第八十五話:声
ねえ、椿。
やっぱり私、椿とずっと一緒にいたいよ。せめて私が死ぬまでは。
だけど、約束は果たさなきゃね。それぐらいの道理はわきまえてる。
「ねえ、椿」
私は学校で椿に話し掛ける。わざわざ彼の教室にまで行って。私の笑顔が不自然だったのか、椿の表情は硬い。
「……珍しいな」
学校に居て、私から椿に会いに行くことなんて滅多に無かった。しかし今日は特別だ。
「うん、ちょっと大切な話があって、ね」
「場所、変えるか?」
「そうね」
敢えて学校を選んだのにも、ちゃんと理由がある。家じゃ無理だ。自分を保てない。強がりな花水木千歳でいられなくなる。それではいけない。椿を困らせちゃ、いけないんだ。
二人して、屋上のフェンスに寄り掛かった。ギシッという音がする。
「で?何の話なんだ?」
「……うん、あのさ」
「あ、どうせまたくだらない話だろ」
くだらない、と言われ思わずムッとしてしまう。しかしこれが椿なりのフォローだとも知っている。
「くだらないけど大事な話よ」
「……」
沈黙が流れる。早く、早く口に出してしまわないと。私の決心が揺らいでしまう、揺らいでいる。
「……さよなら、しよう?」
「何で疑問形なんだよ」
「じゃあ“さよならしましょ”。もう駄目なの」
自分の声が思っていたより震えていないことに驚く。いつの間に、私はこんなに演技が上手になったのか。でも椿にはお見通しなんだろうけど。
「椿も駄目にしちゃうから、私」
「お前、千歳は本当にそれでいいのか?」
「うん」
「……そうか」
再び沈黙が訪れる。駄目だ、泣きそうになる。覚悟はしていた、ずっと昔から。椿はスッと私の横を通り、屋上から姿を消した。力が抜けた。
「……つばき」
もう私の声は届かないのか。