第五十九話:逢坂
雅が居なくなってから、学校はつまらないものになった。元々友達もいないし、頭も大して良くない。学校に来る意味なんて無いんじゃないか、と世の中の学生と同じようなことを考えている。ついでに最近、妙な奴に懐かれた。
「花水木ちゃん!」
廊下でボーッと外を眺めていたら、にこやかに手を振りながらこちらにやって来る人物がいる。逢坂勝也だ。
「……オーサカ君」
げんなりしてしまう。彼は元気がいい、だから関わると余分に体力を使わなければならない。逢坂君は口を尖らせている。
「逢坂だって」
知っている。せめてもの抵抗だ。最近、彼は事あるごとに話し掛けて来る。もしかしたら椿よりも話すかもしれない。勿論、学校内での話だ。
「何?」
「用がなきゃ、話し掛けて駄目なのかよぅ」
「駄目」
「うわ、ヒドッ!」
逢坂君は優しい。彼がやたらと声を掛けてくれる理由は分かってる。私が独りだからだ。流石、生徒会役員、生徒の鑑である。
「逢坂君!」
私の背後から声がする。逢坂君は変わらずの笑顔で手を振る。私は振り返ることをしない。相手は誰だか予想がつく。
「瑶子先輩、こんにちはー」
「こんにちは」
白夏瑶子はやっぱり笑顔だった。私は顔を見せないように向きを変える。しかし無駄な抵抗だった。
「もしかして花水木さん?」
「あ、はい、こんにちは」
やはり無愛想な態度になってしまった。しかし生徒会長は気にした風は無く、話を続ける。
「神林君の幼馴染みなんだってね。よく話を聞くよ」
「……そうですか」
初めて、微笑むことが出来た気がする。普段は気取ってる椿が必死な様子が目に浮かぶ。正直、微笑ましく思える。
「二人は付き合ってるのかと思ったもの。でもお似合いだと思うんだけどなぁ」
椿、私が傷付く理由なんて無いわよね。なのにズキリと胸が痛んだ。ああ、椿の恋が上手くいきますように。
「瑶子先輩、鈍いっしょ?」
生徒会長と別れた後、逢坂君は意地悪な笑みを浮かべながら言った。私も苦笑する。
「そうね、罪な人」
「うわ、花水木ちゃん、カッコいいこと言うなあ!」
「……椿も苦労するわ」
「神林は喜んで苦労すると思うな、俺は」
「Mってこと?」
「ブハッ! 案外そうかも」
「椿は世話好きなのよ。ついでにお節介」
「分かってるね!」
「付き合いが長いだけ、それだけよ」
小さく溜め息をついたのを逢坂君は見逃さなかった。苦々しい顔をしているのが良く見える。
「花水木ちゃん、花水木ちゃん」
「何?」
「世の中、辛いことばっかじゃ無いじゃない」
「は?」
「花水木ちゃんは後向きに歩いてるよ」
「……」
「よくないと思うなあ」
「うん」
「俺は花水木ちゃんのこと、よく知らないけど損してるってことは分かるよ」
「そう?」
「そう。ネガティブは駄目だよ、ネガティブは」
「どーも」
「え? 今のはお礼!?」
「さあね」
私は逢坂君を背に、ゆっくりと歩き出した。逢坂君は聡い人だ。もう追うことは無い。私は椿は人を見る目があるなぁ、なんてぼんやり考えながら階段を降りた。