第八十四話:妄信
遊良は花水木家の庭をブラブラしていた。相変わらずこの屋敷に俺の居場所は無い。自分が忌児派に一線を引かれているということは最初から覚悟の上だった。これも仁科の役割だ、仕方無い。
「遊良」
背後から次期当主、花水木辰爾の声がした。しかし遊良は振り返ろうとしない。
「また、母さんに呼ばれたのか?」
「ああ、そうだ」
「ご苦労なことだね」
「本当に」
遊良は同い年の辰爾のことがずっと昔から嫌いだった。辰爾も千歳の一件があってから、遊良をあまり良く思えない。詰まるところ、二人は仲が悪いのだ。
「千歳は今、相当まいっててね。出来ればそっとしておいて欲しいんだが」
「知ったことか。俺は俺の仕事をするだけだ」
「……お前は何故そこまで仁科に尽くせる?」
「それならば俺も聞こう。何故君はそこまで忌児にこだわるんだ」
辰爾は少し驚きの表情を見せた。背を向けている遊良もそれに気付いている。
「千歳は忌児である前に、私の妹だからだよ」
「……君らしい答え過ぎて吐き気がする」
辰爾は苦笑した。すると、いきなり遊良は振り返った。彼の碧い眼には強い光が込められている。
「俺は、認められなければならない。分かるだろう?そのためならば、俺は何だって出来る」
「……汚れ役でも、か」
「何を今更。この家で、手の汚れていない奴など一人も居ない」
辰爾は目を閉じる。確かにそうなのかもしれない、けれどそう思いたくなかった。頭の何処かで分かっているのに、それを一生懸命否定している自分がいる。
「何故、そこまでして認められなければならない?」
辰爾がそう言うと、遊良の表情が一気に変わった。嫌悪の色が顕になる。
「だから俺は君が嫌いなんだ」
俺はいつも母親が一人泣いていたことを知っている。格式高い家だ、外国人である俺の母親をそう易々と受け入れる筈が無い。結婚を無理強いしたせいか、父親も妹二人に頭が上がらなかった。何しろ妹の一人は本家の嫁になったのだから。葉月叔母様は俺の碧い眼を疎んだ。彼女は俺の目の前で母親に言ったのだ。
『恥知らずが。貴女は仁科の汚点よ』
ずっと我慢してきた限界が来たのか、初めて母親が俺の前で泣いた。その時俺は誓ったんだ。認められなければならない、母親の為にも。仁科の一員として、やるべきことは何でも。だから俺は全てやって来た。例え独りになったとしても、俺は認められれば良い。母親が死んでから、それはただの妄信のようになった。けれど、もう引き下がれない。俺は認められるんだ。自分自身の為に。