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意味なし拷問

「私の娘に『黙れ』と怒鳴った挙げ句、スリープの魔法を掛けたらしいな?」

「申し訳ありません。が、一つ言わせて貰えるなら、王女様が説明をあまりにも遮るからでございます」

「だからリリーに魔法を使用した、と?」

「その通りでございます。因みに、雷の貴族も、話を遮ったので寝かせました。決して王女様だけに……というわけではありません」

「なるほどなるほど」

 王はにこやかに頷いた後、巡の左右に立つ兵士に向け、「やれ」と顎で指示した。

 椅子に縛り付けられる巡。ここは地下深くの拷問部屋。壁や地面には生々しい血の痕。

 だがこの血、巡のものではない。かれこれ一時間は同じ事を聞かれ、多岐にわたる拷問を経験したが、一切体に傷がつかないようにしているので、痛くも痒くもない。

「お前は頑丈だな。知ってるか? 帝国には拷問のエキスパートが居る。今日は特別ゲストとして呼んでいる。そいつも、かの武神を拷問出来るなんて……と恍惚な笑みを浮かべていた。帝国も獣国も死に損ないの屑ばかりだな。早く滅びれば良いのに」

 お前よりはよっぽどましだ。声を大にして言いたかった。一人なら出来るものの、巡は一人ではない。真っ先にサリーやレイスに矛先が向かうことだろう。大人しく拷問されるほかなかった。

「来い。後悔させて、二度とリリーに逆らえないようにしておけ」

 通路から一人の仮面を着用した男が来た。

「王様、殺しは無しでしょうか?」

「最悪構わん。二度と歯向かわないというのなら生かせ。『あれ』を使えよ」

「かしこまりました」

 王が出ていく。最後にこちらを一瞥した。その顔は、楽しみだと表していた。

「小手調べだ」

 鉄の針をボックスから取り出した。針を巡の手に近づけていき、爪と肉の間を突く。しかし、針が折れた。

「な……!? クソ。爪を剥ぐ。押さえとけ」

 兵士が巡の腕に体重を掛けた。ロープで縛ってあるのに意味があるのだろうか。

 ペンチを出した拷問師は、人差し指の爪をはさんだ。少しずつ力を入れていき、やがて額に筋を浮かばせながら、歯をくいしばり引っ張るも、全く剥がれる気配の無い爪に苛立ち、巡の顔面をペンチで撲った。

「なんだよお前は……! 化け物かよ! 吊るせ!」

 魔法で金縛りをされるが、巡にとって赤子に抱き付かれたに等しい。振り払えばすぐ解けてしまうほどの脆い拘束。だが、解いてしまえば反逆などと言われ、何があるか想像もつかない。

 両手を後ろに縛られ、そのまま兵士がロープを引っ張り、巡の足が地を離れた。

「おい! 木馬持ってこい」

 即座に、真下に置かれた三角形の木材。

 巡は欠伸を噛み殺した。

「はっはっは! 急所は鍛える事の出来ない場所。如何に鍛えたからといって、これは我慢出来まい」

 兵士がロープを離した。視界が目まぐるしくなり、次の瞬間には木馬に股がっていた。当然痛みはない。

「流石に辛いだろう! お? 涙が出てやがる!」

 欠伸で出た涙を痛みの涙かなにかと勘違いしているらしい。好都合だ。

「もう逆らわないので許してください」

 拷問師が眼鏡を掛けると、首を左右に振った。

「嘘だな。そんなこと思ってない。神経伸ばすか。もう一度上げろ」

 眼鏡は嘘発見機のような役割だと推測した。

 高度が上がり、三角木馬は仕舞われる。そして、落ちる。地面に着地する瞬間ロープを引っ張られ、全ての負担が腕に掛かった。

 普通ならこの拷問で気を失うのが殆どだろう。能力がなければ、今ごろ体はズタズタだ。腕の骨が外れるか、神経が千切れるか。

「もういい。鉄の処女持ってこい」

 暫くすると、二メートルはある鉄の塊を兵士が押してきた。前面の扉を開くと、無数の太い針が窺えた。

「鉄の処女。実際あまり使わないが、お前なら耐えてくれるだろうよ」

 仮面からでもわかる嫌らしい笑み。兵士も同様だった。恐らく、この兵士も拷問が好きなのだろう。

 中に押し込まれる。針に体が刺さらないので、どうしても閉まらない。

「駄目です。閉まりません」

 兵士二人と拷問師が力を合わせ、扉を閉めようとするも、針が巡に当たったところで一切動かない。

「もういい! 皮を剥ぐぞ」

 椅子に座らされ、拷問師の手にはナイフがあり、地面には刀、剣が落ちていた。腕に刃を立てる。

 ナイフが折れた。

 刀が折れた。

 剣も折れた。

 拷問師は頭を抱えた。

「もう我慢できねぇ! ファラリスだ!」

 そう叫び、取り出されるは雄牛の形をした青銅。背中に開けられる扉があり、そこから荒々しく入れられる。

「これでも生きてるなら王に言ってやるよ。もう大丈夫ですってなぁ」

 自棄なのだろう。負けを認めたくはないようだ。よく見ると涙が溜まっている。

 鍵が閉められた。少しすると背中に温かい程度の熱を感じた。気になっていた中の管で呼吸する。牛の鳴き声に似たなにかが聞こえた。巡は感心した。こんな体験、地球では絶対に出来なかった。

