第九十五話:欠席
私は椿が好きだ。
この気持ちに恋愛感情なんて微塵も無いと思っていたけど甘かった。本当は誰よりも、椿のことが好きだった。この気持ちは多分椿ももう知っているだろう。それでいい。叶わない告白なんて、自分の口からしたくないから。
「千歳殿」
松波がいつものようにボーッと佇んでいる千歳の背後から声を掛けた。千歳はゆっくり顔を向ける。
「何?」
「学校はいいのかな? 随分と行っていないようだ」
千歳は黙って少し考える。何日学校をサボっているのか、指を折りながら数え始めた。そして溜め息をつく。
「……いいのよ、ここまで休んだらもう行かなくても」
「しかし出席日数があるとか」
「何か意外。松波、学校の制度に詳しいのね」
千歳はクスクスと笑った。しかし松波の表情は硬かった。千歳はそれを見て、直ぐに笑いを止めた。
「本当は怖いだけなの。廊下を歩いていて、椿と瑶子さんが仲良く話しているのを見たらどうしようって。臆病なの、私」
千歳の表情は不思議と以前より穏やかになった。自分の弱さを認めたからだろうか。
「皆同じだ」
「松波も?」
千歳はキョロリと目を動かす。松波は優しく微笑んだ。
「勿論」
「……それでも松波は学校に行くでしょう? 私は行かない、行けない」
「千歳殿、怖い怖いじゃ何も始まらない」
「うん」
甘えているだけ、甘やかしているだけだということは千歳も松波もよく分かっていた。ただ千歳の手を引いて、屋敷の外に連れ出してくれる者がいないのだ。椿はここにはいない。
「……明日は、行く」
「?」
「甘え癖がついてるわ、私。駄目、明日は行く」
「ああ」
「ごめん、松波」
千歳はぎこちなく笑い掛けて、スッと立ち上がった。松波は何も言わなかった。ただ千歳が去るのを見ているだけだ。
「千歳殿、謝らなければならないのはこっちの方だ」
松波の低い声が風に伴って響いた。