第六十二話:環和
環和ちゃんは兄に恋愛感情を抱いている、らしい。私は環和ちゃんがどれ位兄を慕っているのか、正直なところ知らないのだ。ただ事あるごとに兄に会いに来てくれる。いつも独りの兄に安らぎを与えてくれる存在であることは確かだと思う。
千歳と椿が道場で稽古をしていると、例の如く環和が勢い良く飛び込んで来た。
「お邪魔しまーすッ! 千歳ちゃん、椿ちゃん、元気にしてた?!」
相変わらず環和は快活だ。二人は肩をビクつかせたが、驚きは直ぐに消えた。ここ最近、環和が花水木家に来る頻度が増えて来ているのだ。それは椿も同じことだった。
「今日はどうしたの?」
「辰爾君に会いに来たのよ。今、大丈夫そう?」
「多分、大丈夫。ただここ数日、塞ぎ込んでるかな」
「そう」
環和の声が急に小さくなった。千歳はそれが気になり、チラリと環和の顔を覗く。環和の表情は苦々しく、怒っているようにも少し見える。千歳は何も言わず、うん、と頷いた。
「兄さん、環和ちゃんが来た後はいつも元気になってるよ」
「……そっか」
「うん」
「というか、お前、本当に辰爾さんのこと、好きなのか?」
椿は環和が手土産に持って来た煎餅の袋を開け、バリバリと食べながら言う。環和もそれをヒョイと取って頬張った。
「好きよ? 何を今更」
余りにも環和がアッサリと言い切るので、千歳と椿は顔を見合わせた。本人は気にせず煎餅を二つに割っている。
「……本気、なんだよね」
怖々と質問する千歳を見て、環和は優しく微笑む。千歳は環和の顔を見なかった。ポンと肩を叩く。
「将来私の義妹になったら、思いっ切りしごいてやるんだからね!」
「怖ッ」
椿が小さく呟くのを環和は聞き逃さなかった。ニヤリと笑いながら、椿の方を見る。
「アラ、椿ちゃんも私の未来の義弟じゃない。覚悟しなさい」
「じょ、冗談じゃねぇ!!」
本気で焦る椿を見て、千歳と環和はクスクスと笑い出した。そして和やかに談笑した後、環和は辰爾の部屋へ向かった。
環和ちゃんは優しくて強い。だから兄さんも私も、同じように憧れている。でももし、もし兄さんにも恋愛感情があるならば、それ程幸せなことはないだろう、と思う。兄さんは支えてくれる強い人が居ないと、いつか壊れてしまいそうで怖い。