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森の里

「愛してるわ」

「私もよ……」

 二人の美女。片方は肌が白く、鮮やかな緑の髪。もう片方は褐色で、髪は黄色。

 何故こうなったのか、それはドワーフの国から出て、エルフに案内されるところから始まった。


 午後六時、指定の場所には背中に弓と矢を携えた、頭から足の先まで真っ黒なローブに身を包んだ人がいた。長身ではあるが、体の線は細く見える。

 帝や、この者もローブのフードに隠された顔は全く窺えない。それが戦闘中であろうとも、何故か脱げないし、光を当てても見えない。全く不思議なものだ。

「お前が依頼を受けた者か?」

 雑念を振り払って、腰を曲げ返事する。

「ランクX《武神》だ。そういうあんたはエルフか?」

「そうだ。早速だが――」

 唐突に殴りかかってきた。ご丁寧に雷属性の身体強化までして。

 何もせず、顔で受け止める。

「これくらいも止められないなら話にならないな。帰れ」

 何かを勘違いしているエルフに、告げる。

「この程度か?」

「は?」

「この程度か? って言ったんだけど、聞こえなかったか?」

「貴様……!」

 こんな軽い攻撃に、仰け反るわけがなく、巡は離れたエルフに、力強く拳をつきだした。拳圧でエルフが吹っ飛ぶ。

「これくらいはしないと、多分俺にダメージなんて食らわせられないぞ」

 木に激突したエルフに言い放った。動かないエルフに、巡は不安にかられた。気絶させてしまったか? まさか。そんな打たれ弱くはないはずなのだが。

 念のため警戒しながら近づいた。

「参ったわ。貴方は一度も魔力を使っていなかった。ただ拳を振り、離れた位置にいた私を、拳圧で吹き飛ばした」

 安堵の息が漏れた。これで敵対され、依頼が出来ませんでしたでは話にならない。

「魔力を視れるのか?」

 相手の魔力の流れを視るのは、並大抵の技術では出来ない。人間でも、視れるのは片手で数えられる程度だと思う。

「エルフなんだから当たり前でしょ。視れないエルフはいないわ」

 感心させられた。エルフは魔力や魔法に長けている、という話を地球の本で見たことがあったのを思い出した。

「そうなのか。凄いんだな」

「それよりも、申し訳無かったわね。以前にも受けた輩がいたんだけど、話にならないほど弱くて……」

 謝罪しながら頭を下げるのだが、如何せん黒ローブで全身を隠しているため、誠意を感じられなかった。

 案内される。

 その間、エルフについて調べた。

『エルフ。

 基本的に美形が多く、魔力も生まれつき高い。族長は代々女性が務めている。

 人間に魔法を教えたのはエルフであり、魔法の生みの親とも言うべき存在。

 長寿。今生きているエルフで、約五千年程。

 現エルフの長は、『エルミア・アルゼル』である』

 目の前を歩くエルフを調べる。

『エルミア・アルゼル。年齢、九百五歳。

 身長は百七十八の体重は六十三。スリーサイズは上から八十九、六十、八十六。近頃太ったか気になっている。

『ダークエルフ』の長、『グローリエル・アルディス』と相思相愛。

 幼少期に遊んでいるところ、派手に転んで泣いていた時、現れたグローリエル・アルディスに慰められ、惹かれた。そこから猛烈にアピールし、百年後に結ばれる。順調に愛を育んでいった八百年後に、食べ物が原因で喧嘩別れした。その和解のため、王国に依頼を出す』

 顎が外れるくらい愕然としてしまった。そこまで詳しく教えてくれなくても良いのだが……。不意に浮かぶ邪念を拭い去る。

 どうやら、新しい単語が出ると、わざわざ調べやすいようにリンクらしきものを付属してくれてあるようだ。

 目の前に広がる文字を消し、巡は不安と緊張を秘めて、着いていった。

「着いたわ」

 動きを止めるエルミア。しかし、視線を配っても目の前にあるのは木だけ。

 いや――これは不可視の結界だ。ドーム状に結界が張られている。それも高度な。

 その事について返事を求めると、大層驚いた様子で、「よく分かったわね」と言った。

 結界の前で動きを止めるエルミアに、巡は首を傾げる。すると、目の前の結界が一部だけ裂けた。

 裂けた一部分から村が姿を現す。

 裂けた所以外は、相変わらずの木々。

「何してるのよ、早くいらっしゃい」

 我にかえり、一人分開けられた村の入り口に、足を踏み入れた。

 目の前に広がった景色を一言でまとめるなら、幻想的、それ以外に上手い言葉が思い付かない。

 大きな木の、太い枝に一つの家が乗っていて、地面にある家は壁から扉まで木製の、茅葺き屋根だった。地面にはやわらかな草があり、踏み締めるだけでも心地よい。

 正しく、自然と共生する村だった。

「いらっしゃい。ここがエルフの里よ。人間を招き入れたのはひさしぶりだわ」

 一際異彩を放つ黒のローブを、脱ぎ去った。

 文句なしの容姿。鮮やかな自然を感じさせる長い緑髪に、エルフの象徴である尖った耳。人形のように白く、きめ細かな肌。スラッとした体に、出るところは出ている。身に付けているものは、質素な布で、胸や下半身をおおっただけだが、それを含めて、エルミア自体が神の作り物のように感じた。

