レッドドラゴンとの戦い
どうやら寝てしまっていたようだ。起きると外は暗くなっていた。トイレに行き、用を足したあと、洗面器に蛇口があったので、そこで軽く顔を洗って、タオルつくり、拭く。消滅させ、部屋を出た。
午後五時半。鍵をしめて、階段をおりる。
「あ、星月様。おはようございます」
少女が巡に気づき、腰を曲げた。
「おはよう。夕食は八時だったよな?」
「はい、八時ではありますが、七時からでも大丈夫ですよ。ただ、追加の買い出しが六時からなので、七時から九時までなら夕食の注文は受けれます」
「そうか。じゃあ、七時に来るよ」
空腹を感じたので、七時にした。深夜でもどこか、居酒屋でも開いているだろうと思ってのことだ。開いていなかったら食べ物を創造するのみ。
そのまま宿屋を後にして、ギルドに向かう。行き道も装備した人が行き交っていた。
相変わらずの喧騒を無視して、リエラに話しかける。
「今日はゆっくり休むけど、なんか依頼あったら見せて。明日行くから」
「はい。少々お待ちを」
依頼坂にある依頼にすると、注目を浴びる。その為、高額や、高難易度はリエラか他の受付嬢に聞くと良いらしい。例を挙げるなら、ドラゴンの件がそうだった。
「お待たせしました。こちらになりますね」
ならべられた依頼状を一瞥する。そのなかで、気になった物を選んでいく。
『レッドドラゴンの牙求む』
『続 ドラゴン倒して!』
この二つ。リエラ曰く、レッドドラゴンは、ドラゴンの数多い中の上位種だと。火山の奥に生息しているらしい。ドラゴンは倒した五体のこどもで、十体になっているらしく、それの討伐だ。牙の報酬は金板一枚。こどもドラゴンは金貨七枚。行き先はどちらも火山で、ついでに出来る。
この依頼を受けて、宿屋に帰った。
「よ! お帰り! 早かったな」
店主が出迎えてくれた。
「依頼を受けにね。明日行ってくるから」
「へぇー。どんな依頼なんだい? なんなら妻が弁当作るけど」
「レッドドラゴンの牙と――」
店主が噴き出した。そのまま二、三度咳をして、小さく驚いた声を挙げた。
「あんた見かけによらず強いんだな。レッドドラゴンなんてSSSのランク辺りじゃないと倒せないだろう」
今度はこちらが驚いた。場所と名前、報酬以外は見ていなかったため、SSSだなんて知らなかったのだ。だが、依頼を受けれたってことは大丈夫なのだろう、と巡は考えた。
「いや、弁当はいいよ。すぐ終わるし」
「ほう。すぐだと? 相当腕に自信があるんだな。よし、賭けをしよう。あんたが生きてここに来てくれたら、次回の宿代は無料にする」
「負けたら?」
「特になし」
「……そっちにメリットはないよな?」
「あるさ。あんたが生きていることだよ。あんたが生きてると、またうちに来てくれるかもしれないだろ?」
「まだ賭けは始まってないけど、負けた気分だよ」
店主は豪快に笑い、カウンター越しに巡の肩を数回力強く叩いた。身体の強化で痛みはないため、特に表情は変わっていないだろう。
「お父さん! お客様を叩いちゃ駄目にゃよ! すみません、星月様」
「いや、別にいいよ。これくらいフレンドリーのほうが楽しい」
「本当にすみません!」
もう一度深く頭を下げた。一言店主を叱り、他の用事を仕出した。
「いや、すまないね。みっともないところを見せたよ」
「いい娘さんじゃないか。俺と同じ歳に見えるが、常識的でなかなかに賢そうだ」
「なんなら貰ってくれるか? なんてな!」
豪快に笑った。
「俺には勿体無いよ」
横目で少女を見ながら一応社交辞令というものを言っておく。
「あんた、将来有望そうだからそんなことないだろ。少なくともSSランクはあるんだよな? なら引く手あまただろうに」
「そんなことない。あ、そろそろ料理貰えるか? おすすめで」
「あいよ!」
にかっと返事して、厨房に行き、「おすすめ一丁!」と言った。それを聞き届け、巡はカウンターのすぐ横、食堂の一席に腰かけた。他の人の雑談などを耳にいれながら待つ。
