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ジパングの侍と純日本生まれの日本育ち

「これくらいあれば二日はいけるか」

 目の前には台に乗った魚五匹と、十個の木の実、子供の猪が乗っている。魚以外はサリーとツヴァイが見つけたものだ。

 どちらも捌くことが巡には出来るので、問題は無い。

 ――こんなもん、適当に焼いたら食えんだろ。

 ――いや、こういうものこそちゃんと捌いて、綺麗に食べなきゃ体を悪くする。血とかいろいろな。

 というやりとりがついさっき行われていた。

 実際は知識にあまりなかったのだが、知ったかぶりをしてしまった。ここでアピールにでもなるかな、とずる賢い頭がそうさせたのだ。

「これから猪を血抜きしたり捌いたりするから、適当に寛いでろ。敵が近くに来たら言うから」

「頑張れよ大将。私はテントで寝てるからな」

 欠伸をするツヴァイを筆頭に、各々腰掛けていった。

 料理の下拵えを終えるのに時間がかかる。その間、死後硬直で肉がかたくなるが、時間を置いたら解硬するらしい。時魔法で猪の時間を速める。

 捌く時は体が勝手に動いてくれる。なにかを考えず、最適な方法をとってくれるのだ。

 このままならば、恐らくはちょうどいい時間に猪も出来上がるだろう。水も川から汲んできたものがあるので、気にすることはない。難点を挙げるならば、川の往復が辛い、というところか。

「この時間に、俺は敵を倒してポイントを上げたい、どうだろうか?」

 提案したレイスに、巡は目もくれず、猪の皮を剥ぐ。

「俺はここにいる。一人でも大丈夫だぞ」

 猪の捌きがあるので、巡は当然、残る選択を選んだ。

 聞きつけたのか、ツヴァイが飛び起き、こちらにやってきた。

「お、やるか?」

 嬉々として聞くツヴァイ。巡には『殺る』に脳内変化された。

「私も行くわ。役立たずだし、皆の会話にすら入れてないから」

 ミツが溜め息混じりに言った。ミツはこの中でもサリーの次に強く、成績が良い。Fクラスでも、まだ良い成績を残しているが、この中では浮く。

 レイスは文武両道の全帝、ツヴァイは武に秀で、勉学は全く。サリーはどちらもFクラス並で、ミツはどちらもFクラスの平均より上回る程度。

 サリーとミツ以外の三人で、既にここの生徒全員を倒せるので、ミツは自分に悪感情を抱いているように思えた。

 ミツの自虐に、レイスが大声で否定した。その拍子に巡が驚き、ナイフを落としてしまった。

「お……誰もそんなこと思ってない。ミツはミツらしく居てくれたらいいんだ」

 サリーが短い悲鳴を挙げた後、ナイフを拾ってくれた。

「レイス、お前らしくないな」

「何がだ」

「大声を出すなんて」

 はっとして、レイスは一言謝る。

「なんだろうな。俺は友達が居たことないんだ。だからこういうのは苦手で……」

 こういうの、とは恐らくだが、ついさっきのミツのようなことだろう。

 役立たずだから。その言葉が気に入らなかったらしい。その事に気づいたミツもまた、謝った。

 なにがそうさせるのか、レイスが「いや、俺が悪いんだ」と言って、ミツも何故か引き下がらず、同じやり取りをし出し、暇になったツヴァイが、まだ行かないのかを問うた時、漸く終わりが訪れたのだった。


 今や時間も午後九時半。猪の足と果物数個、魚を全て食べ、一息吐いていた。もちろん、近くに敵の反応があるのを知っていてだ。

「近くに敵がいるけど、俺が潰しといていいか?」

 満場一致だった。流石のツヴァイも、満腹時には動きたくないらしい。

 敵の居る辺りまで転移した。

 木に隠れ敵を窺うと、ジパングの者だろうと推測出来た。というのも、見慣れたものの、最近久しく見てない和服だったのだ。五人組で、一人が白い羽織を着用した侍の集団。その姿、背景では異質も異質。まるで、本当の侍達が森に召喚されたかのようだった。

 白い羽織がリーダーだろう。まさか本当に侍の格好をしてるとは、ジパングに転生しないで良かった、と人知れず安堵の溜め息を吐いた。

 木から体を出し、探索する相手に向かって、横からゆっくりと、余裕だと見せられるように歩いた。

「こんばんは。こんな時間に、夜襲か?」

「曲者か!?」

 リーダーらしき者が刀に手を掛け、全員がそれに倣った。

「学生以外になにがある? しかし、本当に侍みたいだな」

「拙者どもには武士魂があるのだ。して、一人で拙者どもと刀を交えようというのか?」

「刀を交える? 違うな」

「では、なんだと言うのだ?」

「お前らをジパングに帰しに来た」

「戯言を。拙者どもが魔法をあまり使えないからといって、油断しているな? 笑止!」

 取り巻きを合わせて、腹を抱えて笑いだした。しかし、こう聞くと、日本語ではないらしい。試しに、日本語で話してみる。

「お前ら、日本語使えるか?」

「な、なんと言ったでござるか? まさか――妖か!」

 思わずポカンと口を開けてしまった。どうやら和の国、ジパングでも日本語は使えないらしい。

 用済みとなったので、適当な魔法で転移させた。

 そういえば先日、ここでは日本語は古代言語として使われていることを初めて知って、愕然とさせられた。

 今まで話していた言葉は何だったのか、そう思ったのだ。それではいままでどんな言葉で話していたのかが疑問だが、ずっと日本語で喋っていたように違和感がなかった。しかし先日、日本語じゃないと知ってから初めて、再び日本語を喋れるようになったのだ。

