魔闘技祭
「では、チャイムもなったし、授業を終わります。来週は魔闘技祭がありますので、五人で組み、紙に書いて提出してくださいね」
教卓に何枚か紙が重なってる。
魔闘技祭とは、学園の一年生だけで行う祭りだ。一年生の実力を計り、有力な者はスカウトされ、将来は騎士団に入る事が出来るらしい。使い魔は無しの団体戦。Fクラスは三十人。恐らくSクラスは十五人いるかいないか。となると、向こうは三チームか。
Sクラスでふと思い出した。神谷達の事だ。校長が悔しそうに、『すまない。三日の謹慎にしか出来なかった』と言っていた。その三日後に何事もなく学園にやって来ていたのを巡は知っている。
なにはともあれ、今は魔闘技祭に集中しなければ。
「俺と巡は当然だな。組めば最強だろう。ただ、力を隠してるからあまり役にはたてないぞ」
「じゃあなんの為に組むんだよ」
「いいじゃないか」
肩を組んできたレイスを横目に、巡は教室内を一瞥する。
流石に一ヶ月近くになると、グループというのは出来てくるもので、五人組が目立つ。
「じゅ、巡君……」
「……サリーか」
伏せ目のサリーが居た。
「私もチームにいれてほしいんだ……駄目かな?」
召喚から時間が経った。あれからチラチラとこちらを窺っていたのは知っていた。だが、こちらから話すのもなんだ、巻き込むのも悪いと思っていた。特にいじめなんかはなかったが、それでもサリーからは恐怖しかなかっただろう。
巡は二度目の警告をする。
「本当にいいんだな?」
「いいの。いっぱい悩んで考えたから、後悔はないよ。もう怖がらない。だから、虫が良いと思うけど、改めて友達になってください!」
サリーが頭を下げた。巡はレイスに視線を配る。
にやり、と笑った。
「来るものあまり拒まず、去るもの大抵追わず」
サリーが微笑む。
「じゃあ!」
「それに、友達なんて気づけばなってるもんだ。お前は既に友達だったんだよ」
「……えへへ、ありがと。巡くん、レイスさん」
「俺にも敬語はいらないぞ」
「よろしく、レイスくん」
三人になった。あとは二人、クラスは三十人なので、必然的に残っている筈だ。 目を泳がせる。すると、一人が隅に、もう一人が扉の前にいた。
一人ひとりに目を合わせて、手招きする。二人がこちらにやって来た。
「二人はグループをとれてないな? 俺達と組まないか?」
「いいわよ。ありがたいわ」
「なんか癪だが仕方ねぇな」
二人とも女性だった。一人目は茶髪の、肩まであるショート。前髪は瞼くらいで、ヘアピンで右に流している。
もう一人は血のような赤さをもった腰までのロングに、ポニーテール。二人とも少々つり目だ。
「自己紹介だ。俺は星月 巡」
「サリーです」
「レイス・クライスだ」
「ミツ・サバス」
「……ツヴァイだ。ツヴァイ・クリスト」
茶髪がミツ、赤髪がツヴァイ。どちらも少し素っ気ない。ただ、ミツは恥ずかしそうにしてるのに対し、ツヴァイは警戒している。グループだとしても必要以上に話したり、仲良くしなさそうだ、と思った。
早速、誰がリーダーをするか、という話をした。持ち出して数秒、一番強い人がしよう、ということになり、それだったらお前で間違いない、とレイスに指名された。
何故かツヴァイからの視線が痛かったが、多数決で決まったことだと納得させ、紙に記入して先生に手渡した。
「グループの友好を深める体で、食堂に行くか」
巡が提案する。今は昼休憩なので、食堂で昼食を済ませる。そのついでに、一緒に飯を食べるようミツとツヴァイに聞いてみると、ミツからは了承を貰った。ツヴァイからは相当渋られたが、結局言いくるめて連れてくることに成功したので良しとする。
食堂に着き、食堂の中を見遣ると、他の人達も考えることは一緒のようで、五人組が多かった。誰もが魔闘技祭の話題で、熱く会話している。
「お前らなにする? 奢るぞ」
サリーとミツは悪い悪いと遠慮しているが、他の二人は喜んでくれた。サリーとミツにも遠慮はするな、と言ったら、奢られる気になったようだった。
