2話
そこは穏やかな風が吹いていた。しかし縦風なので考慮する必要なしだ、ということに変わりない。5月半ばであるのに、額にはうっすらと光るものがある。しかし彼は微動だにしない。まるで彼自身がもとから存在していた石の如く。スコープは彼の目へと遥か先の獲物の姿を映していた。
彼は軽く息を吐き、少し多めに吸い込んだ。吸い込んだ息が肺の中でとぐろを巻く感覚があった。二酸化炭素と酸素が交換されるのを確認し、肺の中のものを極僅かに吐き始めた。3割ほど吐くと息を止め、視界がクリアにし、僅かな震えを止める様に体に命令した。
その命令全てが実行され、レティクルをターゲットに重ねた。ヒューマンターゲットは恐ろしくクリアに見えた。
何も考えず、じわじわと指に力を込める。その行為が何年も前から当たり前に起こる事柄の様に。
乾いた銃声が辺りに響いた。伏せた体は反動を受け流しつつ、彼の脳からの命令を拒絶したが如く静止した。
M700から撃ち出された7.62mmは、見事な放物線を描きつつ800m先の獲物の真ん中に吸い込まれた。
「……適当に撃てばこんなもの、か…」
不満気味に呟き、ポールはコッキングした。