第九十一話:写真
青柳草人は兄である薬史の部屋の前で立ち止まっていた。中に入ればいいものの、なかなか踏ん切りがつかないのだ。かれこれ五分経っている。
「草人、いい加減入って来たらどうだ? こちらも飽き飽きしてしまうぞ」
「気付いていたんだ」
草人は少し焦りを見せながら、ゆっくりと部屋の中に入った。薬史は弟の様子を見て、ニヤリと笑う。
「何かやましいことでもあるのだろ?」
「え? いや、別に」
「それにしては驚き方が大袈裟だな」
草人はぐっと口をつぐんだ。薬史は古い冊子をパラパラめくりながら話を続ける。
「春日井サンのこと、だろう?」
「……雅ちゃんを青柳に連れてきたい」
薬史はチロリと弟を見る。
「無理だな。そもそも君は存在自体、秘密なんだ。余り自由に動いて貰っては困るんだよ」
「もう花水木は知っているよ。それに鶯だって。この前、凩が言ったんだろう?」
「それもそうだが。凩は本当に余計なことをした」
薬史は溜め息をつきながら額を押さえた。草人は机を挟んで、兄の前に座る。
「俺はそれでいいと思っているよ。俺が改造されたなんて、誰も分かりやしない」
「春日井サンは気付いているよ、きっと。君と仲が良かった」
「……俺は、覚えてない」
「それにしてはやけに入れ込むんだね」
草人は俯き、唇を噛んだ。薬史はその様子を鼻で笑い、再び冊子に目を落とした。
「写真を見たから」
「写真? ああ、鶯の屋敷に行った時の奴か」
「俺、笑ってたんだよ」
「今でも笑うだろう?」
薬史は馬鹿にしたように言った。草人は頭を横に振る。
「……心から、そう言ったら兄貴に馬鹿にされると思うけどね」
「馬鹿だな。昔の君も、今と同じように笑っていたよ」
「そう、かな」
「下らない。そんなことを考える暇があるなら、他のことに時間を費やして貰いたいね。君にはやるべきことが沢山ある筈だ」
草人は返事をしなかった。そして素早く立ち上がり、部屋を出て行った。薬史ははあ、と溜め息を吐いた。