第八十三話:兄貴分
「ハァ」
静寂に包まれる室内では、先程から羅水の溜め息しか聞こえない。頭を抱える羅水の向かいには霧緒の姿があった。
「なんやねん、さっきから溜め息ばっかやんか」
「……誰のせいだと思っている」
「分からんなー」
霧緒はうそぶいた。羅水はギロッと睨む。
「で? 僕に話って何だよ」
「あれ? 満湖ちゃんに聞いてへんの?」
「聞いてない」
「ふーん、珍し」
ニヤニヤと笑う霧緒に対して、羅水はずっと苛々している。それを知りながら、霧緒は笑っているのだ。
「鶯雛子のこと、調べとるんよ」
「……藤馬さまの指示か?」
「勿論! そうやなかったら、鶯なんて面倒なもんに手ェ出さへんわ」
「どうしていきなり?」
「藤馬さんも、よっぽど息子が可愛いらしいで。あと娘も、な」
羅水は怪訝な顔をした。彼は千歳贔屓だが、ここで名前が挙がるとは思っていなかったのだ。
「分からへん? 藤馬さん、千歳ちゃんのこと、理解し始めとるんやで」
「そう、なのか? 僕は滅多に藤馬さまに会えないから分からないが、それならどれだけ千歳さまの救いになるか」
羅水の表情が少し柔らかくなったのを、霧緒は見逃さなかった。弟分が以前より丸くなったのを嬉しく思った。霧緒は古堤の惨劇の身近に居た一人だからだ。
「千歳ちゃんはそんなに酷いん?」
「最近、遊良さまがいらっしゃってな。先日も学校で取り乱された」
「へえ、仁科の坊主が。アイツは厄介やな〜」
「普段は感情を抑えられる千歳さまが、それを出来なかった。余程のトラウマなのだろう」
「あの坊主、小生意気やもんなあ」
「そんな可愛いものではないさ」
ふう、と羅水は溜め息をついた。羅水にとっても、遊良はトラウマであるのだ。自分の考えなしの一言のせいで千歳は大きく傷付いた。
「あ、そやそや。ほんで本題な!春日井雅に会いたいんや」
「……春日井さまに?」
「そや。出来れば鶯朱雀に話を聞きたいんやけどな、まあ不可能やし」
「春日井さまも無理だろう。彼女も立派な灯だ」
「俺のお得意、使うつもりやねん」
羅水は何か言おうと口を開けたが、少し考えて口を閉じた。何も言わず、ジロリと霧緒を見る。
「あ、こんのクソ真面目が葛藤してはる」
「……それ以外に方法はないのか?」
「あるっちゃ、あるな。俺を誰やと思おとるねん」
霧緒は若い女の子のように口を尖らせた。それを見て、羅水は苦い顔をする。
「やはり駄目だ。その力を使うことは許可出来ない」
「やっぱりなあ、分かっとったよ。しゃあないな、ややこい方法採らしてもらうわ」
霧緒は困ったような笑顔を見せた。羅水は複雑な顔をしながら、ああ、と頷いた。
「羅水、いいか、あんまり千歳ちゃんを甘やかしたらいかんで」
兄貴分の忠告に反応しながらも、羅水は何か言うことは無かった。




