第七十七話:感情的
目が覚めると、私は自分の部屋で寝ていた。記憶は教室で椿と話していて、自分で自分を抑えられなくなったところで終わっている。あれから私はどうしたんだろう?なんで私はあんなに感情的になってしまったんだろう?不思議なことばかりだ。確かなことは、多くの人に迷惑を掛けてしまったということだけだ。
「千歳」
コンコンと扉が叩かれてから顔を覗かせたのは兄だった。兄さんが私の部屋に来るのは珍しい。よく母さんが許したものだ。いや、黙って来たのかもしれない。
「気分はどうだい?」
「……うん、大丈夫」
ゆっくり身体を起こそうとすると、兄さんは私を支えてくれた。これでは今までと立場がまるで逆だ。
「椿も心配していたよ。千歳が起きるまで待つと言っていたんだが、疲れているようだったし帰って貰ったよ」
「うん、ありがとう」
「千歳も疲れてたんだね。皆驚いていたよ。千歳が珍しく感情的だから」
兄さんは優しく微笑んだ。この人はいつから、こんなに強くなったのだろう。少し前までは、儚げで病弱な人だったのに。
「私、あれからどうしたの?」
どうしても気になったことを尋ねる。兄さんはちょっと困った顔になった。
「泣き出した、そうだ。色々と言いながらね。困った椿は羅水を呼んだ。それで羅水がお前を眠らせてくれたんだ」
そう、と呟く。羅水にも迷惑掛けたのか、とまた暗くなる。兄さんは私の頭を撫でた。突然のことで、思わずビクリとしてしまう。
「今日はゆっくり休みなさい」
「……兄さん」
「何だい?」
兄さんの優しい目が私を見る。私は布団で顔の半分を隠した。
「何でもない」
甘えてみたかったのかもしれない。私を甘やかすのは松波担当だが、とにかく私は誰でもいいから甘えたかった。“大丈夫”だと言って貰いたかった。
兄さんが部屋を出て行くと、次は羅水が現われた。羅水は気のせいか、少し気まずそうな顔をしている。私は再び身体を起こす。
「羅水、ごめんね。またお世話になっちゃった」
「いえ、僕は反省してるんです。この前僕が千歳さまに変なことを言ってしまったから、千歳さまが混乱してしまったんじゃないかと」
私は焦った。そして違うと、首を大きく振った。確かに羅水の話した内容は影響しているだろう。しかしそれが完全なる理由ではないのだ。
「そんなこと、無いわ。多分、兄さんの言う通り疲れてただけなのかもしれない。あんなこと椿に言うつもり、無かったのに」
「……千歳さまは隠すのがお上手ですもんね?」
羅水は苦笑いして私を見た。羅水は私が幼い頃から、いつも側に居た。私の気持ちが自然と伝わってしまっているのかもしれない。
「上手だったら、皆にこんな心配掛けてないわ」
「それでは隠すのを止めなさい。貴女は我慢するから、一気に吹き出すのです。少しずつ、少しずつ僕達に苦しみを分けてくれればいい」
私は苦々しく、しかし何処か吹っ切れた顔で微笑んだ。私にそれは出来ないのだ。出来ないように教育されたのだ。
「……千歳さま」
「ありがと、羅水」
スッと立ち上がると、私は窓の方へ行き、外を眺めた。羅水は暫くその姿を見ていたが、何かを諦めてその場を去った。私は羅水に背を向けながら、ひたすら彼に謝ることしか出来なかった。