捨てられた青年と師
「フォラ、客か?」
厳格で、髭を無作法に伸ばした男のドワーフ。背中に斧を携えている。身長はドワーフにしては大きい。
「何年……いや何十年ぶりだ?」
もう一人は毛深く、筋骨粒々であり、犬っぽい耳。武器は拳系統なのだろうか、手が血で染まっている。
二人とも、幾千もの戦闘を掻い潜ってるのがわかる。
「あ、お帰りなさいだろ、師匠」
「お邪魔しています。寛いでしまって、失礼でした」
「いや、いい。客はもてなす。座ってろ」
「ごめんな、こいつドワーフだから口下手なんだよ」
ドワーフの男は見た目通り厳格で、口数が少ない。逆に、獣人は少し、性格的に軽そうだ。
「私は依頼でやって参りました。というのも、お二人の姿を見て終わりですので、早々ではありますが」
「お前、俺達の監視か?」
急に、三人から警戒の念がとれた。チームワークもバッチリのようだ。
緩和な笑顔を浮かべる。
「いえ、私が探していたのはゴブリンとコボルドです。依頼された者から、最強のゴブリンとコボルドを見た、興味があれば行ってくれ、とのことで」
「俺達が低俗な魔物だと言いたいのか?」
「いえ、同じ人間だと思っております。ですから、依頼者には見間違いだった、と伝えるつもりです」
警戒がとれた。安心している様子。
「私は帰りますが、お三方は?」
聞くと、ドワーフと獣人が口を揃えた。
「フォラ、お前は帰れ」
「なんでだろ師匠!」
「ついさっき二人で話してたんだよ。お前も強くなったし、そろそろ一人立ちさせてもいいんじゃないかってさ」
「師匠……」
「見たところ、王国の勇者よりは強いようですし、帝にもなれるでしょう」
告げると、ドワーフと獣人が顔を見合わし、次に、巡に向かって、優しく頷いた。
二人がフォラをこちらに向けて押し出す。巡はボロボロの服を掴み、転移した。
転移場所は村。村長に報告するためだ。
「なんで連れてきたんだよ……!」
「お前の師匠が俺に連れていけとさ」
「それでもだろ! 別れの挨拶も無しに……」
悲観して地面を殴った。あまりの強さに、地面に小さなクレーターが出来てしまったが、そんなのお構いなしとばかりに、更に殴った。
「お前がここで立派になって、また会えば良いだろうが。あの二人はそう言ってるんだよ」
「お前になにがわかるんだよ!」
力一杯叫んで、巡の胸ぐらを掴み、押した。
「こういうのって、客観的なほうが分かりやすいんだよ。あの二人は、いわばお前の父だ。子供を見守る顔だった。恩返し、したいだろ?」
静かに涙を流し、一度頷くのを確認して、続けた。
「なら立派になれ。そしていつか見せてやれ。それが恩返しだ」
「……わかっただろ。俺は、ここで偉業をなし遂げて、その姿を師匠に見せるだろ!」
天に拳をつきだした。ふわりと拳圧の風が髪を撫でる。
「おい、お主なにを……」
背後から声がした。振り返ると、村長がいた。だが、フォラを見て表情が一変した。
悲痛、憤怒、歓喜、そして――なによりも安堵が窺えた。
「フォラ……?」
「……えと、もしかしてガイア爺?」
村長から涙が流れた。止めどなく。途切れることのない。
巡は、唖然として見守ることしか出来なかった。
「いやはや、恥ずかしいところを……」
場所は村長宅。村長が泣き止むのは、三十分を要し、その間ずっと巡は背中をさすっていた。
「知り合い?」
「改めて自己紹介しよう。ランクX《地帝》ダイゴン・ガイアだ」
巡は驚嘆した。村長が地帝だったなんて。確かに底見えない力があるのはわかったが、ただ地帝よりも強い者だと思っていたのだ。間違っていないが、それに気づけなかった巡は、己を恥じた。
