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襲来

「まぁ、お前が親友だって言うなら、親友なんだろうけどさ、もうちょっと上手い嘘をついてくれ」

「はぁ!? そりゃあないぜ大将! どうしてだよ!」

「反応に困る」

「…………」

「大体――」

 突如、強大な魔力を探知した。知り合いにはいない魔力と、量。

「どうしたよ?」

「お前、感じないか? この魔力」

「全然。レイスじゃねぇの?」

「いや、違う。人間と言うよりは……」

 魔物の魔力にも似ていて、人間の魔力にも似ている。エルフのような神聖さはないが、薄汚れた膨大な魔力が濃厚に脳を刺激する。

 ツヴァイは魔力を使わないからか、鈍感なのか、幸いにも魔力に気づいていない。

 テントにいるサリーの安否を確かめる為、テントに駆け寄って中の様子を窺った。

「サリー!」

 案の定、魔力に当てられあてられて気絶していた。普通に寝袋で横になっているならば、睡眠を取っていただけなのかもしれない。だが、サリーは寝袋とは違う方向に、まるで倒れたかのように不自然に横たわっていた。

「ツヴァイ、サリーは魔力にあてられて気絶した。俺はレイスのほうに行くから、サリーを頼んだぞ」

 ただ事ではないと察したのか、真剣な表情で頷いた。

 急いでレイスが居ると思われる場所に向かう。探知すると、人が増えていた。間違いなく、神谷組だろう。

「何があった」

 遠くからでも聞こえるよう、大声で現状確認を促す。

 そこには、構えたレイス、棒立ちの神谷組、倒れたミツと、黒く、悪魔のような翼をもち、額から一本の角をのばした魔物とも、人とも言えない者がいた。

「巡! ミツを頼む――」

 全速力でミツを抱えあげると、次の瞬間にはレイスが叫び声を挙げながら吹き飛んでいた。

「お前ら! レイスに加勢して時間を稼いでくれ!」

 ミツがここにいるのは危険だ。一刻も早く安全な場所に移動させなければいけない。

 魔力の低い者が圧倒的な、尚且つそれを惜しげもなく垂れ流しにしている者の近くにいると、あまりの魔力の強大さに体と脳がついていけず、気絶という形で逃げる。その上、まだその場にいて魔力を浴びていると、脳に障害を及ぼす可能性がある。

 普段人間の間でそんな事は滅多にないが、このような状況下でミツを置いておくのは得策ではない。巡なら一瞬で倒す事は出来るし、結界も張れるが、万が一の事を考え、ツヴァイの所まで連れていくのが最良なのだと判断した。

「ミツを頼んだ!」

 一瞬で寝かせ、すぐに戻った。往復に五秒も掛かってはいないはずだ。

 それなのに、僅かな時間でレイスと襲撃者以外は姿を消していた。

 腐っても、仮にも勇者の称号を持つ、未熟で半人前である神谷までもだ。

「レイス」

「巡か、すまん。相手が悪すぎる……」

「あとは任せて寝てろ」

 頼んだ。そう言ってレイスは転移した。

「随分好き勝手やってくれたな。一応祭なんだけど」

「知らんな。俺はあの男に用があったんだ。先日、あいつに苦汁を飲まされたので、少し殺そうと」

 見た目とは裏腹に、なかなか清々しい笑顔を浮かべる。殺すに少しもないだろうに。

 強靭な肉体を持っている。それに、背中に己と同じ黒いハルバートを背負っている。

「お前、何者だ?」

「魔族だ。先日、全帝に魔王代理の宣戦布告をして、俺は殺戮のためにやってきた」

 悠然と両手を広げ、目の前にワープしてきた。転移とは違う移動魔法だろうか。

 近づくと余計に威圧感が増した。体長は二メートル弱。

「それは今から人間と戦争をする、そう言ってるのか?」

「そうだ。魔王様は以前から王国が欲しいと思っておられた。それに、焦がれる程の虐殺も。今こそ王国を潰す時」

「何故潰す時だと思った?」

「王からして、ここの国は屑だ」

 口々に皆が言う、王国を否定する言葉。漸くダイゴンの『王国以外の場所に連れていく』という言葉の意味がほんの少しわかったような気がした。

 魔族にまで言われるとは、王としてどうなのだろうか。

「知らなかったな。で、お前に二つの選択肢をやろう。今すぐここで死ぬか、尻尾を巻いてお家に帰るか。今ならママに甘えてもいいんだぞ?」

 相手にとっては、この挑発だけでのるはずだ。生かすという選択はもとよりない。サリー、レイス、ミツに危害を加えた。それだけで殺すに等しい。

「は? お前如きが魔族である俺を殺す? 冗談は魔力だけにしてくれよ。魔力なんて俺からしてみればミジンコ程度なんだよ」

 口調が砕けた。紅い瞳がギラリと鋭くなり、巡を射抜く。

 魔力を制御している事に気づいていない様子。

 魔力が多い者は指輪やネックレス、ピアス等、魔力制御の道具を身に付けるが、巡にはない。コントロール出来るので、いらないのだ。だが、レイスともなってくると、幾つもの制御を必要とするが、そんなに多数着けていると流石に感付かれるとのことで、足輪や、特別製の魔力制御を使っている。