暫くすると、湯気の立ったオムライスと、ケチャップ、水がテーブルに置かれた。
「星月様、お待たせしました。今日のおすすめの、オムライスになります」
巡はお礼を言った。粛々と食べる。
味は、暖かかった。正に母親の味を思い浮かばせる。特別美味しいってわけではないのだが、落ち着く味。
「お下げますね」
「うん。美味しかったよ。ご馳走さま」
「……えへへ、ありがとうございます。でも、ご馳走さまってなんですか?」
はにかんでから、首を傾げた。やはり、ここでは広まっていないようだ。巡は簡単に説明した。
「そうなんですか。では、私達もこれからはいただきますしてから食べますね」
「そうだね。それがいいよ」
巡は、いつもするわけではない。寧ろ、感謝なんか特にしていないし、気にせず食べている。だが、知り合いや、友達が作ってくれたならば、話は別だ。それでもあまり言うことはないが……。
お盆に皿を乗せて、歩く少女の尻尾を眺める。耳と尻尾以外は普通の可愛い女の子。店主は猫の割合が高いのだろう。なんせ、猫のように毛深く、耳と尻尾、鼻も猫のそれで、肉きゅうまであるのだから。店主の妻は知らないが、どうなっているのだろう。気になった巡だが、別段見たいということもないので、部屋に戻った。
そのあとは、適当に過ごす。寝ていた夜に、窓の外から悲鳴がしたような気がしたが、見に行くと、とくになにもなかった。その時は首を傾げていたが、意識が覚醒した今では、あれは夢なのではないかとすら思えた。
前回の依頼は、火山の麓――つまり、今巡がいる場所――にたまたまいたドラゴンを倒した。よって、ここら辺にもしかしたらいるかもしれない、とこちらにやってきた。巡は帯刀した刀を携えている。刀は創造したものだ。
歩き回ってこどもドラゴンを探す。ごどもドラゴンとはいうが、体長はゆうに四メートルをこえているらしい。受付嬢から聞いた話だ。
歩いて五分、面倒に思えてきて、山の中に入ると、そこは熱気に包まれていた。それも軽く目眩がするほどの。一度出て、体制をたてなおそうとしたが、一つ思い出したことがあった。
――能力も創造が可能ということだ。確かに神は言っていた。
落ち着いて創造する。
『対象を探知する能力』
『一定の熱と寒を感じさせない能力』
今のところ必要なのはこの二つだろう。前者はこどもドラゴンとレッドドラゴンを手っ取り早く倒すため。後者は山なかにいても大丈夫なように。
再び気を取り直して、山の中へ、悠々と入った。
熱さはない。肌の焼けることもない。息をしても喉が焼けない。それらを確認して、辺りを一瞥した。
地面の所々にマグマ溜まりがあり、中は広い。ボコボコと煮えるような音。風は一切吹いていない。
慣れていないので目を閉じて探知する。
瞑すると、レーダーらしきものが出てきた。青い、丸の標から左右上下の四方に白い波が動く。波が少し進むと、赤い、小さな丸が十、密集して現れた。
「お、いたっぽいな」
無意識に呟いた巡。
青い丸は自分で、白い波が探知、赤い丸が対象だろう、という考えに至った。ゆっくりと対象に向かう。マグマの上を浮いて近道。更に坂道を進むと、薄く赤い色をして、胴体は長く、脚は短く、翼は大きい。
ドラゴンにしては、どちらかというと小さい。森で立つと、頭が見える程度だろう。巡が殺した成体のドラゴンは、全長十メートルは超えていた。これでもまだ半分なのだ。しかし、こどもドラゴンを侮ってはいけないらしい。
鋭い爪と牙、未熟とはいえ、人間がくらうと確実に熱で死ぬであろうブレス。どれもが人間に対すると、成体に負けず劣らず、だろう。ただ、成体ドラゴン五体が金貨八につき、こちらの報酬の低さは、まだ戦闘能力は高くないからなのだと、リエラから聞いた。それでも油断はするな、と言われていたが。
岩の陰で観察していた巡は、刀を消滅させ、二メートルある刀を想像。魔法の詠唱やどんな魔法があるかは知らないので、肉弾戦か武器を使うしかない。
