サリー救出
巡一行は、三階辺りの窓に目星をつけ、割って侵入した。
「なんでここから入るんだろ?」
「そりゃあお前、あんなことが合ったのに早々合流なんかしたくないだろう。ペンダントを着けてるから向こうは安全な筈だ」
「あいつら、外さないか?」
すかさず、レイスが言ってきた。
「取れないように、俺が今使える中での最高魔法陣を組んでる。一応、高位の者にしか解けない」
「なら安心か。あいつらは痛い目を見ないと分からないからな」
疑問がとれ、スッキリした足取りのレイス。巡は、同意しかねた。
ああいう人種は、寧ろ痛い目をみたらもっと悪化するだろう。更生させる手段は存じ得ないことだが、いつかは大人になる。そう考えていた。
城の中の魔物は存外に強く、四階に到達する頃には、ミツに疲労がたまっていた。
「ミツは魔法を使うな」
「え、それはなにもするなってこと?」
「違う。周囲の警戒をしていてくれ。魔法と戦いは禁止だ」
「……わかった。頑張る」
「頼りにしてるぞ」
なにもするなというのは、あまりに可哀想だ。皆が必死に動くなか、自分は見物など、出来るはずがない。それを承知だからこそ、巡は警戒だけを頼んだ。
「探知した結果、魔王は三十階。サリーも同様だ。真上をぶち抜いて一気に行くか、慎重に行くか。俺はぶち抜き派」
巡が伝え、多数決を求めた。
「慎重に行こう。なにがあるか分からない」
「俺も全帝に同意見だ」
「ダイゴン爺ちゃんに同じだろ」
「私もなの」
「面倒だろうが。ぶち抜こうぜ?」
「だめよ。ここは慎重に」
「俺達ならなにがあっても大丈夫なんだけどな」
レイス、ダイゴン、ファラとフォラ、ミツは慎重に、ツヴァイと刃は賛成派だった。
魔王さえも巡一人で倒せるとは思うが、念には念をと積み重ねた結果、このメンバーになった。今更ながらに、後悔した。
「じゃあ階段を見つけたらすぐのぼっていくか」
階段の真横に階段があれば良いものを、どういうわけかダンジョンかのように探し回らなければ階段はない。
不便では無いのだろうか。いや、魔族ともなれば転移で移動するか、巡は魔族を調べながら一人納得した。
魔族は魔力が多大にあるが、どうやら使い方が下手らしい。身体強化も魔力を無駄に使って行使する。しかし、それが気にならないほどの有り余る魔力量が特徴的、と書いている。
城を着々と上がっていき、ついにファラとツヴァイが根をあげた。
そこらにある扉を開くと、部屋になっていた。そこで休憩をすることとなった。
一息吐くと、急にミツがクスクスと笑い始めた。
「どうしたんだ?」
レイスが訝しげに聞いた。
「サリーを助けに魔王の城まで来たのに、敵の部屋で休憩してるっていうのも可笑しいなって」
「確かにそうだな」
同意するレイスの横顔は優しげだ。
「サリーは必ず助ける。そして、魔王を殺す」
決意を改めて表明した。
「もちろんだ。俺も微力だが力になる。お前には一生ものの恩がある」
ダイゴンが微力とは、謙遜もいきすぎれば嫌みに聞こえる。
「私も巡に恩があるの。お兄ちゃんに会わせてくれたのは巡なの」
「親友に力を貸すのは当たり前だ。ピンチなのが友達なら尚更」
「サリーちゃんは絶対助けようね。私は役に立てないけど、行方だけでも見守りたい」
「俺は特にないだろ。ダイゴン爺ちゃんが行くから着いてきただけだろ」
「大将に着いてったらおもしれぇからな。強いやつと戦える」
「さよなら勇。こんにちは巡、だ」
皆の絆が見てとれた。体験したことのないもので、つい涙腺がゆるんでしまうが、これで最後ではない、そう思い、涙を引っ込めた。
疲労が完全に取れたとは言わないが、皆の顔は決意に溢れていた。巡としては、そこまで信頼されるような事はしていないと考えるも、折角の士気が下がらないよう努めた。
幾多の段をのぼり、漸く三十階に到達し、一つの扉まで来た。流石のレイスも、疲れを隠しきれていない。巡と刃、ダイゴン以外は皆辛そうに肩で息している。
「ここだ。ここに、サリーと魔王が居る」
左右に魔族の魔王らしき人物の像があり、鉄の重々しい扉。
「やっとか……」
息をととのえる五人。後ろの七人に目配せすると、同時に頷いた。最後に頷き返し、鉄の大きな扉を開く。
絢爛豪華。巨大なシャンデリアに円形の広間。魔界を一望出来る壁の役割を持つ窓。ダンスホールのような場所の真ん中に、倒れるサリーと、像にそっくりな魔族がいた。思い出すようにわき上がる殺意。
「サリー!」
叫ぶも、サリーはピクリともせず、魔王は嘲る。
「サリーに触れてみろ。拷問の限りを尽くしてやるからな」