 光がさしこんだ。寝てしまっていたらしい。思いの外快適だったことと、暖かかったこともあるのだろう。

「生きてる……。もういいや。俺拷問師止めよ」

「終わったか? 暇で暇で仕方なかったよ」

「…………」

 沈黙が返ってきた。


「て事があってだな。俺はこうして無罪になった」

「…………」

 やはり沈黙が返ってきた。

 授業が終わり、いつもの日常が再開された。あれから頻繁にファラと刃がFクラスに来て、雑談や談笑するようになった。

 神谷組が来るのはいただけないが、決闘の事を持ち出すと幾分か素直に引き下がる。

 どうも狙いはサリーらしい。事あるごとにサリーへ話しかけようとする。リリーがサリーを見る目が強くなり、サリーも居心地が悪そうだ。

「おい人殺し! サリーちゃんに近づくな」

「勇様! あんな汚れた女に近づかないでくださいまし!」

 今日も来たようだ。魔界の事をすっかり忘れたらしい。友達と自分を好いている女が死んだと言うのに、気にも止めない。

「勇、もうここに来んなよ。というか決闘を忘れたのか?」

「二人とも、フレイとウインを忘れないであげてほしいの」

 刃とファラが静かにも、教室に響く声で制した。リリーは舌打ちをし、神谷も毎度同じように俯き帰っていく。困ったものだと笑い事に出来るから良いものの、なにか良からぬ事が起きそうにも感じた。

「あいつらには注意しよう。また嫌な事がおきそうだ」

「賛成だな。あいつは懲りない」

「俺も。勇はあんなことで諦めるような出来た人間じゃないし」

 皆賛成の一言だった。神谷達がしてきたことは、普段ならば、普通ならば許される事じゃない。だが、ここは普通ではない。王族に支配された国。職権乱用も甚だしい程の、殺意を催す程の腐った王の手中。

 学園で平穏に生きていくには、リリーと神谷に逆らわない事。ちやほやすること。そういう図式が成りたっていた。

「神谷は分からないが、リリーが願うことならなんでも叶えようとするだろうな」

「リリーちゃん、本当は優しいと思うんだけど……」

 サリーの言葉には、誰も頷かなかった。

「ところでさ、祭って結局どうなったんだ?」

 巡が手を挙げ、質問した。答えたのはファラだった。

「今年の魔闘技祭は中止になったの」

「あんなことがあったからな。嫌でもイベントは控えなきゃいけないだろう」

 ファラの次に、刃が付け加えた。

 なるほどな、と巡、サリー、ツヴァイは納得した。呆れるレイスとファラ、刃、ミツ。

「いや、バタバタしてたから聞いてなかったんだって。それにほら、俺記憶は凄くいいけどどうでもいいことは聞かないからさ」

 巡は弁解する。

「勉強が出来る馬鹿はいるわよ」

 ミツの何気ない一言に、巡は床に手をつける。皆が笑った。

「巡くんは馬鹿じゃないよ! 巡くんいじめたら許さないからね!」

 サリーが頬を膨らませたのが見ていなくてもわかる。

「怒らないでよ、皆冗談だから」

 それを見てミツも慌てた声色で否定するが、怒ったサリーには効かなかった。

 結局、巡が気を取り直すまでサリーはむくれていた。


「巡様、近々ヤミとリサにお休みを」

「ん、別にいいぞ。ツキも休め。掃除くらい一日置いても大丈夫だから」

 毎日欠かさずこの広い城のような家を、たった三人で掃除とは、よくやるものだと思う半面で、少しはサボるということを知ってほしいと思っていた。そろそろ増やさなければ、三人が過労で倒れてしまうかもしれない。

「私は問題ありません。そういう風に育てられたので」

「んー、そうだ。近いうち山へ行くんだ。その後なら、俺も付き合える。その時ヤミを休ませて、その次の日にリサ、次にツキだ。なんなら小遣いに金塊一個程なら出せるぞ」

「とんでもありません! 一週間で金貨も破格だというのに」

「そうか? 明日は大事な用があるから、一週間後? くらいだってリサ達に言っててくれ。買い物とかなら付き合うから言ってくれとも」

「とことん巡様には頭が上がりません。承知いたしました」

 ツキが一礼して部屋から出た。

 欠伸をしながら、奴隷を買うか悩み、並行して明日の事を考えた。あたたかい感情、楽しみを始めとして、断られたらどうしようという胸を引き裂く思いが巡を支配し、最終的に眠気が勝った。

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