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勇気ある決断

「なにか足らなくないか?」

 レイスが耳打ちしてくる。よく一人ひとり見ていくと、本当に居なかった。多分、いつかの優等生と、炎の貴族、女だ。

「おい神谷、あの顔を髪で隠した男と赤い女はどうしたんだ」

 代表して、聞いた。その言葉を聞くと神谷組と先生は一斉に俯いた。詰問する。

「死んだ……!」

 ざわり。そう表現するのが一番だった。

「し、死んだ? ペンダントはどうした!?」

「セラフィムにとってもらったんだ。人殺しの物はなにがあるかわからないから取れって皆が……」

 なにも考えられなかった。神谷組の事はどうでも良いことだ。それは間違いない。ただ、リーダーである以上、こちらにも非がある。王には弁解の余地は無いだろう。

「嘘つくなよ! 俺達は言ってない! 勇が言い出したんだろうが!」

「なっ……! 僕は皆の事を思って」

「そうですわ! 勇様は――」

「なにが皆の事をだよ! 確かにお前は俺達の友達だ。でも、お前は俺達の事を真剣に考えてくれたかよ!?」

「みんなやめてくださいです!」

「僕は勇を許さない! よくもフレイを見殺しにしたな! お前が人殺しだ!」

 仲間割れ。責任転換。根拠はないが、青の貴族が恐らく、本当の事を言っている、と感じた。青の貴族の男は優しく、なかなかに強い。神谷の女に暴行されても、笑って許す位のお人好しだ。そんな人間が、たった今、本気で怒っている。

「どうする? 面倒な事になったぞ」

「リーダーである俺の責任でもある。なんとかしないとな」

 流石の巡でも、蘇生させるほどの力は持っていない。持っていたとしても、それは禁忌に分類される。

「お前ら、落ち着け。今から死んだところまで案内しろ。リーダーである、俺からの命令だ」

「誰が人殺しなんかの……!」

「こっちだよ!」

 いち早く、緑髪の小さい男が走った。

「全員着いてこい! 着いてこない奴は帰れないぞ」

 時節振り向き、人数を確認しながら追った。現れる魔物は接触する前に巡が斬り刻む。

「ここ!」

 扉を蹴破ると、濃厚な焦げの臭いがした。鼻を押さえる者、目を逸らす者、吐き気を催す者。小学生の容姿をもつ先生は、涙ぐみながらしっかり見ていた。

 巡は歩み寄って、しっかりと焦げた人形のなにかを見た。

 酷い。率直な言葉が出ていた。

「なににやられたんだ?」

「ねぇ、フレイは生き返るよね? 大丈夫だよね? 僕、まだ気持ち伝えてないよ……」

 答えられない。もう手遅れだなんて、面と向かって言えるほど、巡は強くなかった。

「青いの、なんでこんなことになった?」

 真っ黒に焦げたものに緑髪はすがり付く。嗚咽を鳴らして。

 巡はもしサリーがこうなっていたらと思うと見ていられなくなり、青い髪の貴族に問い掛けた。

「星月とわかれた後、勇が人殺しにもらった物はなにがあるかわからないから、外そうって言ってきたんだ」

「そのゴキブリの言うことは嘘ですわ!」

「五分でも良いから黙れ。リーダーとして命令だ」

「うるさいですわよ! ただの愚民が私に向かってその口の聞き方……」

「《スリープ》」

 巡はリリーを寝かせた。神谷がまた声を荒げるが、無視する。続けるよう促した。青髪は神谷の方をチラチラと窺いながら、続けた。

「そのあと、セラフィムを呼んで、ペンダントを全員分外したんだ。俺達にはなにも聞かず」

「勇がアンタ達の身を案じたんでしょ!? そんなこともわからないの!?」

 今まで黙っていた雷の貴族が、喚き始めた。

「案じたんなら一言でも聞けよ! 俺達は魔王を倒せるほど強くない! 行く前に何度も言っただろうが!」

 雷の貴族を寝かせた。ベッドを一つ作り、背負っていたサリーを横たわらせた。

「続けろ」

「わ、わかった。外してから、すぐに一体の魔物? いや、あれは魔族だ。魔族が来て、ラインを食ったんだ……」

 自分の体を抱く。今でも壮絶な光景を、フラッシュバックさせているのだろう。震えが止まらないようだ。

「そいつはなんとか倒せた。全員で戦ったんだ。そこからは、魔物の死体が転がってる道を通った。そこには魔物が居なかったんだ」

 巡達が通った道。邪魔な魔物は片付けていた為、それが助けとなったのだろう。

 青髪は、神谷に介抱されるリリーをチラリと見る。

「リリー嬢が疲れたって言い出したんだ。駄々を捏ねて、休もうって言って聞かなかった」

「リリーは悪くない! 女の子なんだから疲れるのは当然だよ。僕達は男だから女の子を守らないといけないんだ」

「神谷、お前も黙れ」

 舌打ちを聞きながらも、巡は再度青髪に視線を合わせた。

「その時だよ。フレイが勇に良いところを見せたいからって、先生は止めたのに扉を開けたんだ。罠だった。扉を開けたフレイは火に包まれて、悲鳴を挙げて、勇に助けてって叫んだんだ。でも勇は爆発で放心してた。先生とウインが必死に布で消火をしようとした。俺達も手伝ったけど、リリーとイズナはなにもしなかった」

