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怒り

 闘技場は地獄絵図だった。『死屍累々』その言葉が似合う。

 人形の何かが積み重なり、観客席や戦場を赤くし、死体が山積みになっていた。

 巡は言葉を発せずにいた。その地獄絵図に、なんと形容すれば良いのかわからなかったのだ。

 見回すと、人影があった。そちらを注視すると、ある人物が真っ赤な大剣を天に掲げ、千切っては投げと、悪鬼羅刹のような死闘を繰り広げている。

 その人物は、返り血に染まったスーツらしき服、燃えるような赤い髪を更に赤く、黒くし、腰まで下ろしていた。気だるげな目、スタイル良しの――校長だった。

「なにしてるんですか校長」

「あ? ああ、君か。見ての通りだよ」

「楽しいですか?」

「見ての通りだよ」

 見る限りでは怠そうだ。

「学園長、生きてっか?」

 尚も魔族を拷問する手を止めない校長に、校長よりも怠そうに、面倒臭そうにする人物が話しかけた。巡には見覚えがあった。Sクラスの担任だ。

 刃からは、いつもやる気ないけど、ここぞというときに強くて格好いい王道担任、などと述べられていた。

「おお、お前か。なかなか吐いてくれなくてな」

「つーかこいつ誰だ?」

「Fクラスの星月巡。近頃Xランクになった最強くんだ」

「へぇ、こいつが。よし、お前この魔族をどうにかしてくれよ」

 勝手に話を進められている。

「どうすれば?」

「情報を吐かしてくれ」

 二人で声を合わせてきた。

 見たところ、既に死にかけで喋る元気はないように見受けられる。寧ろよく生きていると絶賛したい程だ。

「こいつしたっぱですし、情報なんて虫の死骸程度の価値しかないでしょ」

「やっぱそう? 無駄なことしたな……帰って肉食べたい」

 校長が欠伸をしながら言った。ここまで悲惨なことをしておいて、よく肉を食べれるな、と呆れさせられた。

「あ、いいね。奢ってくれよ」

 この校長にして担任あり。

「他の所の被害状況は?」

「帝や先生達、他の高ランクがやってくれた。実質な被害は民が数十、といったところか。君の方は見たところ、気絶した生徒達を此方に送ってくれたようだな。学園長として、心から礼を言うよ」

 その言葉に、他の生徒達を思い出した。魔族はいないので問題はないが、サリーとツヴァイ、ミツの存在をすっかり忘れていた。

 だが、ツヴァイがサリーとミツの介抱をしてくれているので、良しとした。

「もう学園に魔族は居なさそうですね。レイスは?」

「あいつなら他の所で戦ってる。あいつなら勝てるだろうな」

 どうも可笑しい。率直にそう思ってしまった。戦争を仕掛けるのに、ここまで弱いのは何故か。ここまで被害を抑えられるほど弱いのに、魔族は王国と戦争を仕掛けるだろうか。

「何か考え事か? なにかあるなら言ってほしい」

「いえ、魔族がこんなにも弱いのは可笑しいと思いまして」

「そう言われればそうだな。佐藤、見てきてくれ」

「へいへい」

 佐藤と呼ばれたSクラス担任は、終始面倒臭そうにして、転移した。佐藤という名前から推測するに、ジパング出身だろうか。

「さて、他の生徒達を家に帰し、掃除するかね。君も手伝ってくれないか?」

「良いですよ」

「心強いよ」

 かわいたような、怠いが一応笑い声を挙げておこうという風な、不完全な笑い声は、どこか巡に苛立ちを覚えさせた。

 振り返り、ツヴァイ達の方に行く。遠目からでもわかる異変。

 ――ツヴァイが気絶していた。愛銃を両手に。

 弾かれたようにツヴァイの元へと走り寄った。

 やはり気絶させられている。それに、銀の銃が真っ二つになっている。

「サリーくんが居ないぞ!」

 校長の声で気づいた。ミツは相変わらず横たわっているが、言う通りサリーの姿がない。

 ふと目に入った紙切れ。ツヴァイの手に握られていて、それを取り、目をやった。

 内容は、サリーを拐ったこと、救いたければ魔界に来いということと、これが最後のチャンスということ。最後の行では、明日の夜七時までに来ないと、邪神召喚の生け贄として捧げる、と書いていた。

 紙を握り締めた。悔しさと、なにかどす黒い感情が心を支配していた。

「今すぐ王に伝えてくる。生徒達は他の担任に任せよう」

 必ず殺す。それだけしか頭に浮かばない。

「巡、あの魔族はどうした?」

「殺す。魔王も殺す。サリーを拐ったやつ、加担したやつ、全て残らず殺す」

「巡……?」

 レイスが視界に入った。いま、どんな顔をしているかはわからないが、きっと醜い顔を晒しているだろう。

「レイス、これを見ろ」

 グシャグシャになった紙を差し出すと、レイスは目を泳がせた。

「なんだよこれ……なんで拐われたんだ?」

「知るか。本人に吐かす」

「俺も行くぞ」

 レイスが怒りからか、紙を燃やした。全文記憶しているので問題はないが、些か軽率だ。

 だが、レイスが着いてきてくれるのはありがたい。相手は恐らく魔王。その上、探知をしていなかったとはいえ、巡の目を掻い潜ってサリーを拐ったのだ。相応の実力があるのだろう。

