第八十九話:帰国
私は久し振りに学校を休んで、ボーッと庭を眺めていた。今日の庭は何処か落ち着きがない。しかしそれを特に気に留めることはしなかった。どれ程の時間が経ったのだろうか。私が座っている隣を嫌な顔をしながら通る母親を見たのは、何時間前か。するとドタドタと足音が近付いて来るのに気が付いた。
「千歳ちゃんッ!!」
声の主の顔を確認して、私は開いた口が塞がらなかった。普段は絶対にいないような人物が屋敷に居るのだ。後に続いて松波も来る。
「千歳ちゃん、元気だった? オレ、すっごく心配で」
声の主の名前は煙谷馨。煙谷家も花水木家の分家である。馨君は花水木家でも珍しいことなのだが、海外留学していた。
「馨君……いつ帰って来たの?」
「昨日の夜だよ!本当は昨日の内に帰りたかったんだけど、千歳ちゃんに迷惑掛けられないから」
「そっか。おかえり」
私は馨君の頭を撫でてやる。彼は私の二つ下で、ずっと姉弟のように接して来た。馨君はくすぐったそうに笑う。彼と居ると癒される気がする。
「千歳ちゃん、千歳ちゃん。一緒に散歩しない? 話したいことがたくさんあるんだ」
「いいよ」
「二人は本当に仲が良いな」
今までずっと黙っていた松波が口を開いた。その表情は穏やかだ。
「うん!」
私も頷く。暗い気持ちが、ほんの少し明るくなった気がする。それを見ている松波は嬉しそうに微笑み、後でと言い、その場を離れた。
「千歳ちゃん、オレがいない間、元気だった? 悲しい思い、しなかった?」
馨君は何処か幼くて、普通人が聞けないようなことを正直に聞く。気を遣われていないことに感謝しながらも返答に困ってしまう。
「うーん……色々とあったけど、でも大丈夫」
「本当? 無理してない? 千歳ちゃんはいつも我慢するからいけないよ」
「……そうね。馨君の言う通りだわ」
馨君はニコ、と笑う。散歩と言っても、屋敷の回りを歩くだけだ。しかしこれは小さい頃からの習慣だった。二人で話をする時はいつも“散歩”したのだ。
「馨君、もう外国には行かないの?」
「行かないよ。楽しかったけど、千歳ちゃんの側を離れるのは嫌だからさ」
「ほんと、お世辞が上手くなったわね」
意地悪くそう言うと、彼は口を尖らせて、そんなんじゃないよ、と言った。癖のある髪の毛をいじるのは彼の癖だ。
「他に誰かに会う? 兄さんとか、羅水とか環和ちゃんとか……あと椿」
「辰爾さんには挨拶して来たよ。前より元気そうで安心した」
確かに兄さんは前より身体が強くなった気がする。久し振りに会った馨君がそう言うのだ、本当なのだろう。
「椿には会いたくないけど、でもオレが成長したのを見せつけてやらないといけないから、会うつもり。千歳ちゃんも行く?」
「いいや、学校で会うし」
「そっか」
馨君はそう言って、私の手を引いた。私は少しためらいながらもそれについて行った。