第七十五話:方言
満湖はブスッとした表情で片肘を付いていた。彼女の向かいにはヘラヘラとした霧緒が居る。二人はカフェに居た。古堤らしくなく。
「何の用? こんな所に呼び出して!」
「いややわぁ、満湖ちゃん! 男が女の子を呼び出すゆうたら、デェトしか有り得へんやんか」
デート、とやたら強調する言い方に、満湖はますます不機嫌になった。霧緒は気にする様子はない。
「まあ冗談はそこまでにしといて……実は羅水坊っちゃんに聞かれたくなくてな」
「……貴方のそういう所が嫌い」
「ええ男やろ?」
霧緒はニコリと笑う。満湖は彼がわざと関西弁で話していることを知っていた。大切な話をする時は大体いつも標準語なのだ。茶化す時、相手を油断させる時は関西弁になる。
「変な関西弁!」
これも満湖が霧緒を好きになれない理由の一つだった。
「そう言うたりなや」
霧緒は口を尖らせる。しかし直ぐに笑顔に戻った。本人も満湖の態度の理由をよく理解しているからだ。
「で? 何の話なの?」
霧緒の表情に一気に真剣味が帯びる。ピリッとした緊張が走った。
「先日、鶯雛子を見掛けたという話を聞いたんだが、それは本当なのか?」
「……千歳さまの御友人の春日井雅が見た、と調べがついているわ」
霧緒は少し驚いた顔をして、満湖を見ていた。
「何?」
「いや、満湖ちゃんも変わったんだな。千歳ちゃんと仲良くなったか?」
霧緒は優しい目をしていた。満湖はからかわれたようで気に触り、少しムキになった。
「さっさと続きを教えてよ!」
「はいはい」
霧緒はニヤニヤしながら、頼んだコーヒーに口を付けた。ふんわりとコーヒーの薫りが漂う。
「藤馬さんに雛子を調べろと頼まれてな、その灯には会えないかな?」
「会っても何も話さないと思うわ」
「それを話させるのが俺の仕事、だろ?」
「そうだけど……」
珍しく満湖が渋った。霧緒は不思議そうに満湖を見ている。
「春日井さまに勝手に手を出したら、羅水さまに怒られるもの」
「ああそういうことか。相変わらず羅水坊っちゃんは千歳ちゃんに過保護だなあ」
「嫌になる程ね。千歳さまの周りは皆そうなのよ」
「満湖ちゃん、嫉妬しとるん?」
「ちっ、違うわよ馬鹿!」
満湖が妙に焦るので、霧緒はケラケラ笑った。怒った満湖はプイと身体を窓の方へ向けて、頼んだグレープフルーツジュースを飲んだ。
「羅水坊っちゃんに話を通すってのは面倒だな。アイツ、頑固だから」
霧緒はハァ、と溜め息をついた。立場上では古堤頭目である羅水の方が上なのだが、霧緒は羅水の元先輩だ。霧緒は特殊な古堤で、羅水が頭目になる前に花水木家を離れてしまった。
「ねえ、どうして藤馬さまは鶯雛子のことを知りたいの?」
「何か引っ掛かるらしい」
「へえ……でも藤馬さまから動くなんて珍しいのね」
昔から見て来て、妹のように思っていた満湖が以前に比べて鋭くなったことを霧緒は思わず感心してしまった。
「だな。藤馬さんも鶯が担ぎ出されてきたから、黙ってはいられないんだろう」
ガタリと霧緒は席を立つ。満湖はそれを上目遣いで見ながら、ストローをくわえている。
「ほな、また羅水坊っちゃんの所で会おうな」
ニコリと笑って、霧緒は伝票を掴みその場を去った。満湖はその姿を見ているだけで、後を追うことは無かった。