 文字も同様で、日本文字だと錯覚していた。

 そうこうしているうちに、五人が消えた。呆気ない。何故か熱は止まなかったので、他の生徒を襲うことにした。

 一番近い場所に、もう一組居たのに気づき、転移した。


 そうして合計四組を転移させ、帰ってきた。

「お帰りなさい。怪我はない?」

「ただいま。ありがとうな。だけど怪我をするわけないだろ」

「そうだよね、巡君は世界一強いもんね!」

 そこらに座ると、サリーがテントに入り、ツヴァイがテントから出てきた。

「よう大将、あんたにしちゃ遅かったじゃねぇか」

「ああ、四組潰した」

「おいおい、狩りなら私もつれてけよ」

 愛銃を出し、整備するために解体していくツヴァイを見て、巡は悪態をつきたくなった。

「お前が行かないって言ったんだろ」

 整備の手を止め、口を尖らせた。

「狩りじゃないと思ったから行かなかったんだよ」

 大体、ツヴァイの狩りの定義とは何なのだろうか。一組帰すだけでも狩りに当てはまると思うのだが。そう思ったが、口には出さない。魔法弾が飛んでくるかもしれないからだ。

「レイスとミツは?」

「あいつらなら二人でどっかに行ったぞ」

 意図的に避けているレイスが女性と二人になるとは、珍しい。友達だから心配はないとのことだろうか。

 なにか不安が過ったが、レイスなので大事にならないだろう。

 思考していると、ツヴァイが話しかけてきた。返事をすると、焚き火を瞳に映しながら、寂しそうに言う。

「暇だ。なぁ大将、くそったれな親友の話を聞いてくれるか?」

「いいぞ」

 応えながら、不可視の結界を張った。

「親友は、獣国の生まれだったんだ。でも、家族からは嫌われてた。獣人は魔法が使えない代わりに、体を獣のそれに変えることが出来る。でもそいつには使えなかった。なんでかわかるか?」

「さぁな」

 手際よく整備を終えた銃を、火に向けて構えた。

「出来損ないの落ちこぼれ。いつもそればっかりだ。魔盲や、障害。サリーだってそうだ。そして親友もな」

 沈黙で肯定した。神谷は苦労のしたことがない程の天才。対する巡は、紛い物の最強。

「その親友は獣国を出た。家族を殺してな」

 一瞬、ツヴァイの瞳が変わった。今までみたどれよりも深く、黒く、混沌とした瞳。

「それでどうしたんだ?」

「治安が良いと言われてた王国に来た。だが一文無しのそいつは、宿なんかにはいけなかった。ギルドで稼ごうにも、戦ったことがなく、弱いそいつには、到底無理な話だった。

 そこで、スラム街に足を踏み入れた。スラムなんて知らなかったそいつは、汚い場所だと思いながらも、必死に生きた。犯されて、殺して、追われて、死にかけて、やっと自分の力を見つけた」

「それは獣人変化か?」

「そうだ。これで出来損ないじゃないと思ったそいつは、力に溺れた。嫌いな奴に復讐していったんだ。スラムは全員が殺しても問題ないやつだ。屑の、生きる価値がないやつ。辱しめを受けた仕返しに、殺してまわった。その中で、こいつを見つけた」

 愛銃の二挺を放ってきた。金と銀で、金は虎、銀は白虎にも見える。

「格好いいな」

「だろ? 親友は、手と体を汚してきた。その殺したやつらから金を奪い取って、生活して、いつしかそれが仕事のように感じていた。でもな、何故か学園に通おうって思ったんだ。本当、なんで思ったのか今でもわからねぇ」

「なにかあったとかか? 憧れを持ってたとか、仕事の帰りに学生を見たとかさ」

 そう聞くも、ツヴァイは頭を左右に振った。

「一切なかった。そこからはすぐだ。導かれるように学園に通い、信頼する奴にも出会った」

 もう隠す気はないらしく、巡を見つめた。さっきの陰鬱な表情とは別に、憑き物が取れたかのような表情をしている。

「ツヴァイ、お前は、今どうだ?」

「私か? 私は、まぁ充実してる。私じゃなくて親友のことを聞けよ」

 睨まれてしまった。どうやらまだ隠している気らしい。

「その親友は、今が楽しいんだろうな」

「そう言ってたよ。昨日、楽しそうに私に言ってきたんだ。そいつらの為だったら、私の手が汚れても良いかもってさ」

 初めて目にする、ツヴァイの優しい微笑み。顔が赤いのは炎のせいだろうか。

「ところでさ、その銃なんでお前がもってんだよ」

「……貰ったんだよ」

 巡の核心に迫る質問に、更に赤みをつくり、気まずそうに答えた。巡から視線を外て。

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