「お前程度に魔力なんか必要無いって事だよ。気づけ馬鹿」

 まるでガソリンに火を投下するように、更に挑発した。結果――、

「調子にのるな! 貴様など、五秒もあれば十分なんだよ!」

 爆発したように口汚く罵り言葉を交え、唾を飛ばしてきた。

「祭は中止かな」

 頭を掻いて未だ聞こえない校長の言葉を予想した。しかし、燃え上がった火は簡単に消えないのと同じで、魔族は巡の呟きに対しても反応する。

「祭はこれからだ――! 提灯はお前の血で赤くしてやるよ!」

 ハルバートを上段に、駆けた。身体強化はしているようだが、無駄に魔力を使っている。それに、巡からしたら遅い。

「それよりも知ってるか? 剣道の試合で上段に構えるの、目上の人にするには凄く失礼な事なんだ。これは剣道でも何でもないけど、俺が無礼と感じたから殺す」

 何も達人だと傲っている訳ではない。巡も、帝とほぼ同じ地位にいる。なので、帝の次に偉いのは巡だと、自覚はしている。

「黙れ――!」

 迫るような低い声で、ハルバートを薙いだ。空気を切り裂くというよりも、無理矢理空気に抵抗しているような重々しい音は、巡にこれが本当の殺し合いなのだと実感させた。

 対人ではないが、人形と殺し合いをするのが、巡にとって初めてで、妙な高揚感を覚えた。

 首に向かって迫り来るハルバートを、片手に持った刀で防ぐ。あまりの衝撃に刀が軋む音と火花を散らしたが、壊れても作り直せる為に問題はない。

「今すぐその頭を落としてやる。貴様はあの男よりも気にくわない。殺す。絶対に殺す……!」

 紅い目が煌々と光り、その目には純粋な憎悪と憤怒が窺えた。

「喚くな。虫けらが」

 ついつい気分がのって、口が悪くなってしまった。黒い顔が、赤を交え始めた。

「貴様……殺す、壊す、散らす!」

 迫り合いになっているハルバートに、更に力が入る。だが押される事は無く、巡の刀は壁のように動かない。

 巡が弱く魔族の腹を前蹴りすると、魔族は肺の息を殆ど吐き出してから、足が地面から離れた。蹴りの勢いで魔族の体が離れる前に足を掴み、振り回してから前面を地面に叩き付ける。

「お前のファーストキスは母なる大地だ。良かったな。待てよ……多数の人間は母と初めてキスをしてると聞く、ならこれもノーカウントか?」

 興奮して可笑しな事を口走っていた。今、放送されていると思い出して、我に返り、興が削がれた。

 倒れている隙にハルバートを蹴りあげ、遠くに飛ばす。

 冷静に考えれば、もう生徒達は避難しているか放送は止められているのではないだろうか。流石に外でも戦っていて、まだこんな場面を映すとは到底思えないし、校長の声が聞こえて来ないのも可笑しい。

 考え事をしていたら、魔族が既に立ち上がっていた。

「貴様、殺したくなるほど憎く、逃げたくなるほど強いな」

 振り返った顔は、鼻血が止めどなく流れていた。

 片鼻を塞ぎ勢いよく噴出させると、鼻血が治まった。血のあとを黒い筋肉質の腕で拭い、離れたハルバートを一見してから自然体で構える。

「忘れてた学園の方が気になる。早々に死んでくれ」

 刀を振り上げると、魔族が愉快だとでも言いたそうに笑い出した。

「残念だったな。もう魔族はお前らの先生とやらを殺しまくってるだろうさ。なんたって魔族四天王が出張ってるんだからな」

「ますますすぐに殺さないとな」

「俺が殺せるかな?」

 含みを持った物言いに、巡は片眉をあげた。

「どういうことだ?」

「俺は四天王の次に強い。今までは油断――」

 頭を刎ねた。落ちた頭の表情は意味ありげなままだった。

「何が言いたかったんだこいつ」

 死体をボックスにいれ、気絶した生徒を探知し、一ヶ所に集め、まとめて転移し学園に帰った。

「まじかよ……」

 待っていた光景に、巡は虚を衝かれた。

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