同盟
気が付いた時には、自室で寝ていた。周りには、見知った皆が居る。異様な、確実になにかがあったのだとわかってしまう雰囲気に、巡はたじろいだ。
皆が騒ぎ出す。従者も例外ではない。
「なにがあった?」
寝起きからか、声が出しにくいのに気づく。皆は声をしずめて、レイスが神妙な表情で言う。
「巡、お前は一週間寝たきりだったんだぞ」
なにかの冗談だろ? と声を出そうとするが、出なかった。それがもし一週間本当に寝たきりで、喉の筋肉が落ちたのだとしたら、どこか信憑性が生まれた。
「巡様、お腹の具合はどうですか……?」
目の下に隈が出来たツキが、聞く。
「腹は大丈夫だ。世話を掛けたな」
声がかれていた。しかし、そんな事どうでもいい。
なんだ、この違和感。
なぜ――弱体化している?
「皆には説明した。皆、二人にしてくれないか?」
「私は、巡様の従者です。お側に……」
「……そうだな。頼む」
ダイゴンとツキ以外が、部屋から出ていく。
巡は寝たままは失礼だと思い、上半身を起き上がらせるも、まるで鉛でもあるかのような体の重さ、怠さに、思わず再び横になった。ツキが体を支え、ゆっくりと寝かせてくれた。
「巡、横になりながら聞いてくれ。どう言ったら良いか……お前は、弱くなった」
ダイゴンの一言に、酷い目眩がした。
「……あの魔方陣はお前の力を封じるものだった。勇者……と帝が作り上げたらしい」
自然と溜め息が出る。
何故かダイゴンの言葉は、頭でしっかり理解出来た。
「つまり、騙されたんだな?」
「そうだ。巡が魔方陣の光に包まれて気絶したあと、俺と巡は逃がされた。精々楽しませろ、だと」
悪態をつくダイゴン。巡の心は、安堵が大半をしめていた。
「なら精々楽しませてやろう」
「巡……お前も戦う気か?」
「当たり前だ。長が動かないでどうする。元最強は、力だけじゃないって事を教えてやるよ。あの屑にな」
二人は、片膝をついた。
「ツキは、巡様に名前を頂いたその瞬間から、巡様と死ぬことを決めました。なんなりと、申し付けください」
「新たな王よ、我らを導いてくれ」
二人の忠誠に、巡はにやりとした。
此方は質に自信がある。確かに王国は厄介だ。加え、帝国も王国の味方をする筈なのだ。帝国は計り知れないが。王国には炎帝以外は大した者は居ない。
「ダイゴン、皆を庭に集めてくれ。ツキ、庭まで連れていってくれ」
「良いが、大丈夫なのか?」
「問題はない。これからの方針を伝える」
これからは『星月 巡』という一人の人間ではなく、『王』という幾多の中の一人になるのだ。勝手は許されない。
ツキに支えられ、庭に着くと、既に皆が居た。心配気な視線が飛び交う中、底はサリーに黙祷した後、振り返り、各々の顔を熟視した。
皆、真剣な顔をしている。なにかを期待したような、しかしどこか不安を抱えたような。
ヤミに、声が皆に聞こえるように風魔法をするように命令する。
「皆には世話を掛けた。これから、俺は体力が回復したら、獣国と同盟を組みに行く。その後、同盟であるエルフとダークエルフ、ドワーフとも交渉して、この国に入れる」
レイスが代表して手を挙げる。
「獣国が簡単に同盟を組んでくれるか? エルフがどこにいるか、それに、ドワーフとエルフは仲が悪い事を知ってるよな?」
「獣国の事は心配ない。前に、王女を返した。恐らく、すぐに同盟を組む。エルフ達はまだわからない。場所はわかるが、こっちに来てくれるか……まぁ、なんとかしてみる」
次に、ダイゴンが質問する。
「編成はどうする? 残った者は?」
「俺、ツキ、レイス、ヤミだ。俺以外は強いし、なにがあってもすぐ対応出来る。他の皆はもし王国の攻撃があれば、防衛と――」
一旦口を閉め、思案する。
「作物なんかを考えてほしい。王国での買い物なら、あまり顔ばれしてないアムやクレア、ルマクル、サナフィアなら出来るだろう。しかし数回だけだ。作物の種や、必要なものを聞いて買いに行ってくれ。俺が居ない間はダイゴンに任せよう」
「ええ!? 俺が王国で買い物するのか!?」
「なにか不都合か?」
「もしあいつらにばれたらどうするんだよ!?」
アムの信じられない、という声に、刃が説得にかかる。
「顔を出してたら大丈夫じゃないのか? 俺だって最近お前の顔を見たんだから、あいつらにはばれないだろ。それに、お前はもうラインじゃない。アムだ」
「そうだけどさ……」
「なるべくあいつらがいそうな所は避けるんだ」
巡は、もう一度考え直そうか考え始めていた。しかし、そんな心配はいらないようだ。
「じゃあ、俺行く! 俺は新しくなったんだ!」