「綺麗だ……」

 知らず知らずの内に、口から出ていた。それがこの光景に対してなのか、エルミアに対してなのかは、巡自身わからなかった。

「それはそうでしょう。自然と共に生きているんだから。あそこが私の家よ」

 一つの家を指差すエルミア。その先には、枝に乗った家があった。

 エルミアと共に向かいながら、気になっていたことを質問する。

「他のエルフはいないのか?」

「狩りに出ている部隊もいるけど、殆どは怖がって出てこないだけよ。貴方、人間とエルフになにがあったかは知ってるかしら?」

 顔を前に向け歩いたまま、聞き返して来た。当然知らなく、調べる時間もない。間髪いれずに、知らないと答えた。

「そうね。簡単に言うなら、エルフは魔法を作ったの。それを同盟だった人間に教えたのだけれど、時が経って、当時少数だったエルフは人間に迫害されたのよ。貴方達で言う、人種差別かしらね」

「それは、すまないな」

「何謝ってるのよ、貴方は関係ないわ。今の時代の人間には関係ない。それはわかってるけれど、他のエルフにはそうもいかないのよね」

「難儀だな。なにかきっかけがあればいいんだが……」

 そこで一旦話を区切った。足下にボールが転がってきたからだ。

 拾い上げると二人の子供が走ってきて、謝ってきた。どちらも下半身に布を巻いているだけだ。

「貴方達、お母さんから外に出ては駄目と言われなかったかしら?」

「言われたけど抜け出した! 人間なんて俺がぶっ飛ばしてやるぜ!」

「そ、そんなこと無理だよ……」

 一人は気が強いようだ。対照的なもう一人は気が弱い様子。二人とも幼稚園に通っているであろう歳に見える。

「このボール、当たったら痛いだろ?」

 触って分かったが、ボールも木で出来ていた。これでは怪我をするだろう。

「痛い……です……」

「ぜ、全然痛くないし! 本当、全然痛くないし!」

 苦笑して、サッカーボール程度の大きさのゴムボールを創造した。当たっても痛くはならないだろうし、安全だ。風で動くのが難点だが、まだ幼いので、これくらいのほうがちょうど良いだろう。

「これなら痛くないぞ。蹴った時の音が面白いんだよ」

 あの、強く蹴った時に鳴る独特の高い音。あの音は案外気に入っていた。歳を重ねる毎に触らなくなったが。

「お、兄ちゃんありがとう! ところで、見たことない顔だな。まあ、いい人だしどうでもいいか!」

 行きそうになった子供を引き止め、今度は野球に使うボールほどの小ささのゴムボールを手渡した。

「これもやるよ。これで遊んでこい」

 おどおどした子も、強気な子も、笑顔になった。そのまま礼を言って、どこかへ走って行った。

「優しいじゃない。長として礼を言うわ」

「いや、礼はいい。ただの気まぐれだ」

 そうしてまた歩き出した。

 やがて大きい木の真下に着いた。木の側面に梯子があり、そこからのぼっていくようだった。

「ここをのぼるのよ」

「じゃあ、先に行くぞ」

 上半身と下半身に布を巻いているだけのエルミアが先にのぼると、申し訳ない光景が広がるだろうことは容易に思い浮かぶ。率先してのぼった。

 木の枝にたつと、思っていたのとは違い、歩きやすいように平面になっていた。枝の大きさもあり、安定感がある。どうやって一軒家を乗せているのかが気になるが、そこは魔法がある世界。どうとでもなるのだろう。

 前に佇む家は一階建てで、例に漏れず木でつくられていた。

 エルミアを待ち、扉を開けてもらう。中に入るよう促された。

 木の落ち着く香りがする。土足で良いらしく、歩く度に、こつこつと音が鳴った。

 テーブルがあり、椅子に座ると、お茶が差し出された。礼を言って飲む。なんの変鉄もないお茶だ。

「で、依頼内容なのだけれど、昔、仲がよかったダークエルフとの和解がしたいの。そこで、私と貴方で行って、仲を取り持ってほしいわけ」

 向に座ったエルミアが切り出した。

「俺が行く理由は?」

「……もしかしたら冷静な判断が出来ず、また仲が悪くなるかもしれないから、私が熱くなってしまったら止めて」

 それだけなら仲間のエルフに頼めば良いだけだろうに。そう疑問に思う巡だが、仕事だ。それだけでも交友がとれるなら安いものだろう。

「あ、仲間のエルフに頼めばいいのにって思ったでしょ? なかなか頼めないのよね。それに、なんだか頼りないし」

 肩を竦めるエルミアに、なるほど、と返した。

 人間一人に怯えて、家に閉じ籠る位だから、言い過ぎではない。至極真っ当である、と思った。

「基本的に俺はなにをしてればいい?」

「そうね、立って話を聞いていて。私かダークエルフの長が冷静じゃなくなったら、冷静になるように一言いって」

“冷静になるように”とは簡単に言うものの、一度熱が出れば冷めるのは容易ではない。相手にとっては部外者も部外者。そんな男の一言で冷静になるだろうか。

 なにか決定的な言葉があれば……。

「一発で冷静になるような言葉ってあるか?」

「……あー、冷静というか、最終兵器というか」

 なんとも歯切りの悪いエルミアに、巡は怪訝に思いながら耳を寄せた。

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