帝の時はわざとらしい口調に変えていたらしい。今の村長が素なのだろう。
「フォラは六大貴族の闇である、ダークネス家の長男だった。フォラ、言っても大丈夫か?」
「構わないだろ」
ダークネス家と言ったら、ファラだろう。彼女の兄が今日見つかったらしい。巡は、他人事のように考えていた。
「まあ、魔力がないから捨てられた、と?」
「そうだろ。でも、俺は魔力が封印されてただけなんだろ」
「続けると、俺は《闇帝》と仲が良かった。ある日、五歳の魔力測定の日だ。魔盲と教えられて、あいつが捨てにいくのを止められなかった。それから後悔して、今までずっとさがし続けていたんだ。償えるのなら償おうと。だが、そんなこと言ってられないと思ったんだ」
真っ直ぐと、こちらを見据えてきた。改めて姿勢を正し、巡からも視線を送った。そして地帝であり、村長でもある――ダイゴンは続けた。
「ありがとう、武神。お前のおかげで俺はまた、フォラに会えた」
「ああ。それと一応報告だが、ダイゴンが言っていたゴブリンとコボルドは、見間違いだった」
ほう、と声をもらした。
「では、なんだったんだ?」
横のフォラが、言うな、と言いたげに視線を投げ掛けてきた。
やや考えて、「なにか別の魔物だったよ。あそこで突然変異なんて、普通なんだろ?」と答えた。
知らないが、あんな強い魔物がうようよいる時点で、弱い魔物は食われるか、進化するかのどちらかしかないだろう。
巡があそこで会った魔物は、全て弱い部類に入るだろうと推測していた。ミノタウロスも、アトモスベアーも、アルビノめいた猿も、等身大の精霊も。あそこにはまだまだ強者がいる、そう勘が言っているのだ。
あからさまにホッとするフォラと、納得するダイゴン。
「確かにあそこでは普通だな。まあ、なにはともあれ、心から感謝する」
頭を下げた。一言と手振りで上げさせ、報酬の話をする。
「報酬はギルドだな?」
「そうだが、本当に良いのか? 俺としては地帝として貯めた金の半分でも構わないぞ?」
「いや、いい。金が欲しくてやったわけじゃないし」
少し残念そうにした。横のフォラは話に加わらないようで、椅子から立ち上がり、窓へと歩いた。
「フォラが許してくれるかわからないが、俺はこれから後悔しないように、フォラと暮らしていく。勿論、嫌だと言われたら王国以外の国に行かせる予定だ」
よくしゃべる人だな、と思った。聞いてないのを喋るのは、信頼された証なのだろうか。これではあの二人のことを言うと、誰かにうっかりばらしそうだ。
そしてなにか重大な事を聞き逃したようにも思ったが、気のせいだと納得した。
「まあ、好きにしてくれ。俺はまだ依頼があるから、帰るぞ」
二人に背を向けると、ダイゴンが呼び止めてきた。動きを止める。すると、ダイゴンがこちらに来て、耳打ちしてきた。
「学園にはファラがいるだろう? 伝えてくれないか? フォラが生きてたと」
……これも依頼だというのなら、仕方ないな、という気もした。Sクラスに行くのは嫌だが、これも依頼の為だと自身を納得させ、返事はせずに、今度こそ転移で王国に戻った。
午後一時。エルフの依頼は午後六時な為、先にドワーフを済ませようと、ドワーフの国について調べた。
どうやら自宅の西北西にあるらしい。ドワーフの男は低身長で髭を生やし、主に鍛冶が得意。魔法に対しては不器用なのだと。女性のドワーフもいて、容姿は子供そのものだが、侮れないほどの力がある。
エルフとは敵対関係にあるらしい。
道中に古代竜のサンドウィッチをつまみながら向かった。
