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勇者との決闘

 巡は、神谷と対峙していた。それも闘技場の戦場で。

 周りを見れば観客達が思い思いに喋り、叫び、それを一つにして騒音を作り上げていた。

『これより、決闘を開始する』

 観客席の小綺麗にされたスペースで、ワンランク――いや、ツーランク程上の椅子に校長が腰掛けていた。

『決闘では、勝者の言うことは絶対となっている。勝敗は気絶や降参。使い魔はありだ。それに不可死の結界があるため、死にはしないので安心してほしい。では、神谷勇。貴様は何を望む?』

 前の神谷が背を向け、校長に言う。

「多くは望みません! ただ、親友である刃への洗脳を解いてほしいだけです」

 その瞬間、巡に向けられる軽蔑の目と、罵詈雑言。一身に受けながらも、巡は悪態をついた。

『星月巡、貴様は何を望む?』

 こちらに向く、神谷や、神谷組の者と生徒の視線。

「刃とやらを洗脳していないという無実と、これから俺や、俺の友達に近づかないこと」

 こういうのに関わっていると、ろくなことにならないのは巡自身承知している。ここで近づくなと言うと、極力近づけないし、悪いことにはならないはず。

 生徒の罵詈雑言が止む。しかし、まだ神谷組の声はしていた。

 ――神谷、殺しちまえ!

 ――神谷様! 格好いいですわー!

 ――勇ちゃーん! 頑張ってー!

 酷く陳腐な応援だ。三人の女性の声は、静かになった闘技場に良く響く。

 照れ笑いを浮かべ、はにかむ神谷に色めき立つ観客の女性達。巡は呆れて空を見仰いだ。真っ青だ。雲ひとつ無く、汚れもない。

『静まれ。これより決闘を開始する。構え!』

「友達の声援があれば、負けることなんてない! 来て、《エクスかリバー》!」

 そう叫び、取り出すはきらびやかな装飾の施された剣。

『決闘――』

 巡も魔武器を刀にして正眼に構える。

『開始!』

「セラフィム!」

「勇様、お呼びでしょうか?」

 光を発し、姿を現したのは、三対六枚の神々しい純白の翼をもった女性。汚れを知らないような見惚れるほどの美人が、神谷の腕を自らの体に絡ませた。

 どうやら神谷を好いているらしい。どいつもこいつも同じものなんだと感心した。

「あいつを倒すのに手伝って! 僕の親友を洗脳してるんだ!」

 指差してきた神谷に、巡は肩を竦めた。

「私の勇様を傷付けるとは、万死に値しますね」

 わざと“私の”を強調したセラフィムとやら。呆れ返って言葉も出なかった。

「いいから早く来てくれよ。あと、退屈凌ぎにはなってくれよ」

「貴様、熾天使であるこの私と、勇者である勇様になんて口の聞き方を……」

「これは遊びじゃないんだ! 決闘なんだぞ! なにが退屈凌ぎだ! この人殺し!」

「人を殺してはない――」

「なんとそのようなことが!? 悪人に裁きを……!」

 まるで動物と喋っているかのような一方通行さに、巡は黙る事を選んだ。

 動物に失礼だろうか。

 指を曲げて挑発した。

「セラフィム、行くよ!」

「はい、勇様!」

 馬鹿正直に向かってきた神谷をあしらいながら、セラフィムを見遣った。

 白い杖の天辺は赤い宝石があり、その下に女神の上半身と翼が付いている。それを片手に、セラフィムは詠唱している。

 しかし、勇者が弱すぎる。身体能力も微妙で、力も常人よりは格上であるが、やはり巡からすると、貧弱と言う他ない。

 カウンターで胸に軽く掌底を当てた。見事なまでに食らい、セラフィムの元へと吹っ飛んだ。セラフィムが小さく悲鳴を挙げ、詠唱を止めて治癒した。

「なんで治癒した? 詠唱を止めてまでのことか?」

 純粋に気になって問いかけると、セラフィムが凄い剣幕で、「勇様が傷ついたのに攻撃どころではないでしょう!」と叫んだ。

「僕は大丈夫だよ、ありがとう」

「私が裁きますので勇様は休憩していてください。ああ、勇様が頑張っておられるのに……」

 刀を肩に担いで静観していると、野次が飛んできた。早くしろ、とのこと。言う通りにして寝転んでいる神谷と介抱するセラフィムへ近づく。

 そして、セラフィムへと遅く刀を振り下げると、漸く気づいた神谷が、剣で弾いてきた。二人は素早く立ち上がり、構え直した。

「不意打ちなんて卑怯だ! 恥知らず!」

「貴様は根っからの悪人なのだな。遠慮はいらなさそうだ」

 この二人に観客の声は聞こえていないようだ。

 ――神谷! そんな奴と話さなくていいから私が教えた魔法で焼き尽くせ!