「その意気だ。アム。出来れば、門番には旅の者だと答えろ。クレア達は、実家に帰ってきた、と。あと、何日間かは滞在するんだ。買うものを買ったら宿にひきこもれば良い。そしたら会わない。クレア、ルマクル、サナフィアもいいな?」
「承知いたしました」
「ルマクル、わっかりました!」
「なん。出来るかぎり怪しまれないようにするん」
「へーい」
「出来るだけ、四人は外を出ないようにしてくれ。いつここを使い魔が見張ってるかわからない。俺は鈍った体を治す事に集中する。なにかあれば呼んでくれ」
巡は地下訓練所にこもる。
この訓練所、実は食料庫と同じく、時間の流れが遅くなっている。外での一時間が、こちらでは三十分になっているのだ。食料庫はもっと遅いのだが、不幸中の幸いと言えようか、力は制限されたが、結界や創造しておいたものは消滅していない。
わかった事は、創造及び、つくった――探知、熱や冷を感じさせない等――能力が消えている事、魔力量は最上級を三回程度で空になり、体力はおよそ五十メートルを全力疾走すれば息が切れ、属性は基本属性だけになっていた。光も、闇も、空間も使えない。
この力で炎帝を倒す事は出来ない。恐らく、神谷にすら圧倒的敗北を受ける。勝てるとすれば、帝で例えれば、風帝くらいだろう。だが、巡には頭がある。
満足に刀を振るい、魔法と併用して動く事が出来るまで、およそ一週間かかった。正確には、もう少しかかっている。
「巡様、そろそろ行かれますか?」
汗を拭いていると、ツキが扉の前で立っていた。
「そうだな。明日出発する。伝えておいて」
「はい」
ツキが訓練所を出た。巡も後を続くように魔武器を消し、階段をのぼった。
外の空気が久し振りに思える。今までの空気を一新させ、肺を新鮮な空気で満たす。
思いとは裏腹に、足取りは重い。
そもそも、炎帝についていかなければ、すぐに王を倒せたはず。準備がある、等と余裕を持っていたのが駄目だった。
一度考えると、終わりがなくどんどんと後悔が押し寄せてきた。
解せない事は勿論あった。王が事前に知っていて、対策をとっていた事だ。仲間以外には表明していないし、王国ではそもそも話をしていないのだ。細心の注意を払っては居た。
となると、誰かが口外したことになる。もしかしたらスパイ――考えを振り払う。いくらなんでも、着いてきてくれた仲間を疑うのは酷い。きっと、どこかで失敗したのだろう。
気が付くと、サリーの元へやって来ていた。小さな芽は絶えず成長している。
「サリー、俺は、王国を変えてみせる。ここを差別の無い、お前が嬉しがるような国にしてみせる。どうか、見守っていてくれ」
――見守ってるから頑張ってね!
勢いよく立ち上がり、見回す。
間違いない、サリーの声だ。巡の頭は、サリーで埋め尽くされる。
気のせいではない。はっきりと、声がした。
サリーは居る。この国を、自分を、皆をまもってくれてる。確固たる確信である。
「出るぞ」
三人の頷き。皆の声援を背に、国の門を潜る。外にはなにもない。あるのは点在する細身の木と、足首までの草。
全員、手にはなにもない。巡のボックスは健在だったので、食料も夜営セットも一通りはあるのだ。レイスとツキ、ヤミのボックスにも粗方入っているだろう。
「ドワーフの街は西北西にある。けど先に獣国に行こう。エルフは……ここから獣国を過ぎた森にある」
「どうする? このまま真っ直ぐ突っ切るか、大回りするか」
突っ切ればその分日数は早まる。南は王国、北は帝国、東は獣国、西は新たな国。必然的に、敵になるであろう帝国と、王国の間になり、極めて危険である。
逆に大回りするとなれば、時間がかかるだろう。食料の心配は今のところいらないが、日数がかかればかかるほど他国に狙われる可能性が高まる。
「楽しませろとの事だ。あっちから暫くは仕掛けてこないと思う」
「じゃあ――」
ヤミを遮り、帝国の裏の森に、うっすら見える湖を指差す。
「それでも万が一がある。王国の近くには行きたくない。だから帝国の裏で警戒しながら行く。ちょうど湖あるし、夜営しよう」
「こちらから獣国まで、およそ百キロ程度でございます。巡様を除いた私達の身体強化で走れば、二、三日。歩みならば五、六日近くでしょうか?」
「その上で遠回りするんですよね? なら……えと、ざっと一週間ちょっとくらい歩きっぱなし?」
「依頼を思い出すな」
各々は嫌な顔一つしていない。だが、行っておかねばならないだろう。
「歩きは辛い。でも、平和な国を築く為に、どうか協力してくれ」
「私から今更言うことはございません」
「私もです! 私達がどんなに星月くんを大好きなのかわかってませんね?」
「それは俺もだよ、相棒だろ?」
本当に、いい人間と知り合えた者だ。元の世界では絶対巡り会えないだろう。
「ありがとう、皆。よし、行こうか」




