第九十八話:相愛
俺は瑶子先輩が誰よりも好きだ。
俺は千歳が誰よりも大切だ。
“好き”と“大切”が違うのだと気付いたのは、いつだったろうか。
静かな生徒会室。生徒会メンバー全員が帰宅した後に、一人ポツンと残るのが好きだった。落ち着くのだ、この世界に自分一人しかいないような気がして。とても安心した。以前それを逢坂に話したら、神林らしい、と言われた。自分らしい、というのがどういうことかよく分からないけれど、逢坂の言葉にひどく共感してしまったのを覚えている。
「……神林君?」
いつものように、一人生徒会室に残ってボーッとしていると誰かが扉を開けた。誰かは直ぐに分かる。瑶子先輩だ。
「瑶子先輩、どうしたんスか? こんな時間まで」
「うん、先生に呼ばれてたから。それよりも神林君よ。いつも最後までいるでしょ?」
「そう、でもないですよ。時々逢坂と帰るし」
「じゃあ逢坂君と帰らない時はずっと残ってるのね」
何処か寂しげな横顔にドキリとする。耳に掛かった髪がサラリと落ちて、先輩が一層大人っぽく見せた。
「……神林君、あのね、この前の話、本当に冗談じゃないのよ?」
瑶子先輩は俺の顔を見ないで、ジッと足元を睨み付けて話す。僅かに手が震えているように見える。ああ、俺は愛しい人になんて惨い事を言わせているのか。
「私、本当に神林君のことがすきなのよ?」
「……はい、知ってます」
「そ、う。返事、聞いていいのかな」
沈黙が流れる。本当に、本当に俺だって瑶子先輩のことが好きだ。だけど、だけど千歳は裏切れない。
「先輩のこと、俺も好きです。ずっと前から」
その言葉に反応して、瑶子先輩はゆっくり顔をこちらに向ける。顔はほんのり紅い。
「……でも、俺にはやらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと?」
「はい、アイツの心を守らなきゃならない」
「アイツ?」
「……待ってて、貰えませんか?」
瑶子先輩の目は不安でいっぱいだ。見ていて分かる。でも伝えて、理解して、そして受け止めて貰わなければ。
「約束を果たすまで俺は、貴女を抱き締めることは出来ない」
我が儘で冷たい言い訳だと思う。先輩が俺を振っても仕方無いだろう。
「よく分からないけど、でも私、待つ。どうしようもないの、この気持ち」
うっすらと涙が浮かぶ目が、ニコリと笑う。強いな、この人は。
「ありがとう、ございます」
「敬語は止めましょ、よそよそしいじゃない」
「確かに」
安堵して気を抜いていると、瑶子先輩はボスっと俺の背中に抱き付いて来た。
「え、あの」
「神林君が出来ないなら、私がする」
「……瑶子先輩」
「椿君、って呼んでもいい?」
「うん」
背中にじんわりと温まる。
ああ、愛しいよ、先輩。