 神谷組の赤髪が声援を送ると、神谷は応えるように手を振った。訂正しよう、友達の声以外は聞こえていないようだ。

「セラフィム!」

「はい!」

 そろそろ飽きてきた。強いと思えばそんなことはなく、セラフィムも同レベル。

 向かってきた二人。一瞬で神谷を追い越し、セラフィムを蹴って壁に当てた。神谷が呆然としているので、足払いで転がし、胸を踏んでから刀を突きつける。歓声。

『勝負あり! 星月巡の勝――』

 校長を遮り、背後からセラフィムの怒号がした。神谷組の女性達も興奮してフェンスに魔法を当てている。それに加え、一部の生徒が避難を開始したのが視界に入った。どこからか硝子の割れる音がした。

 セラフィムの武器が変わっている。刀身は青白く、鍔と持ち手は意外にもシンプルになっているものに。距離があるにも関わらず、その場で剣を薙ぐ。悪寒がして、神谷から足を離して横に移動した。

 頬から口にかけてあたたかいものが滴った。まさかと思い、顎に触れると、夥しく血が流れていた。口に血がたまる。

 恐らく、口から奥歯辺りの頬まで裂かれたのだろう。激痛が走る。

「ざまぁみるがいい! 貴様の罪は重いぞ!」

『神谷、勝負は決まっているだろ! おいお前ら! 不可死の結界が割れてる! 今すぐかけ直すぞ!』

 痛みに顔をしかめながらも、なんとか手に魔力を溜め、高速で治っていくようにイメージして裂かれた部分に手を這わせた。徐々に肉が繋がっていくのが分かる。完全に治ると、黒の学生服は血で腹辺りまで濡れており、地面までも赤くしていた。

「いくらなんでもやりすぎ――」

「全力でいきます!《フェザージャッジメント》」

「《プロテクション》」

 セラフィムが濃密な魔力を空にやり、神谷が結界を張った。

 空から純白の羽が無数に落ちてきた。雪のように、神が翼をはためかせ、落ちた羽のように。

 巡は見惚れ、落ちてくる羽を見つめていた。刹那、危険を察知して、自分の周りにバリアーが張られているという想像をした。

 爆発。小規模だが、羽が一枚ずつ起爆しているようで、それら一つ一つが誘爆をしているのだろうと予想をつけた。粉塵爆発に酷似しているとも思った。

 張った結界にひびが入る。焦ること無く、結界の中に結界を張った。次は破られることのないように大量の魔力を注いだ。脱力感。

 始めに張った結界が破られて約三秒。恐ろしいほどの爆発は漸く止んだ。

 砂煙が酷い。

「フェザーは羽、ジャッジメントは判決。爆発は有罪を意味しているのか?」

「なぜ貴様が……!?」

「死んでないって? 神谷がプロテクションとやらをしなかったら、もしくは無詠唱してたなら俺はやられてたかもな」

 二人仲良く驚愕の表情を浮かべていた。

 あの魔法は恐らく神級なので、食らえば危うかった。なので、創造で結界を張ったのだ。

「いい加減もう終わりだ。学園長として貴様を許さないぞ、神谷」

 校長が戦場に転移してきた。両手に高密度の魔力が渦巻いている。

「校長、遅いですよ」

「本当にすまない。不可死の結界を張るのに手間取った」

「学園長、まだ決闘は終わってませんよ!」

「とっくの前に終わっている。貴様は大切な生徒を殺そうとした。王に報告させてもらうぞ」

「ですがその人殺しが――」

「いい加減にしろ!」

 校長の怒声が鳴り響いた。神谷が肩を震わせた。セラフィムを強制的に帰らせ、剣をおさめる。

「あと一歩遅ければ星月が死んでたのかも知れないんだぞ!? それに、星月は殺してないと言っているだろう! 正しい事をしたんだ!」

「でも、僕は殺しなんて認めない! 見殺しだって死神の加担だって同じだ! あいつがやったことは死神を見て我先に逃げた奴より酷いことなんだ!」

 言葉の応酬を経て、校長は肩を落とした。

「まさか勇者がこんなのだなんてな。正直ガッカリだよ。王に然るべき対処をとってもらう。敗者は星月の望んだ事を受け入れろ。わかったな」

 恐ろしい形相で、興奮した神谷に背を向け、こちらにやって来た。

「どうしましょうか」

「どうもこうもない。悪いが、学園長室に来てくれ」

 次の瞬間には場所が変わっていた。落ち着いた事務室のような部屋で、壁に歴代の写真、本棚、テーブルにソファー。床には赤いカーペットが敷かれており、太陽の日差しが部屋を明るくしている。