 緑髪に、心の中で褒めた。風を使わなかったのは評価できる。好きな女の危機に、狼狽しながらも、そこまで考えれたのならば上出来だろう。

「でも、遅かった……フレイは黒こげで……本当はいいやつなのに……」

 崩れ落ちる。青髪の真後ろに、土の貴族の男が立っていた。表情は窺えない。

 そういえば、この男はダイゴンの息子なのではなかろうか。そう思い、チラリとダイゴンに視線をやると、無表情で行方を見ていた。他の仲間も同様だった。

 先生も治癒に尽力したが、無駄だろう。なんせ、炎に包まれるなか、治癒しても意味がないのだから。

「そうか。お前らはよく頑張った。髪を隠した男は無理だが、赤い――いや、フレイは連れて帰り、葬式をあげよう」

「まだフレイは生きてる! 死んでるみたいに言わないでよ!」

「お前、名前はなんだ」

「知ってるでしょ。そんなこと今さら――」

「俺はお前の口から聞きたい。名前はなんだ」

「……ウイン。ウイン・ガスト」

 巡はウインと目線を合わせる。そして、諭すように出来るだけ優しく言う。

「フレイの事が好きだったんだな。でも、お前はフレイの代わりになれない。それは分かるな?」

 赤く、泣き腫らした目を閉じ、弱々しく頷いた。

「なら、フレイの分まで生きるか、フレイと共に死ぬか、お前が選べ」

 ナイフを創造して手に握らせた。神谷組が騒ぎ出すところを、レイスと地帝、ツヴァイが止める。

「どっちを選んでも、お前を責める奴はどこにもいない。お前の人生だ。好きにしろ」

 光の無い瞳で、ナイフをじっと凝視する。

「フレイと二人で考えろ。俺達は部屋の外で待ってるから」

 サリーを背負い、神谷組を無理矢理連れて、部屋を出た。

 廊下には、魔物の死体が数多くあり、赤く彩っていた。

「なんであんなことするんだ!」

 早々に、神谷が迫ってきた。

「お前にはわからんさ」

 ウインの名を心配そうにこぼす青髪。その後ろにいる土の貴族に、寝る雷の貴族とリリー、それらを背負い、項垂れる神谷。表情を感じさせないレイスと地帝、ツヴァイ。沈痛な面持ちで涙を流すミツ。ミツの背中をさする先生。背中で寝息を立てるサリー。

「ウイン君、答えは決まってるのでしょうね……」

 先生は悲しげに呟く。その目はなにを捉え、映っているというのか。

 レイスと地帝は、仲間の死というものが幾つもあっただろう。はっきりと目撃したこともあるはずだ。

 全員が何を考えてるか、巡にはわからなかった。せめて、無事に帰れたら、そう願うばかりだ。

 少し経ち、巡がサリーをツヴァイにあずけ、扉に手を掛ける。

「見てくる。ここに居てくれ」

「俺も行く!」

「……来い」

 神谷も行きたそうにしていたが、来るなと事前に釘をさしておく。

 扉を開き、青髪と共に足を踏み入れた。血の臭い。

「なんで――」

「なんで死んだんだ、なんてことは言うなよ。殴るぞ」

 胸にナイフを突き立てていた。だが、表情は幸せそうだった。フレイと手を繋げているからだろうか。

「ウインは心中という道を選んだ。これは逃げなんかじゃない。勇気ある決断だ。責めてやるな。責める権利は誰にもない」

 黙り込んで涙を流す青髪の肩を二度叩いた。

 美しい。残酷なまでに美しい。巡は、心の底からウインの生き様に感動した。


「ウイン・ガストは愛する者と逝きました。それはウイン自身が選んだ道です。どうか、責めてやらないで下さい」

 葬式。皆が黒い服に身を包み、木の箱にに入れられたフレイとウイン。今から、浄化の炎で火葬される。

 どうか、煙と共に天国へいけますように。皆が一つになり、そう考える。

 葬式が終わり、服を着替えて、魔界に乗り込んだ全員――神谷組は居ない――で王に報告するため、城の玉座の前に居た。

「魔王は私が討伐しました。証拠はありますが、ご覧になられますか?」

「見せろ」

 結局持ってきた魔王の頭をボックスから取りだし、掲げた。

「下げろ。よくやったな。これで我が王国も安泰だ。して、勇者はなにをしていた?」

 レイスが前に出て、事細かに説明する。

「なるほど。今回の勇者はでき損ないであるな。しかし、炎と風の貴族が死んだか。犠牲だとでも思っておこう」

 耳を疑った。すべてにおいて、腐っている。そう思わざるを得なかった。だがここで言葉を返すと、確実に機嫌を悪くする。

「サリーは救いましたが……」

「知らん。どうでもよい」

 歯を食いしばって我慢する。

「大体、拐われるとは何事か。そのまま死んでも良かったものを」

 我慢、我慢。何度も心をしずめる。

「まあよい。下がれ」

 一礼して、全員で出る。やり場のない怒りを、発散させることのできない殺意を、巡はもんもんと内に漂わせた。

「しかし星月巡、お前は残れ」

 全員が足を止めた。

「二度言わせるな。星月巡以外は去れ」

 ダイゴン、レイス、ツヴァイ、ミツ、フォラとフォラ、先生、最後にサリーが目を合わせて、王室から出ていった。その視線は『頑張って耐えろ』と言っていた。

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