「ツヴァイも黙ってないと思う。ツヴァイが起きるまで待とう」

 ツヴァイが行くのはほぼ確定している。彼女なら確実に着いてくるだろう。

 三人では心許ないが、流石にエルフとドワーフの力を借りるのはやり過ぎか。この手で魔王を殺したい。そう巡は考えていた。

「しかし、ミツはどうする? 俺は仲間外れにしたくない」

 レイスに問いかけ、巡はミツに視線を送った。

 一寸遅れ、レイスも心地よさそうなミツに目をやった。心なしか、ミツに送る視線が優しい。

「置いていこう。傷つけてしまう。そんなのは嫌だ」

「お前――ミツが好きか?」

 レイスが噴き出した。直球過ぎたか。遅れて言葉使いに気を付けなくては、と反省する。

「いきなりなにを言うんだ、そんなわけ……ない?」

「いや知らねぇよ」

 思わず素の喋りが出てしまい、咳払いをして誤魔化そうとした。

「とにかく、編成は俺、レイス、ツヴァイと――」

「私もいきますですよ!」

 舌足らずの高い声がした。振り返ると、Fクラス担任――ピリア・チークが戦場の入り口に立っていた。

「先生?」

「教え子が拐われたと聞いて、飛んできましたです! 私も連れてってください!」

 とことこと走り寄ってくるピリアに、巡は最低条件を提示する。

「ギルドランクSSなら構いませんよ」

「心配ご無用です。私はギルドランクSSS、《戦場の天使》ですから」

 誇らしげに胸を張った。

 見た目で判断出来ないとは口が裂けても言えない。

「レイスはどうだ?」

「いいぞ。ピリアさんはこれでも結構強く、回復も出来る」

「これでもってなんですかレイスくん! これでも貴方の年上ですよ、お姉さんに向かってその口の聞き方は駄目なのです!」

 自分で言っている事に、巡は呆れて口が開いた。

「これでもって言ってるし」

「うーあー……」

「連れていかないでおこうかな……」

「ごめんなさい連れてって!」

 聞こえないよう小さく呟いたが、耳敏く聞きつけ、綺麗なお辞儀をして見せた。

「許してやろう」

「えへ、ありがとう巡くん」

 レイスが笑い声を挙げつつ、「仲良いな」と茶番に突っ込んだ。

 そこで、戦場の外から校長の気配がした。

 校長が来ることを二人に伝え、直立して待っていると、返り血の消えた校長がやってきた。

「すまない。私はやはりいけない」

「いえ、地帝を連れていくので大丈夫ですよ」

 これは決定していた。エルフ達は連れていけなくても、フォラか地帝は頼めば来てくれる筈だ。

「あのじいさんと知り合いか。魔界への道は私と佐藤が出そう。決まったら学園長室に来てくれ。あと、巡はいまから私と学園長室に来てくれ」

 有無を言わさぬ雰囲気で、腕を掴んできた。次の瞬間には校長室に居た。

「ここにも二度目だ。そして二度目だが先に謝るぞ。すまん」

「なにがあったんですか?」

「勇者と取り巻きも魔界に行く事になった」

 意図せず声を張り上げていた。

「なんでまた」

「いやな、私が王に説明している所、盗み聞きしてたのか、僕もいきます、と言い出してな。あとは王も姫も、魔王を倒すのは勇者だと決まってる。行ってこい、とのことでな」

「最悪だ」

 頭を抱えた。視界が地面とテーブル、巡の足だけになった。

「これは君だけに話すが、王は終始、どうでもよさそうにしていたぞ。サリー君の事を、死に損ないだから死んでも構わない、とも言っていた」

 呆然としてしまった。やはり魔族や地帝が言っていた事は本当だったらしい。王もリリーも屑だ。

「正直、私は王が嫌いだ。だが、私は一人じゃない。勝手は許されないんだ」

 いや、屑だと決めつけるのは早い。自分で会っても居ない、増して、話してもいないのに。

「王と話をする。軍を出してくれないか聞く」

 せめて、軍を出してくれるかを聞いてからでも遅くはない。必要ないが、出すと言ったなら、まだ百歩譲って信用しよう、そう思った。

「それは無理だろう。出す筈がない。それに君なら必要ないだろうに」

「これは信用の問題ですよ、校長」

「そうか。所で、校長ではなく学園長と呼んでくれるか?」

「何故」

「なんか学園長の方が格好いい」

「うるさいです校長」

 戦っていた時の方が断然格好いいとは空気を読んで言わなかった。

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