「遠慮なしに掛けてくれ」

 促され、ソファーに腰掛けると、テーブルに飲み物が置かれた。そして、校長が深く頭を下げる。

「本当に申し訳ない。私がもっと早く止めれば良かったものの」

 頭をあげるように言ってから、巡は更に言った。

「いえ、あれは仕方ないと思いますよ。まさか結界が割れてたなんて思わないでしょうし」

「いや、割られたんだ」

 深刻な表情で続けた。「あの魔法を撃ってた三人だよ」

 頭の中を探り、そして気づいた。刀を突きつけたとき、応援していた三人がこちらに向けて魔法を撃ってた事を。しかし、同時に疑念をもった。

「あの程度の魔法で結界が壊れますかね?」

 そうだ。密度もなく、たかが上級辺りの魔法で結界が割れるのかだ。

「恐らく、三人の魔法が“たまたま”複合したんだ」

「複合?」

「ああ。例えば、水の魔法に雷の魔法が混ざったとする、そこで炎を近づけると爆発をおこす事があるんだ」

 説明しながら右手に水の玉を作って、左手に雷の玉を作った。二つをくっつけ、電気を纏う水の玉が出来上がり、見せつけてきた。

「こんな風に、複合させるんだ。これが結構難しくてな。大抵の人は出来ないぞ」

 消して、校長が話を戻すぞ、と告げ、改めて頭を下げて謝罪した。

「もう良いですよ。それより、あの四人の処罰はどうなるんですか?」

 頭を上げ、ソファーに座って足を組んだ。

「王に掛け合ってみる。なるべく重い罰を与えたいのだが」

 急に黙りこむ校長。怪訝に思っていると、脳内に声が響いた。

『盗聴されてる可能性は否めない。いきなりだが、違和感がない程度に世間話をしながら聞いてくれ』

 初めての感覚に違和感を覚え、焦るが、何度か頷く。

『王は王女であるリリーを溺愛してる。リリーが言えば、四人とも不問にするよう言ってくるかもしれない。そうなれば、私が言える事はない。逆らったら殺されるのは目に見えてる。虫が良すぎるが、そうなっても怒らないでほしい』

 飲み物が美味しいだのと駄弁りながら、その言葉に肯定を表した。

 元々勇者や王女がどうなろうと知ったこっちゃない。処罰が無くても、興味はないから、どうでもいいとさえ思っている。ただ、近づかないように出来たのは大きい。

『君の心が広くて助かる。服は後日新しいのを渡そう。今日は本当にすまなかったな』

 首を横に振った。右手に同じ学生服を創造して、広げる。すると、校長は喫驚した。

「お前は……いや、いい。詮索はしないでおく。一週間後に魔闘技祭が開かれる。頑張ってくれ」

 一礼して校長室を出た。扉の横に、レイスと刃が居た。

「巡、ごめんな。迂闊だった」

「なに、気にするな。あんなのと知り合いのお前は辛いよな」

 腰を曲げた刃の肩を優しく叩いた。頭を上げた刃の顔は、共感者が居てくれた、と書いていた。思わずふき出しそうになるが、なんとか堪える。

「いつもそうなんだよ! 俺が離れても刃、刃って。いつも絡んでくるもんで、女共も嫉妬して怒鳴ってくるんだよ! 離れろ、消えろってさ!」

「まあまあ、長くなりそうなら帰ろう」

 提案したレイスにサムズアップした。


「で、帰ろうとは言ったけどなんで俺の部屋なんだよ」

 レイスが言った。

「まあまあ、いいじゃんかよー。お前らの昔話も聞きたいんだよ」

 と刃が。

「俺のは心底つまらないぞ」

 巡。

 提案したレイスに着いていかなくてはならないことになり、現在部屋で駄弁っていた。

 帰ろうとしても刃が止めてくるのだ。いいからいいから、と。そして、昔話を話す事を強いられた。

「俺はある貴族の息子だった。しかし、魔力が無いからと捨てられた。因みに帝国だ」

 簡潔に完結した。もう言いたくないというオーラが出ている。刃が苦笑いして、巡に聞いてきた。

「珍しい名前とは別に、普通に生きてきたよ。眠たくなるほど面白くもない話さ。苦労も特になく、幸福もない。バイト中に事故の巻き添えで死んでな。神に力をもらって転生した」

「ちょっとまて。お前いまなんて言った?」

 もう一度、一行一句間違えないようにレイスに語ると、手をテーブルに叩きつけた。

「死んだ!? え、お前幽霊?」

 いつも冷静なレイスが珍しく取り乱した。否定すると、便乗したように刃も話す。

「俺もこの世界の人間じゃない。神谷の勇者召喚に巻き込まれたんだ。覚醒の泉かなにかで力をもらった」

 レイスの視線が右往左往する。

 面倒ではあったが、一からレイスに説明すると納得して、「もうお前では驚かないようにする」と悟ったらしく、妙な表情をしていた。その顔が笑いを誘い、刃と笑い合った。

駆け足で執筆致しました。

お待たせして申し訳御座いません。

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