猫のように俯せで寝ているこどもドラゴンに、一瞬で近付き、回転して首を一刀両断。刹那のことで、周りのドラゴンは気づいていない。
重畳だと、巡は追加で二体の首を落とした。残りは七体。
――ドラゴンの咆哮。それは一斉に。鼓膜が震う。心臓が奮う。その姿は圧巻にして壮観。目の前で、知らぬ間に仲間が殺され、気づいたら三体も殺されていたのだ。怒りもする。だが、巡には通用しない。常人ならば咆哮で鼓膜が破けているだろう。しかし巡には――。
「声がでかい。静かにしろ」
一体の持ち上げた長い首を、飛んで斬る。血飛沫。少量被ってしまったが、概ね問題はない。
六体の内一体が、刀を振り抜いた巡を飲み込まんと、大きい口を開いた。だが、巡は空を飛べるため、方向転換はお手のもの。
飛行は魔力を多量に消費するようだ。一分、三メートルを浮遊しているだけで、消費魔力はギルドメンバーのランクB辺りに匹敵する。つまり、魔力無限だからこそできる芸当。
急降下して、勢いをつけて前進の後、口を開けたドラゴンの首を落とす。
武器の扱いに慣れていないせいか、薄皮一枚残ってしまった。だがまぁ、殺せたので良しとする。
首を落とすのに飽きてしまったので、巡はやり方を変える。
残り五体が巡を囲んで、各々攻撃を繰り出す中、イメージする。巡を中心とした爆発を、魔力を多分に含んで放出した。
――爆発した。視界が赤に染まる。それは肉片か、血か、はたまた炎か。巡にはわからなかった。いや、その三つともかもしれない。
爆発音はなかった。恐らく、音を想像していなかったからだろう、と巡は考えた。
爆発はなくなったが、砂埃でなにも見えなかった。魔力で適当に払うと、視界が晴れた。
地獄絵図。ただそれだけが頭に浮かんだ。そこかしこに牙や肉塊、肉片。地面は赤黒く染まっていて、マグマ溜まりが肉をのみ込み、音が鳴っている。
巡は吐き気を催した。それらを飲み込んで、牙をボックスにいれた。そして、無事な肉もボックスに入れる。ドラゴンの肉は高級品らしい。
一分もあの光景を見ていたくなかったので、巡は火山地下へと移動した。
レーダーを頼りに、一際広い場所にやってきた。そこは地面からなにかが噴出して、壁際にはマグマが垂れ流し、奥の、地面が盛り上がっている場所に、そいつは安眠していた。まるでここの王かのような風貌と寝姿に、巡は思う。ここは人が滅多に来れないであろう場所。だからここでは安眠と惰眠を貪れるのだろう。しかし、そんな中でここにいるということは、それなりに場数を踏んでいるのだろう、と。
レッドドラゴンに気づかれた。入り口で立っていただけなのにだ。多分気配かなにかだろう。
咆哮。こどもとは比べ物にならないほど、威圧的で、殺意がこめられており、腹の底から出されたであろう声で地響きがなり、天井から大きい岩が降ってきた。
これなら金板も頷ける。並大抵の人間では足下にも及ばない。
だが――巡がドラゴンを睨む。
「俺はここで最強だから、一分で終わらしてやるよ」
レッドドラゴンに向けて言い放つ。呼応するように吼えた。二足で立ち上がったその体は、こどもドラゴンやドラゴンとはかけ離れていた。
耳はピコんと立ち、目はギロリと刃めいて、口の端から炎が漏れ、マグマのように真っ赤な体。腹辺りは白く、爪は岩をもバターのように切り裂きそうな鋭さと太さ。翼はその巨体を浮かせるには十分な大きさだ。尻尾は太く、先端はオレンジの毛が生えて、振られた尻尾に当たればどうなるかは一目瞭然。
巡がいま立つ、入り口からは目測十メートルは離れている。そこからドラゴンを窺うに、全長二十メートルは超えてそうだ。
離れていても、仰がないと頭は見えない。
ドラゴンが大きく口を開け、炎のブレスが吐かれた。巡は瞬時に地面を蹴り、コンマ五秒でドラゴンの懐に入った。そのままわき腹で刀を振る。
――刀が耐えきれず、折れた。想定外で、硬直してしまった。視界の端がちらつき、気づけば視界が回っていた。なにかに激突して、勢いのままに回転。二回転三回転。五回転して漸く勢いが止まった。
