第六十八話:罰
私に“忌児”であることを理解させる為に、遊良は母親に遣わされた。その時は初めて会う従兄弟に期待の胸を膨らませたが、実際に本人と会ってみて、それは一変した。彼は良く言えば、私が出会った中でも特に正直な人間の一人だ。とにかく、私は幼い頃から遊良に恐怖心を持たずにはいられなかった。
「オイ、皆が話してるの聞いたぜ。遊良の野郎、また花水木に顔出したんだって?」
厳しい顔付きの椿が返答を迫る。千歳はハァ、と小さく溜め息を付いた後、うん、と頷いた。椿の表情がますます険しくなった。千歳の母親の葉月、椿の母親の美月、そして遊良の父親は兄妹である。つまり三人共、従兄弟の間柄なのだ。千歳と椿が出会うよりもずっと先に、二人は遊良と会っていたのだ。
「で、お前、どうするんだよ」
「……どういう意味?」
「また奴の言いなりになるのか、って言ってるんだ」
椿の言葉に千歳は俯く。苦い過去を思い出したのだ。何も言わない千歳を見て、椿はやれやれ、と頭を掻いた。
「仕方ねェな。今回は俺が居るんだ、ビシッと遊良に言ってやるよ」
「いいわよ、別に」
「自分じゃ言えない癖に」
「言う必要が無いってこと。雅の件で私が勝手に動いたこと、母さん怒ってるのよ。だから遊良君を呼んだんだわ」
「何だよ、やけに冷静じゃないか」
「私だってもう大人なのよ」
千歳は突き放すように言った。椿は呆れた顔になる。千歳の強がりは嫌という程、知っていた。
「ったく、次から次へと!まだ鶯の問題も解決してないっていうのに」
椿がブツブツと文句を言い始めた。千歳はただ黙ってジッと一点を睨んでいた。
葉月は辰爾の部屋の前に来て、声を掛けた。中から返事があったので、葉月は室内へ入った。
「辰爾さま、どうかしましたか?」
辰爾はキツい目付きで母親を見た。しかし当の本人は動じることなく、どっしりと構えている。
「先日、屋敷で遊良の姿を見掛けました」
「そうですか。私がお兄様に頼んで、呼びましたの」
「……また千歳を苦しめるつもりですか?」
「苦しめる?」
ふ、と葉月は笑った。それは作り笑顔だった。しかし辰爾は気にせず続けた。
「勝手なことをしないで頂きたい」
「辰爾さま。勝手なことをしたのは千歳の方ですよ。当主の許可無しに青柳と口約束をするなんて、前代未聞だわ。当然罰を与えるべきです」
「私はそれで良いと思っています」
「良くありません。もう少し当主としての自覚を持って頂かないと」
辰爾は顔をしかめる。母親は自分を贔屓し過ぎる。同じ兄妹の千歳には目もくれない。それがずっと辰爾の気掛かりだった。
「とにかく遊良を呼ぶのは止めて下さい。私が許可しません」
「それを決めるのは私です。私は常々、花水木家の為を思って動いているのですよ」
「……母さん。母さんはそんなに千歳が気に入りませんか?」
辰爾は葉月の目を真っ直ぐ見て、言った。葉月も同様に辰爾の目を見る。
「気に入らない、ではありません。嫌いなのよ」
母親の笑顔が余りにも不自然で、辰爾は思わず身震いをしてしまった。同時に再び言い様の無い罪悪感に襲われた。