第六十話:忌児
花水木から来た奴等の中に、一人、顔見知りが居た。向こうは覚えていないようだが、俺の記憶の中にはきちんと残っていた。俺がまだ中学生だった時の記憶だ。アイツは俺が出会った人間の中で一番泣き虫だった。
「花水木千歳、ですか?」
衣砂が怪訝そうな顔をして首を傾げる。どうも自らの主を信用しきれないようだ。一方、朱雀は全く気にする様子がない。
「ああ、お前なら直ぐに調べられるだろ?」
「勿論。しかしいきなりすぎますよ、朱雀さま。どんな理由があるのか教えて頂きたいわ」
朱雀の顔が一気に面倒くさそうになる。しかし衣砂は何度も同じ問いを繰り返した。
「五月蠅いなぁ、何だっていいだろ」
「よくありません。花水木辰爾ならまだしも、千歳の方を選ぶなんて!」
「はぁ? 何か特殊な人間なのか?」
「……お勉強が足りませんよ、全く! 花水木千歳は忌児です」
「忌児?」
「貴方の教育係は一体何を教えてたのかしら!」
「仕方ねぇよ、ジジィだった」
シレッと言う朱雀を見て、衣砂は更に苛々とした。さっきから幾度となく、溜め息をついた。しかし朱雀はそれを見て見ぬ振りをしている。
「忌児とは花水木家に代々伝わる呪われた子のことを言います。彼等は灰色の眼と淡い茶色の髪を持ちます。だからすぐに識別出来るのです」
朱雀の表情が途端に真剣になる。彼は見た目からは想像出来ない位、頭は切れた。衣砂は朱雀の表情を見て安心しながら続けた。
「忌児は死にません。どんなに大きな怪我だろうとたちまち治してしまいます」
「……不死か」
「いいえ、不死ではないのです。彼等にも“死”はあります」
「どんな?」
衣砂は一瞬、口に出すのをためらった。しかし真っ直ぐ朱雀の目を見て言った。
「忌児の死は、主に見捨てられた時、だと聞きます」
「見捨てられた時?」
「忌児は今までの怪我全てをその身に負って死ぬのです」
衣砂がそう言った後、室内に静寂が訪れる。朱雀は考え事をしているため、何も話さない。しかし衣砂はそれに満足のようだ。
「……それ以外には?」
「特には。忌児は三家の中でも異質で謎が多いのです」
「助かった。これで少し見えて来たことがある」
「それは光栄ですね。けれどちゃんとお勉強して頂かないと困りますわ」
再び衣砂がグチグチと言い始めた。朱雀は耳の穴をほじくりながら、あーとかはいはいとかの気のない返事をして適当にあしらった。衣砂は文句を続けることを諦めて、その場を去った。一人残った朱雀はやはり物思いにふけっていた。
俺はようやくアイツの涙の理由が分かった。あそこに来なくなったから問題は解決したのかと思っていたが、それはどうやら違うようだ。アイツが自らを受け入れた、いや違うな、アイツが諦めたからだ。けれど俺はアイツに何もしてやれない。