか嫌な予感がする」
レイスが獣国に残る事になった。
「エルフの里……行ってみたいです……」
ヤミが控えめに手を挙げる。
「わか――いや、ツキを連れていく」
「えー!? なんでですかー!?」
激しく抗議する。巡の手をぶんぶんと振りだした。
「ヤミ、お前はまだ魔法をそこまで覚えてないだろう? なら、レイスに魔法を教えてもらえ。レイス、ヤミに闇属性の魔法を教えてやれ」
「はいよ」
まだ渋るヤミに、ツキがフォローする。
「貴女、巡様の役に立ちたくないの? 強くなってからお供しなさい」
若干投げやりだった。
振り切るように門をツキとくぐり、国を迂回して森に向かう。
「ツキ、薄々気づいてるな?」
「ヤミのことでしょうか?」
「そうだ」
五十メートル以上前に、複数の魔物が居た。
「こう言って良いのかはわかりませんが、ヤミは、時々おかしくなります」
「どういう風に?」
「苛々した時でしょうか、体の所々が闇に包まれてしまうのです。それも、悪寒がするほどの漆黒……」
こちらに気づき、近づいてくる。巡は刀を出した。
「そうか。ヤミはな、人間と魔王のハーフかもしれない」
巡が先頭で、猪の魔物を斬り伏せる。
「まことでしょうか? 暗黒属性の特徴に似ていますが……魔王でございますよ?」
ツキが数メートル先のカンガルーに酷似した魔物をロングソードで一閃し、瞬きの間に戻ってきた。
「ありえない話ではない。魔王は人間好きだった、とも言われている」
「確かにそうでございますが……」と解せない顔で残った弱い魔物を、無詠唱魔法で一掃して静かになってから、続ける。「巡様が仰るのなら、間違いはないのでしょうね。ですが、ヤミはヤミでございます」
歩みを再開させる。
「わかってる。だから今回はお前を連れてきた」
「なるほど。エルフは魔力を視る事が出来るので、暗黒属性のヤミを連れてくる事は出来なかった、と」
「そうだ。あと、エルフは人間に良い思いを抱いてない。だから最小限の二人だ」
周囲に魔物がたくさん居る。王国や帝国とは違い、掃討していないのだろう。
「流石でございます。私達ならそこまで頭が回らないかと」
言いつつも、向かってきた魔物を切り払う。巡も魔法を使わず、躱して切り捨てる。
「余力は残しておけよ。森でなにがあるかわからない」
「承知しました」
里へはまだ、距離がある。
十数体倒すと、巡は息が切れた。
「巡様、お見事でした」
息を切らさず手を叩くツキに、「嫌味か?」と問う。
「そんな事はございません。私は身体強化をしていました。ですが、一切魔力を消費していない巡様は、素の動きだけでもSランクを越えるのではないでしょうか」
「弱い魔物を十何体か倒しただけだし、これじゃあ勇者すら倒せない」
首を左右に振り、平静を装いつつも、足取りは軽やかになっていた。
森に入ると、木々の間から射し込む太陽の光をあてに、大体の方向を歩き彷徨った。
途中、小さな湖を見つけた。そこには緑の馬の魔物が首を下げ、水を飲んでいた。光も相まり、幻想的に見えた。
休憩していると、ラフな格好をした男のエルフがやって来た。
「巡さんとお供かい? おいでよ。里に案内するよ」
肩に弓を掛けている。背中にはかごに入った矢数本。服は、以前エルフ達に渡した服だった。
「助かる」
立ち上がり、男のもとへ駆け寄る。
「僕はちょうど狩りの帰りでね」
「どうだった?」
「見ての通りさ」
肩をすくめ、両手を横に広げた。
「残念だな。そんなときもあるさ」
「そうだね」
他愛のない話をしながら、歩いていくと、結界の前に来た。男が結界を開いた。
「エルフ族の里へようこそ。歓迎するよ」
変わりない自然があった。自然と共存する、里。人間は目撃することすら出来ず、また、入る事の許されない秘境。
「巡さんならどこへ行っても怒られないと思うよ。長の場所は分かるね?」
「ああ。感謝する」
爽やかに笑い、冗談まじりに言う。
「少しの間に随分変わったじゃないか。垢抜けたみたいだよ。またね」
人懐こい笑顔で何処かへ去っていった。
巡とツキは、顔を少し上に向けると見える、エルミアの家へ足を進めた。
間にエルフ達が挨拶してくる。何度も声を出し、手を振るのは面倒だとツキに愚痴っていると、エルミアとグローリエルの家に着いた。
「ここがエルフとダークエルフの長二人の家……」
ツキが緊張している。
「多分思ってる程偉大な奴らじゃないぞ。ほら、入ろう」
扉の取手に手をかけると、焦ったようにツキが止める。
「いくらなんでも失礼でございます!」
軽い笑みを浮かべ、構わず入り、玄関を通り、居間に入った。ツキは、後ろで止めようとしている。
二人は、床でだらしなく寝転んでいた。
ツキが放心している。巡はたえきれず、噴き出してしまった。
「あら、巡。久しぶりね。その子は従者かしら?」
グローリエルの腹を枕にしているエルミアが手を挙げた。グローリエルも同様である。
「そうだ。久しぶりだな。エルミア、グローリエル」
「わざわざ挨拶しないで良いのよ?」
「まぁ、エルミア、俺を見てくれ」
怠そうに顔だけをこちらに向けると、次には信じられない、という風な顔つきになった。
「貴方、どうしたの? 魔力も少ないし、属性もなくなってるようじゃない」
「エミー、封印されてるみたいよ」
グローリエルがちょいちょい、とエルミアの腹をつついた。
「みたいね。どうやって封印を……私達じゃ解けないわ、役にたちそうにないから、里で適当に過ごしてて。私はロエルと離れたくないの」
適当だな、と巡は苦笑いした。なにもそんなに厄介払いしないでもいいだろうに。
「そんなことじゃないんだ。俺、国を作ったんだ。一緒に暮らさないか?」
「良いわよー。民も貴方が王なら不満は無いだろうし。でも、私達はあくまでエルフよ」
即答に驚いた。だが、聞き返して気分を損ねても困るので、二回目は聞かない事にした。
「あ、ドワーフももしかしたら来るかも」
「え、あいつらも? まぁいいわ。ロエルが一緒ならそれでいいし」
「エミー……」
「始まったよ。こうなったら長い。ツキ、適当に今日は泊まっていこう」
「は、はい」
終始ツキの『エルフがこれでいいのだろうか』というなんとも言えない顔が、笑いを誘った。




