第九十四話:充分
久し振りに見たあの子は随分と男の子っぽくなっていて、思わず困惑してしまった。薄茶色の髪の毛をクシャクシャっとして頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑う姿は変わらないのに。
「環和お姉ちゃん!」
「なあに? 馨ちゃん」
コロコロと変わる表情が愛くるしい。千歳ちゃんもそうだが、昔から私達は彼を甘やかす傾向にある。
「あのさ、千歳ちゃんの力になりたいんだよね、オレ」
「私もよ?」
「うん、オレは何が出来るんだろう。外国で色んな知識も得たし、フェンシングも習ったよ。勿論、体術も! だけど日本で、千歳ちゃんの側で何をするべきなのか分かんないんだ」
充分なのではないか、と本人には悪いが、思ってしまう。彼が本心から千歳ちゃんのことを愛しているのか、それを計りかねるからだ。多分、馨ちゃん本人もそうだろう。
「馨ちゃん、馨ちゃんはもう充分千歳ちゃんの力になってると思うわよ」
「そうかなぁ」
「少し過剰な位ね」
「……うん」
言ってはいけない、そう思うけれど、反対に言わなくてはならないとも感じる。限界があるのだ、そう教えてあげないと彼は深く傷付いてしまう。
「馨ちゃん、いつまで自分を偽るつもりなの?」
私の質問に、馨ちゃんは一瞬すごく驚いた顔をした。そして彼には全然似合わない、哀しそうな笑顔を見せた。
「千歳ちゃんがね、幸せになるまでだよ。オレ、それ以外本当に要らないんだ」
「馨ちゃんの幸せは?」
「それがオレの幸せ。環和お姉ちゃんだって知ってるでしょ?」
そうね、と私は呟いた。知っている、彼の決心だとかそういうモノは昔からよく知っている。だから余計に切なくて、甘やかしたくなった。
「早く千歳ちゃんが幸せになるといいわね」
「うん! オレが帰ったからには大丈夫! 絶対千歳ちゃんを不幸になんかさせないんだから」
私は再び可愛い馨ちゃんの頭を撫でた。前より背の伸びた彼は、私が思っているよりずっと大人になっていたようだ。