魔界突入
「よし、じゃあ開くぞ」
目の前には校長とSクラス担任の佐藤が、闘技場の戦場、真ん中付近で手を翳していた。
横一列に並ぶのは、リーダーでもある巡と、全帝のレイス、地帝のダイゴン、フォラ、ツヴァイ、神谷とリリー、六大貴族、祭りにて一瞬で倒した優等生、Fクラス担任のピリア、最後にミツ。
当初の予定では、ミツは連れていかないと決めていたのだが、レイスもミツには勝てないようで、守るから連れていってもいいか? と巡に耳打ちしてきたのだ。他の帝は、王国の警備にまわっている。これ以上人員を減らせないと王が拒否したらしい。
リリーは心底嫌そうにしているが、神谷と、一緒ならどこでも行くという考えらしい。
これだけなら魔界も制圧出来るという確信に近いなにかがあった。逆に、神谷組が邪魔なくらいだ。実際のところ、邪魔である。
「皆、準備はいいかい? 君達は僕が守るから安心してね!」
神谷組の女性陣が黄色い悲鳴を挙げた。
「勇者、お前が仕切るな。あくまで巡がリーダーだ。それを忘れるなよ」
全帝であるレイスも、気合い十分だ。
「俺、誰も知らないだろ。仲間外れだろ」
フォラは気合い五分程度か。目の前に妹がいるというのに、気づきもしない。一方のファラは、先程からチラチラと窺っている。
ファラには既に、兄が生きていると伝えている。大層喜んでいたが、その反動か、神谷組には素っ気なくなっている。
「皆に言っておきたい事がある」
各々思い思いの事をする中、巡は発言した。
「ここから先は自己責任だ。死んでも文句は言うな。ただ、この場に置いて杞憂がある。神谷達だ」
「私達がなにか? まさか、力不足とでも言うんですの?」
リリーが睨みをきかせた。徐々に神谷達から敵意が現れ始める。先生は止めようとあたふたするが、役には立たない。
「そうだ。率直に言うと、死ぬ可能性が一番高いのはお前らだ」
「てめぇ……私らはまだ未熟だってわかるけどな、勇は強いぜ?」
「それは井の中の蛙。学園での話だ。お前らには不可死のペンダントをつけてもらう。言い方が悪いがすまんな、お前らを案じての事だ」
レイス、地帝、フォラ、ツヴァイが賛成の声を挙げた。
神谷組が不服だと言いたそうにしているが、彼らは必ず死ぬ。慢心し過ぎているのだ。そのせいで、修行も身に入っていない。
ペンダントを神谷組に渡すと、葛藤の末、漸く着用した。
「ミツとツヴァイ、ファラとフォラはどうだ?」
不安の中にはやはりこの四人も入っている。
「私は一応もらおうかな……」
「そんなもんいらねぇよ。私が死んだら愛銃は大将が使ってやってくれ」
「ほしいの」
「いらないだろ。伊達に地獄で住んでなかっただろ」
想定通りだ。ミツの分だけペンダントをボックスから出し、渡す。
陰でレイスが「俺が守るから」と澄まし顔で述べているが、ミツも満更ではないといった様子。
レイスも自覚してから吹っ切れたようだ。
神谷達よりも、二人の行く末が気になる巡。
「準備はいいな。校長、佐藤先生、お願いします」
校長と佐藤が長い詠唱を唱える。一分もの間で、覚悟を決める。誰が死んでも後悔はしない覚悟を。
「出来たぞ。私は一言しかいえない。どうか、生きて帰って来い」
「待ってるぞ。帰ってきたら皆で焼肉行こうぜ。もちろん学園長の奢りでな」
「お前らが無事に帰ってきてくれるならそれくらい安いもんだ。行ってこい」
巡から挨拶をして、ゲートに身を投じた。瞬きする暇もなく、視界一杯の花畑が現れた。虹や、ユニコーンが泉に口をつけていたりと、魔界とは思えないあまりの幻想的な風景に、巡は息を呑んだ。
「なんだここ。本当に魔界かよ」
後ろからツヴァイの声がした。レイス、地帝、フォラと、次々に同じ言葉を口にする。それほど、ギャップがあったのだ。
荒廃なイメージとはかけ離れ過ぎている。
「油断はこれで終わりだ。ここは敵の本拠地だからな。構えろ」
物々しい音が重なり、一つのメロディーにも聴こえた。
「して、巡。どこから攻める?」
頂点に茶色の宝石を埋め込んだメイスを持った地帝が、問い掛けてきた。
「邪魔するやつだけ掃討。隠密はこの人数じゃ無理だろう。正面突破で魔王を殺す。それくらいの力量はある」
「思う存分暴れていいんだな? 大将」
拳銃のセーフティーを魔力の位置に掛けた。破損した銀の銃は修理に出しているようで、代わりに魔武器の銃を使用している。
「ああ。温存はしておけよ。だが、いざとなったら全力を尽くせ」
「わかっただろ」
フォラはシンプルなロングソードだ。魔武器を持っていないため、市販の武器を多量ボックスにいれていると聞いた。
「前衛は俺とフォラ、中衛はツヴァイ、レイス、ミツ、神谷組、後衛は地帝と先生。レイスはミツの護衛に専念してくれ」
