第六十三話:書庫
満湖は一人、薄暗い書庫で日焼けした冊子を読んでいた。周りに人の気配はない。ただ静寂があるだけだ。
――カタン
「ッ!」
満湖は音のした方をギロリと睨んだ。そして普段の彼女からは想像出来ないような、低い声で尋ねる。
「誰だ」
「それはこちらの台詞ではないかしら、花水木の狗さん?」
目を細めながら、相手をジッと見る。手には武器が握られている。灯だ。それもその筈、満湖が侵入したのは鶯家の書庫なのである。
「何かお役に立つ情報はあったかしら」
「……」
「花水木が何を知りたいのかは分かっているわ」
「……」
満湖は一言も答えない。ただ灯を睨んでいるだけだ。古堤である彼女の、守るべき掟である。情報は決して与えないのだ。灯本人も大して気にしていないようだ。
「余計なことはしない方が花水木家の為よ。三家には知らなくていいことが多すぎる」
「知らなくていいことかどうかは主が判断すること」
「本当に古堤は忠実な狗だこと!」
灯は溜め息交じりに呟く。満湖は顔色一つ変えなかった。書庫の中に一筋の陽の光が差し込む。灯の姿がハッキリと現われた。
「……春日井さまの教育係」
衣砂の姿を見て、満湖はポツリと言った。衣砂は不敵な笑みを見せる。
「意外かしら? 春日井雅に注意しておくべきね。青柳だけじゃない、鶯だって雅を狙っているんだから」
「どういう意味……」
「そのまんま、よ。忌児の大切なお友達なんだから、気を付けないとね」
衣砂はクスリと笑う。
そして静かに書庫を出て行った。残された満湖は冊子を閉じ、大した情報を得られないまま書庫を後にした。しかし書庫には衣砂、満湖のニ人は気付くことが無かったもう一人の人間がいた。青柳草人はひっそりと彼女達の話を聞いていたのだ。草人はハァと溜め息をつき、暫くして不敵な笑みを浮かべながら、その場を去って行った。