「さて、食べてる途中で悪いが、お前らの武器を教えてくれないか? 俺はなんでも使える」
こういうとき、先に情報を渡すと、なし崩し的に教えてくれることがある。レイスも心得ているようで、答える。
「私は魔法主体で武器はレイピアよ」
「魔法銃二挺だ。お前らが動く間もなく私が風通しをよくしてやるよ」
ツヴァイの目が濁っている。奴隷商で見た瞳、いや、それより深く、それでいて暗い。
「……俺が本気になったら、学園中の人が束になっても勝てない。俺は手加減するぞ。その上で、一回でも攻撃を食らったら降参する」
「お前がいないでも私がぶっ殺してやるよ」
「殺すなよ」
レイスが諭した。巡はツヴァイの舌打ちを聞き、目の前のオムライスを頬張る。レイスもとんかつを口に含んだ。
各々食事を再開させる。
ファンファーレが鳴る。とうとう魔闘技祭が開かれた。
サリー以外の四人で闘技場の観客席にいた。サリーは召喚契約での歌が買われ、始まる前の元気付けという役目で闘技場、戦場で、何らかの歌を披露すると言ったきり、戦場で突っ立っている。まだうたう時ではないようだ。
巡達のグループは二回戦目。相手は同じFクラス。相手は雑魚に変わりはないが、こちらの戦力が如何程か理解出来てない内は油断は捨てるのがいいだろう。
校長の話が終わったようだ。なにか目配せをすると、サリーが真ん中に来て、マイクを受け取り、使い魔を出した。
使い魔がハープを鳴らす。それに合わせ、サリーが歌う。聴くものの心を落ち着かせ、しかし静かに昂らせる。戦場だと知らせる。輝くサリーは正に歌姫だった。
「流石だな」
巡が同意を求めるようにグループを見た。
「ああ」
「凄いわね……」
「あいつ、戦えないんだろ? なら後ろで歌っててもらわねぇとな。気に食わねぇが、この感情の昂りは、賛美するぜ」
各々の反応は上々と言ったところ。特にツヴァイが絶賛するとは思わなかったので驚いた。
歌が終わる。一礼し、小走りで戦場を出ていった。後に残るのは拍手と静かな闘志。満場拍手。いや、ただ一人無表情が居る。リリーだ。どんな関係があるのかはわからないが、これまでを振り返ると、相当嫌悪感を抱いていると分かる。
少しすると、サリーが戻ってきた。
「気持ちよかった!」
「サリー、上手かったぞ。皆絶賛してた」
「本当!? えへへ、嬉しいな……」
はにかんだサリーだったが、すぐに影をつくった。それに思うところはあるが、無理に聞くものじゃない。わかってはいるが、口にせずにはいられない。
「辛いことがあれば言えよ。悩みも聞くぞ」
今はこれくらいが限界か。
「うん、ありがと。でも今は――」
耳障りな音楽。開始の合図。気がつくと一戦目のグループが刃を交え、魔法を撃ち合っていた。一戦目はAクラスのチームとBクラスのチーム。どちらも互角だが、すぐにAチームが勝つだろう、と直感が言っていた。
Bグループの青年に刃が当たる――消えた。
「おい、攻撃を食らったら消えたぞ。あれはなんでだ?」
巡の質問に、飽きれ半分でレイスが答えてくれる。
「あれは『ダメージペンダント』だ。致命傷の攻撃を食らうと、肩代わりしてくれる。その際、否応なく転移させられるんだよ」
「致命傷と言っても、度があるだろ」
Aグループの女性が魔法で一人転移させた。
「そうだな。お前が打たれづよくても、俺の刀による攻撃を食らえば転移する」
「つまり、一発食らえば終わり……か?」
また一人。流石に実力が違う。その上、一人でもやられたら不利だ。Bグループの勝ち目は無いだろう。
「詳しくは知らんが、初級魔法が当たっても転移はしないだろうな。“体に支障がでる程度”じゃないか?」
巡は納得して何度か頷く。
『二戦目のグループは、Fクラス、Cクラスだ。両者準備しろ』
校長の声を聞き、五人で立ち上がる。サリーの、戦いへの不安は拭いきれないが、後ろでサポートさせるしかないだろう。
廊下を歩く。
「サリーは後ろで歌ってサポート。あとは自由に戦え」
