第八十七話:凩
鶯家に青柳からの使者が来た。青柳の中でも特に信頼を集めている、凩という男だ。話し合いには春日井雅も立ち会った。勿論、灯としてだ。
「今回は本当に災難でしたね。お身体の方はもう快復なされましたか?」
凩の話し方はどうもやらしく聞こえる。僅かに笑みを含んだ表情が原因の一つだろう。ボサボサとした髪を一つに束ねている朱雀はぶっきらぼうに言う。
「ぼちぼちだ。それよりも俺ァ、お宅を疑っているんだがね」
「それは心外だ。青柳が朱雀さんを襲う理由なんてありますか?」
「白々しいこったな」
「鶯家の当主さまは本当に正直でいらっしゃる」
凩の厭味に、朱雀は心底嫌な顔をした。それを見て、凩は面白そうにニヤニヤ笑う。
「で?今日は何の御用かな。これでも俺は怪我人でね、なかなか体調がよろしく無い。手短に済まして頂きたいな」
カラリと扉を開ける音がして、お茶を持って来た灯の一人からお盆を受け取る。お茶と和菓子を二人の前に並べた。凩は慇懃無礼に挨拶する。
「貴方は春日井雅さんですね。いつも草人お坊ちゃまがお世話になっています」
「……そんなこと、ありません」
「そうなのですか?」
「雅は関係ねェだろ。さっさと用件を言え」
ムスッとした表情で朱雀は凩を見た。雅は少しホッとする。まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのだ。平静を装っていたが、内心とても同様していた。それを朱雀も気付いていたのだろう。
「ああ、そうですね、すみません。お話というのは、鶯家のご息女の雛子さまについてなのです」
「……青柳ってのは、本当に生けすかねえな」
「褒め言葉ですね」
朱雀はケッと悪態をついた。凩は相変わらずニコニコしている。
「鶯雛子がどうした」
「いえね、昨日青柳の屋敷から脱走されまして。何か知りませんか?」
「ほお、あれは雛子が自ら逃げた、とそう言いたい訳だな。お前達がわざとやらかしたことじゃねェのか?」
朱雀は顎を掻きながら、凩の方をチラリと見る。凩本人は全く表情が変わらない。雅はそれに少し恐怖を感じた。
「違いますよ。こっちは彼女を使って交渉しようと考えていたんです、みすみす手放す訳ないでしょう」
「じゃあ、お前達はどいつの仕業だと踏んでるんだ?」
凩は不敵にニヤリとした。
「貴方達、鶯家ですよ」