第七十二話:襲撃
誰かを呼びに行かなければならない、と思った。朱雀さまがいつになく動揺していたからだけじゃない。何より雛子さまの様子が変だった。何処か人間離れしたような奇妙さに思わず鳥肌が立つ。私の力じゃ、どうにもならない。衣砂さんでも誰でもいい、もっと力のある人を呼んで来なければ。同時に脳裏に浮かんだのは、雛子さまの言葉。“ザクが殺した”その時は気付かなかったが、冷静になればすぐ分かる。ザクとは朱雀さまのことだ。朱雀さまが雛子さまを殺した?もう何がなんだか、もう訳が分からない。
千歳が学校から帰ると、屋敷内がザワザワと騒がしかった。そのまま千歳、椿、松波は辰爾の部屋へ呼ばれた。
「……大変なことが起こった」
辰爾は怒りを含んだ声で言った。普段よりも低い声だ。表情も険しい。
「鶯朱雀が襲われた」
「何だって!?」
「まさか……青柳に?」
辰爾からの返事は無かった。その時、羅水が室内に入って来た。
「失礼します」
「ああ、羅水、ご苦労だったね」
「いえ。では報告します」
「頼む」
一気に室内は静まり返った。ただ羅水の声のみが響いた。
「鶯朱雀は一命は取り留めましたが、依然として危険な状況です。犯人はまだ分かっていません。しかし青柳の可能性が高いようです。そして重要な手掛かりが一つ。春日井さまが鶯雛子に会ったと証言しているようです」
「雅が……!?」
千歳は驚きの声を上げる。しかも鶯雛子に会ったと言うらしい。椿も隣で同じ様に驚いていた。
「はい。春日井さまは鶯雛子に会った後すぐにその場を去ったそうです」
「何故?」
「助けを呼びに行こうと考えたらしいのです」
「……そう、でも、間に合わなかった?」
千歳が俯き加減に言った。千歳だって分かっている、雅は朱雀の元から離れるべきではなかったということを。羅水は小さく頷く。
「今のところはそれくらいしか分かりません。灯は口が固いので……」
「そこに雛子の姿は無かったのかい?」
「いいえ。ありませんでした」
「そうか」
その後、羅水は退室した。再び情報を集めに行ったのだ。辰爾、千歳、椿、松波は黙って誰も話さない。
「青柳は……鶯を潰す気だったんだものね」
千歳が呟く。彼等はそれを忘れていたのだ。
「鶯朱雀が狙われるのも、当たり前か」
「皆、これから青柳が何を仕掛けて来るか分からない。充分注意してくれ」
辰爾が三人に呼び掛ける。三人の了解を告げる声だけがした。