光が見えた。一直線に進むと、戦場に着いた。地面は変わらず土で、観客席はフェンスと結界魔法で守られている。セラフィムの魔法でも破れなかったので、かなり頑丈なのだろうと窺える。
『では、これから戦闘を行う』
魔武器を出す。形は刀。ツヴァイは金と銀の二挺拳銃。ミツは細い、折れてしまいそうにしなやかなレイピア。飾りっけはなかった。同時に、サリーは一歩後ろに下がり、魔武器のマイクを口元にやり、レイスは刀を肩に置く。こちらは準備万端。
相手は前衛二人、後衛三人。
『始め!』
巡は後ろにさがる。サリーの護衛にまわった。
サリーの歌を背中に、レイスとツヴァイが先頭に向けて走る。二挺拳銃が太陽に反射すると同時に、飛んだ。明らかに人の脚力ではないので、身体強化の魔法をかけているのだろう。相手も負けじとレイスの刀捌きに対抗。
「《フレイムランス》」
ミツの魔法と相手の魔法がぶつかり、爆発をして相殺。
その間にツヴァイが後衛二人を撃って転移させていて、レイスは一人倒していた。残り一人。
「まて、私に撃たせろ」
唖然とする残りの一人を差し置いて、レイスに向けて言った。レイスは肩を竦めると、さがった。
「はっ! 終わりだぜ。雑魚」
何の躊躇もなくトリガーを引いた。額に向けて。
転移。
『勝者、Fクラス』
歓声がわく。巡は動いていないため、大して喜べないが、ツヴァイは文句無しの戦闘力だ。ミツは残念だが、あまり動けてなかった様子。
サリーの力は実感出来ないが、歌は聴いているだけでも良いものだ。
戦場を出る。廊下でサリーがハイタッチを求めて来たので、応えた。
「ツヴァイは文句無しだ」
「当たり前だっつの。私を誰だと思ってんだ」
言葉に棘はあるが、満更でもなさそうだ。誰だって褒められて悪い気はしない。
「ミツは次回に期待。レイスとツヴァイが動きすぎて活躍は出来なかったな。だが、ミツもFクラスにいるのが疑問に思うよ」
フォローもしておき、笑顔を作って言うと、ミツは唇を尖らせた。
「他の人が強いのよ。ツヴァイとレイスなんてBクラスにいても違和感無いわよ?」
拗ねたようだ。Fクラスで言えば優秀なほど魔力の練り、魔法の密度は良かった。味方が強くて目立たないだけなのだが……。
「ミツの魔法は確かに良かった。煙で目眩ましにもなったし、結果良しだ。それに、動かなかった奴もいるからな」
口元をにやりとさせ、目を細めてこちらを見てきた。四人の視線が集中する。
「なんだ、敵を一瞬で倒してもいいんだぞ。……まあしないけどな。ところで、この大会、一位になれたら奇跡。二位が良いところだな」
「三位までなら次の大会には出られる。三位までには入りたいところだな」
「次の大会なんてあったか?」
巡は疑問を口にした。
巡が聞いてた限りでは、先生は一言も『次の大会がある』とは話していなかったと記憶している。
レイスが溜め息を吐いた。
「本当になにも知らないんだな。この大会は、各学園との戦いへの道だ。三位までのグループは次の大会に出れる」
「次の大会ってどんなのだ?」
「森やら砂漠やらが入り乱れた所で、各学園の生徒グループと戦うんだよ。ダメージペンダントを着けながらな」
初めてレイスに感心した。ミツは知っていたようで、何度か頷いていた。逆にツヴァイとサリーは知らなかったらしい。
「なるほど。帝国と獣国にも学園はあったんだな。まずそこから知らなかった」
「いや、お前はなにを言ってるんだ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。何故かミツとレイスに呆れられている。
「三国だけじゃないぞ? 東には『ジパング』があるし、色々国がある。近くにはここしかないが、遠い所には街や国が結構あるんだよ。ドワーフとかエルフの国もあるんだぞ?」
「え、ツヴァイとサリーも知ってのか?」
「と、当然だろ?」
「私知らなかった……三人ともすごいね!」
ツヴァイもご存知なかったみたいだ。サリーは見事に騙されているが、ここは言わぬが花だと察した。