「助かる」
約束の時間まではまだ余裕だ。走るには体力がもたない者もいる。徒歩で城まで向かうことにした。
道中、多数の魔物が襲い掛かるが、前衛だけで蹴散らせた。神谷組は相変わらず不服そうだが、一応従ってくれている。
進む毎に不穏な空気が漂い、天候が不安一色になった。城の外観は、悪魔城と言っても差し支えないほど邪悪で、ガーゴイルが飛び交い、黒い壁、尖った城の頂き。横から生えたような不思議な城の一部。そのどれもが常人ならば不安と畏怖を呼び起こさせる。
常人であるミツと、神谷組のリリーを除く女性陣は体を震わせていた。リリーはここぞとばかりに神谷を占領している。
「門番はガーゴイル。特別強い気配はしないが、どうする?」
またも、ダイゴンが聞いた。なにか試しているようにも感じる。
「殺す。俺に着いてこい」
悠然と歩く。ガーゴイル二体が此方に気づき、問答無用で剣を突き立ててきた。それらを片手で折り、頭部に軽く拳で突いた。弾ける頭部。血飛沫。
「お前はやっぱり魔族だな。こんな酷いこと人間に出来る筈がない……」
口まわりを手で押さえた神谷が言った。それは伝染したかのように、ファラと刃以外の神谷組が巡に暴言を吐き出す。巡が仲良くなれそうだと個人的に思っていた水の貴族までも。
先生は、また止めようとするが、誰にも聞き届けられてない。
「やめんか、みっともないぞ。それでも勇者か」
「そうだろ。こんな程度で残酷だなんて言うと、どんな幸せな生き方をしてたか、嫌でもわかっちゃうだろ」
「でももっと方法があるでしょ!? サリーちゃんの救出と魔王討伐なのに、なんでさっきから関係ない魔物まで虐殺するんだ! こんなの人間のやることじゃない!」
「そうですわ! 勇様が全て正しいですの!」
こうなってしまっては駄目だ。こうなることはわかっていたものの、ここまで早いとは。巡は頭を押さえ、嘆息した。
「ここは敵の本拠地。それはわかってるだろう? 敵は排除。人間の敵だ。良い魔族や魔物がいるなら、俺は殺さない。現にあのユニコーンには攻撃してないだろう? あまり問題発言しないでくれ。これでもサリーが連れ拐われて苛立ってるんだ。本当ならお前らを連れていく手筈じゃなかった」
苛立ちに任せ、捲し立てた。
我慢の糸が切れたのか、神谷はきらびやかな剣を巡に突きつけた。
「僕は人殺しと一緒じゃなくても魔王を倒せる。僕は勇者なんだ。倒せない筈がない。皆には悪いけど、僕達は魔王を討伐して、サリーちゃんをいち早く助けるから」
言い切ると、背を向けた。
「待てよ。俺はもうお前に指図されたくない。俺は巡といた方が愉快だ。お前とはこれまでだぞ」
「じ……ん……?」
今まで会話に入らなかった刃が、神谷と対立した。信じられない、そう言いたげだ。
「いつも俺を困らせやがって。行くならお前らだけで行け。俺はお前のお守りじゃないんだよ。良かったな、糞女共。嫉妬する奴が一人減ったぞ。これで満足かよ」
刃が今までの鬱憤を晴らすように中指を立てて、ぶちまけた。
「私も巡達と一緒がいいの。勇くんが来てから、リリー達の所にいたら辛いの。いつも取り合ってばっかりの喧嘩ばっかり。元に戻ってほしいの……それに、お兄ちゃんをやっと見つけたの!」
「ファラ……? 嘘は良いからこっちに来て」
「やなの!」
「そうですの。ならさようなら。もう貴女とは絶交ですの。貴方達、帰ったらお父様に言いつけてやるから、覚悟しておきなさい」
吐き捨て、神谷組は一足先に館の入り口から侵入した。残ったファラと刃に、巡は聞く。
「本当に良いんだな? 後悔は出来ないぞ」
「都合がよかった。もううんざりだ」
「なの」
二人の覚悟を確認して、巡は二人を友として快く迎えた。
「先生は神谷組に着いていって下さい」
返事をすると、とことこと神谷達の背中を追っていった。
良い機会だと思ったのか、ファラが続けた。
「ねぇ、ダイゴンお爺ちゃん、お弟子さんは私のお兄ちゃんなの?」
「そうだよ。フォラ、ファラだ」
「え? 嘘だろ?」
「本当だ」
表情の変化がないファラを見つめる。
フォラが涙を流した。止めどなく。鼻が赤くなり、口元が歪んだ。
「本当にファラなんだろ……?」
声が上擦った。それを気にせず、ファラにも漸く表情の変化が訪れる。
「なの……! お兄ちゃん、あの時はごめんなさいなの!」
抱き合った。
明らかに場違いな魔物達は、巡が人知れず消滅させた。
ふとレイスの方に視線を向けると、空気に乗じてか、ミツと手を繋いでいる。ダイゴンはダイゴンで、感動の再会に涙していた。
どう声を掛けるか迷った五分間だった。