ハーピーやサンダーバードの群れを蹴散らしながらも、漸く着いた。群れとなると、双方ランクSはくだらない。流石に数が多ければ、負けるわけはないがそれでもやはり面倒だ。最上級の広範囲魔法で撃墜させていくと、曇った心も爽快した。
鉱山地帯がドワーフ族の国らしい。地面は土、塀があり、スチームパンクを彷彿とさせる街並みだ。
依頼を調べると、族長が送ったのだと判明した。門番であるドワーフに依頼状とギルドカードを見せ、街に入れてもらう。
通る者のほとんどが小さい。それに女性と男性の、好奇の視線が痛い。
男のドワーフは動きやすそうな鎧を着込み、女のドワーフは私服が多い。たまに軽装の、斧を背負っている女もいた。
そうしてやってきた街一番の鍛冶屋。ここに族長がいる。
壁は煉瓦で出来ていて、なにかの魔法が施されている。扉を開けると、真夏の猛暑日よりも暑いであろう室温と、鉄を打つ騒音が出迎えた。中は普通の鍛冶屋で、武具も売ってるようだ。質が良い。
能力のおかげで『暑い』とは思わないが、長くは居たくない。
「依頼でやってきた。依頼主はどこにいる」
人が見当たらないので叫ぶも、聞こえてないのか来ない。それもそうだろう。鍛冶の真っ最中らしく、耳に入らないのだ。
仕方なく、カウンターの奥にある扉を開き入った。熱気が凄く、より身近に騒音が聞こえた。
よくわからないものがあったり、鉄を熱するものが列なり、その前にドワーフが二人一組で、真剣な表情をして鉄を伸ばしていた。
一番奥の、ドワーフにしては大柄な男に話しかける。
「依頼で来たんだが、あんたが依頼主か?」
鍛冶に夢中で返事はない。気づいてもいない様子だ。
もう一度話しかけ、今度は肩を軽く叩いた。
「打ってんのが見えんのか!」
振り向き様に、太い腕でラリアットを仕掛けてきたドワーフを、巡は片手で受け止めた。ドワーフは多少、驚いた。
例にもれず、髭を無作法に伸ばし、鍛冶で鍛えられた体は鋼を連想させるようだ。
「落ち着け。オリハルコンの依頼だ」
「オリハルコンがあったのか!?」
腕を離し首を左右に振ると、大きな舌打ち一つ、手をしっしっとまるで邪魔者は帰れと言いたげに振った。
「ほんの少しでも残ってたら見せてくれ。出せると思うから」
怪訝に睨まれる。
根拠はないものの想像が浮かべば、創造出来る自信があった。能力や料理も創造出来るのだから、鉱石を出せない道理はないはずだ。
「信用出来ねぇな。ミスリルを出してみろ」
「見せてくれ」
二度目の舌打ち後、顎を使って一人のドワーフに鉱石を持って来させた。
「これがミスリルだ」
放り投げられた拳位の鉱石を熟視する。蒼く美しく輝き、炎を映し、電灯の光を反射させる。魅了されたように、巡は生唾を飲み込んだ。
鮮明に思い出せるよう脳裏へ刻み込む。
『絶対記憶』の能力があるので、一度見たものや聞いたものは忘れないが、得てして興奮や感動はいまこの瞬間に、覚えたいものなのだ。
自ら探して入手した訳ではないが。
それはともかく、巡はミスリルを返し、手持ち無沙汰な右手に、さっきのミスリルを思い浮かべた。
蒼い鉱石、重量感が巡の右手に現れた。ドワーフから感嘆の息が漏れたのを視認した。
「あんた、名は?」
巡がニヤリと笑う。
「星月 巡。ランクX《武神》だ」
ドワーフが豪傑に笑った。
「気に入った。おい! 今すぐオリハルコンを持ってこい!」
急いで取りに行ったドワーフを見送っていると、背中を二度叩かれた。
「お前、もしオリハルコンが出せたら最高だぜ。お前と同盟を組んでもいい!」