扉から二人の位置までは、なかなか遠い。ここで一人先走ると、残りの七人が危険な目に合うかもしれない。そんな思いが、巡を扉付近から離さんとしていた。
「貴様が近頃召喚された勇者か。待ちわびていたぞ」
風魔法で声の幅等を増幅しているらしく、ダンスホール中に威厳溢れる声が響いた。
刹那、サリーが突然現れた檻に閉じ込められた。すぐにでも魔王らしきを八つ裂きにしたかったが、罠がある。魔王に近づくと発動する転移の罠。
「どうした? 姫を助けないのか?」
「巡、俺達は良いから行ってこい」
後ろを向くと、レイス達は覚悟していた。
走る。謝りつつも、無事であることを祈りつつも。
「まさか仲間を見捨てるとはな。貴様、なかなかに屑じゃないか」
「黙れ」
「姫を助け、名声を手に入れるためなら仲間すらも見捨てる勇者とは、初めてだ」
心底愉快そうに嗤う。
近づくにつれ、全貌が明らかとなった。黒い腰まで伸びた髪。黒いタキシード。その背中からは悪魔の翼に、額から生える一本角。容姿端麗なその顔は、愉悦に歪みきっていた。
歩みを止めた。
「今頃、仲間はディナーの下拵えでもされてるんじゃないか? ああ、考えただけで食欲がわく」
「死なない内に答えろ。なぜサリーを拐った」
「冥土の土産だ。そうだな。この娘は属性《神聖》を持っている。この神聖属性と我の属性で邪神を復活させるんだよ」
檻を撫でる。動作の一つ一つが癪にさわる。
「それだけか」
「あとは勇者を殺したかった。残虐を尽くしてな」
「それだけか」
「それだけだ」
目を閉じる。落ち着くように深呼吸するも、意味がなかった。
仕方なく目を開ける。
「じゃああの世での土産話も出来たな。死んでくれ」
身に余るほどの大剣を振り回し、巡に飛びかかった。流石は『魔王』という称号を持つ者。速い。たが、全てに置いて、巡は上回るので、視界には捉えられる。寧ろ物足りないくらいである。
刀を斜めにし、受け流す。衝撃、脳を攻撃するかのような甲高い音に、火花。絶大な力を流された事で、床にはクレーターが作られた。
普通なら床がなくなり、二十九階に落下するところだが、このダンスホールの床は厚めに設計されているらしい。
「我の一撃を受け流し、あまつさえ余所見をするほど余裕とはな……流石は勇者、と言ったところか」
前髪をかきあげた。その手に荒々しく魔力を溜め、どす黒い球体が形成される。
若干の寒気がする程度には密度があった。神級の魔法よりも魔力を使用している。
この城自体を軽々と消してしまう程の威力が予想された。
「勇者。貴様の強さを評して、我の必殺魔法を使ってやる。ありがたく思え」
確かに必殺だ。もしかしたら、巡でさえも命を落としかねない。
迅速に消滅属性の弾をつくる。相手の魔法を消すならば、それより上の魔力を溜めなければいけないのだが、しかし、巡の魔力は無限な為、デメリット無しに使用出来る。
「消滅属性……!?」
目に見えるほど動揺している。そのせいで、魔王の溜めていた魔力が霧散した。消滅属性の透明な球体を消した。
「お前は二つの勘違いをしていて、昨日から一つ確定された事がある」
「なんだと?」
「一つ、俺は勇者じゃない。二つ、お前が殺すんじゃない。お前は殺されるんだ。一つ、絶対に殺す」
巡の死刑申告にも似た言葉を聞き、魔王はククク、と笑った。
「いきがるなよ。俺を殺す? 殺せるものなら――」
瞬きよりも速く背後に回り、首を刎ねた。首を落とせば、大抵の生物は死ぬ。
例にもれず、魔王も同じらしい。
「また話を聞く前に殺っちゃったな……。悪い癖だ」
側頭部を掻く。
血溜まりに顔を隠す魔王の頭部を、巡は足で動かし、表情を見れるようにした。
苦悶もなければ苦痛もない。沈痛でもなければ憤怒でもない。ただ、死ぬ直前に喋っていた時の顔と同じだった。
嘲笑う顔。目も開いたままだ。見せしめに、体をそのままにしてダンスホールの中央に頭を立てた。
なぜこの世界の強い者には大剣が多いのだろう。謎だ。
しかしこれをサリーに見られるのは不味い。檻の鍵を破壊し、サリーを背負おうとした瞬間、皆が帰ってきた。
「魔王が死んだからか、戦闘途中に帰ってきてしまったぞ、巡。あと、お前なかなかえげつないことするな」
レイスが間口一発、顔をひきつらせた。他の仲間も同様に引いている。
「見せしめと思ってな。俺達に関わるとどうなるかっていう。俺なら良いが、なるべくサリーを危険な目にあわせたくない」
「ま、まあ、適当にあいつら拾って帰るか」
多少強引でも、早く話を変えたいらしい。
扉が壁にぶつかるくらい、勢いよく開かれた。
「魔王! 僕は勇者だ! 出て……来い……?」
あれ、という虚しい声が響いた。扉を開けたのは神谷組だった。