痛みは感じない。傷もない。ドラゴンを見ると、嘲笑うかのように体を震わせていた。
「蜥蜴が、なめやがって……」
どんな顔になってるかは知らないが、相当腹がたっている。右拳を引いて、また地面を蹴った。狙うは柔らかそうな白い腹。
拳をつき出す。型やら、正しい殴りかたなんて知らない。お世辞にも綺麗とは言えないだろう、その拳は、腹の肉に埋った。頭上でドラゴンが痛みに喘ぐ。
流石に手が埋まるとは思わなかったが、巡は放心せず、すぐに抜いて、人間で言う、心臓付近目掛けて腕を入れる。手首、肘、二の腕、付け根まで無理矢理捩じ込む。
ドラゴンが鳴く。巡は心臓を指で刺そうと思ったが、腕の長さでは無理だとわかると、素早く抜いて、暴れるドラゴンを無視して、刀を創造し、穴が開いた場所をもう一度突いた。めいいっぱい腕を体内に入れて、刀を回し、抉った。
二度、三度と体を大きく痙攣させ、前に倒れ始めた。巡は一驚の後、刀を消滅させて避難した。
震動。
レッドドラゴンを見ながら一考する。内容は、どうやって牙、肉などを剥ぎ取るかだ。
「能力をつくろう」
結局、創造の力に頼る事にした。
「リエラさん、ギルドマスターの部屋に行きたいんだけど」
「はいはい、依頼達成ですね。貴方がこんな早くに二つも依頼を終わらしたことに私は驚きませんよ。私だってまだ成長するんですから」
慎ましい胸を張って、着いてきてください、と言われたので、巡はなにも言わずに着いていった。
火山を出てからは、既に体を洗っている。なかなか血の臭いと汚れは取れなく、手こずった。服も新しいものにしている。
「やぁ、もう終わらせたのだな。牙を見せてもらおうか」
煙草の匂い。間口一番はやはり依頼だ。
「これだな」
腕の長さ、日本の成人男性のウエストくらいある、鋭い牙を渡した。ギルド長はそれをくまなく眺めて、頷いた。
「凄く綺麗な牙だ。これなら追加報酬を貰えるだろう。金板一枚と金貨一枚くらいか?」
「追加報酬とか貰えるのか。知らなかった」
巡は牙を見つつ、驚嘆した。
「まあ、ギルドカードを見せてみなさい」
ギルド長に渡し、ギルド長が視ると、もう一度大きく頷いた。
返され、自分で見てみる。
『レッドドラゴンの牙 クリア 報酬増』
『続 ドラゴン倒して! クリア』
と書かれていた。
「これが報酬になる」
そう言って、袋を取り出した。二回目の金数え。能力を作ってあるので、素早く正確に数えることが出来た。
「ぴったりだ」
「あと、君は今日からランクSSSに昇格だ。私からしたらランクXでもいいんだが、規則でな」
「それでも異例なんですよ。私は何年掛かったか……」
染々したようにリエラは呟くが、どこか悔しそうだ。
「まあ、君ならばすぐにランク昇格出来るよ。その時は帝として頑張ってくれ」
「帝はしたくないんだけど」
隣のリエラと椅子に腰かけたギルド長が愕然とした。
「え、帝って皆の憧れですよ!?」
「別にランクXになったら帝にならないといけないってわけじゃないだろ?」
「そ、そうだが……報酬だって破格だぞ? この国を守りたくはないのか? それに、王の次に高い権力を持てるんだぞ?」
矢次早に捲し立てる。その顔には明らかな驚愕が浮かんでいる。
「報酬なんて今のペースでも遊んで暮らせるし、この国が母国ではないんだから、別に稼げたらそれでいい。大した思い入れもないし。権力も欲しくないかな」
「……そうか。気が変わったら言ってくれ。いつでも席は空けておく」
もう話す気はないようで、書類仕事に専念し出した。巡も特に話したい事などはなかったので、ギルド長の部屋をリエラと共に退室した。
「本当によかったんですか? まだランクSSSとはいえ、この頃から帝勧誘の話は異例中の異例ですよ?」
「いいよ。好きに暮らしたい」
「はぁ、えっと、なにか依頼を受けていきますか?」
「いや、明日にするよ。今日はしたいことがある」
「そうですか。ではまた」
ギルドを出た。