第七十三話:微妙
久し振りに雅と会う約束をした。雅が灯になってから初めてのことだ。羅水に頼み込んで実現して貰った。私には情報収集という、少し気が重い理由もあったが、何よりも彼女が落ち込んでいないかが心配だったのだ。待ち合わせ場所は学校の裏庭、私達の秘密の場所だ。
千歳が裏庭に着くと、そこには既に人影があった。雅だ。質素な服装をした雅は、どことなく以前とは違う雰囲気を纏っていた。
「雅、待たせちゃった?」
千歳は後ろから声を掛けた。すると雅は振り返り、力無く笑った。憔悴しているのは明らかだ。
「ううん、大丈夫」
「……朱雀さんの具合はどう?」
「意識は戻ったの。ただまだ良くない」
雅は下を向きながら、小さな声で言った。千歳はその姿を見て、胸が苦しくなった。
「刺された場所が、余り良くなかったの」
鶯朱雀は先日、何者かによって襲われた。彼は腹部を刺されたのだった。その時、灯である雅は側に居なかった。本来、灯というものは武器を持たない。つまり戦うことはしないのだ。だからその場に雅が居たとしても、結果は変わらなかったかもしれない。もしかしたら雅まで怪我をして、被害が大きくなってしまったかもしれないのだ。しかしそういうことではなかった。灯として、例え役に立たなくても、雅は朱雀と共に居るべきだった。それは雅自身も後悔する程よく分かっている。
「雛子さんは? 青柳の人質にされていると聞いたのに……」
「初めて会ったのだけど、何処かおかしかった」
「おかしい?」
「そう。人形みたいなのよ」
雅は腕を押さえる。思い出したら、思わず身震いしてしまったのだ。
「それに、気になることを言ってたわ」
「どんな?」
千歳がそう聞くと、雅は苦笑した。千歳もそれに気付いて、ごめん、と謝った。
「悪いけど秘密厳守なの。ごめんね」
「ううん」
「何かやりにくいわね」
雅は困ったように笑う。千歳も苦笑した。幾ら親友であっても、彼女達は敵同士なのだ。どこかではお互いを探り合っている。
「じゃあ……私はもう行くね。衣砂さんを待たせてあるし」
「うん、また今度」
「また今度」
二人は“今度”と言いながら、今度とはいつなのか全く見当がつかないでいる。次に二人が顔を合わせるのは戦場かもしれないのだ。
覚悟が出来た。私は武器を持つ。朱雀さまに重傷を負わせたのはこの私、償いきれない罪だ。幾ら後悔しても後悔しきれない。私は武器を持つ。もう誰も傷付かせない。