族長の言葉にざわつく中、族長を見ると、顔に喜色が溢れていた。
「まあ、鍛冶をする者としてこれ以上都合のいいやつはいないしな」
半分冗談で返した。オリハルコンまでほぼ出せるのだから、なにも鍛冶屋に限った話ではない。
言ってしまえば、装飾品や武器等、多数創造して店を開けば、儲けはかなりの額になるだろう。しかし、それは何故か嫌だった。
特出してなにが嫌かは、はっきりとわからないが嫌悪感がある。よって、こうして依頼をこなしているのだ。幸い、巡にとっては弱い魔物を倒すだけで何十、何百万手に入る。それも一回でだ。地球で出来ていたならば、今頃豪遊していた事だろう。
「今のところそうだがまあそう言うなって。ほら、持ってきたぞ」
そう言って渡されたオリハルコンを眺める。
ゴルフボール並の大きさの鉱石は一見して、ただの鉱石。だが、生きているかのように魔力が宿っていた。ミスリルには魔力なんて宿っていなかったのだが……。
そう思い、調べると、オリハルコンは伝説上の鉱石だと思われているのが大半だそうだ。良く伸び、加工しやすく、魔道具や武具にはうってつけで、武器にしたら能力まで付いたりするらしい。
昔、初代勇者が魔王討伐の装備に使用した事で、オリハルコンも伝説上の鉱石として述べられることになった模様。
オリハルコンを返すと、族長はうきうきした様子で、両手で野球の球くらいの丸を作った。
「これくらいのオリハルコン出してくれ!」
倦怠感の後、右手に要望通りのオリハルコンを出して見せた。すると、いつの間にかドワーフが集まっていて、歓声がわいた。静めたくなったが、心地よいこの歓声を、巡は崩したくなかった。
巡は族長と二人で酒を交わしていた。
「オリハルコンを加工出来たら、俺は思い残す事はねぇよ。これも、おま――いや、巡のおかげだ。ありがとな」
時間にして午後三時。エルフの依頼まであと三時間は残っているため、機嫌の良い族長と呑むことにしたのだ。
ここに来る前は、酒は成人してからと考えていたが、ここでは十六から成人らしく、なんの抵抗も無く呑めた。これも神にお願いしたおかげだろうか。
「まあ、仲良くしてくれたらいいさ」
ドワーフや、エルフ等を味方につけておいて、損をすることはないだろう。なにかをするという目標は一切ないが、いざというとき、役に立ってくれるはず。
巡はジョッキに注がれた一杯のビールを一気飲みした。ビールは喉越しだと言うが、なるほど、その通りだ。
「良い飲みっぷりじゃねぇか!もっとのめよ!」
注がれる黄金に輝く飲み物。こんな飲み物より、コガコーラの方が断然美味しいのに、という心と、これも仕方ないことか、という心がせめぎあっていた。
顔を赤くさせ、白い歯を剥き出しに呵々大笑する族長に呆れる。かれこれハイスピードで飲んで、たった二人でビール瓶を五本、日本酒のようなものを三本開けた。しかし、それでも巡は全く酔えずに居た。
「オリハルコンを加工出来たら、俺は思い残す事はねぇよ」
何度聞いただろうか、五回は同じことを言っている。自覚していないらしく、酔った頭では自分が何度言ったか理解できないようだ。
「わかったって。それより、もうそろそろお開きにしよう」
「おまえ、この最高な気分に水を差すんじゃねぇよ。もっと飲もうぜ。吐くまでよ!」
呂律も回っていない状態で、まだのもうとするのだから、呆れを通り越すというものだ。
無詠唱で《スリープ》の魔法を族長にかけると、額をテーブルに打ち付けて眠った。
書き置きしてから族長の家を出る。開放されたと思うと、幾分か足取りは軽やかになった。




