第五十八話:饅頭
鶯雛子には謎が多い、羅水は私にそう報告した。内容を聞いていると確かにそう思う。雛子は三年前に行方不明となった。彼女の部屋には手紙が残されていて、そこには「探さないで下さい」と書かれていた。鶯の人々は勿論、雛子を探した。しかし見付からない。ただ彼女の大好きだった丘に雛子のボロボロになった靴が残されていただけだ。鶯の人々は雛子がここで自殺したのではないか、と疑った。しかし死体は見付からない。灯が必死になって証拠を探したが、無駄だった。結局、雛子は行方不明とされたのだった。
羅水曰く、まず灯がそう簡単に証拠探しを諦めるはずが無いらしい。彼等は古堤同様、その道の専門家だ。仕事はきちんとこなす。次に何故鶯は今も雛子を探していないのか、ということだ。仮にも現当主の姉だ。先の当主の娘にあたる。上の立場である彼女が見捨てられた理由が見付からない。雛子失踪には、青柳よりもむしろ鶯側に謎があるようだ、と羅水は考えた。
千歳はブラブラと屋敷の回りを歩き回っていた。口笛を吹いたり、しゃがみ込んだり、道端の草を見たりする。これは千歳の考え事がある時の癖だった。
「千歳!」
名を呼ばれて振り返ると、椿が紙袋を片手にニヤリと笑っていた。どうやら家から土産を持って来たらしい。
「どうしたのよ、それ」
「お前のことだから、どうせ饅頭だと思ってるんだろ?甘いよ」
「五月蠅いわね。じゃあ何なのよ」
「見てみろよ」
椿は千歳に紙袋を差し出した。千歳はそれを受け取る。そしてコソコソと中を覗いてみた。
「あ」
紙袋の中には饅頭とボロボロの御守りが入っていた。千歳は頬を膨らます。
「やっぱりお饅頭じゃない!」
「メインは御守りだ」
「……誰から貰ったの?」
急に椿が目を逸す。千歳は一気に疑い顔になる。椿がボロボロになるまで使うのは何か意味がある筈だ。椿はなかなか答えようとしない。
「誰から貰ったの!」
「瑶子先輩」
はあ、と千歳は盛大な溜め息をついた。そして軽蔑の目で椿を見る。
「な、ん、で、私がアンタの好きな人から御守りを貰わなきゃならないのよ!」
「……」
椿の目が宙を彷徨う。千歳は苛々と頭を押える。椿はうーん、と唸り始めた。
「ったく、急にだらしなくなるわね!」
「前に先輩から貰って、役に立ったから、さ」
「惚気、って訳」
再び千歳は溜め息をつく。そして紙袋をそのまま椿に突き付けた。反射的に椿はそれを受け取る。千歳は椿に背を向けた。
「……気持ちは有り難いけど、要らない。私には必要ない。知らない訳無いじゃない、ねぇ?怪我をするのは私じゃない」
「気持ちの問題だ」
「生徒会長も椿の為を思って買ったんだから。アンタが持ってなきゃ」
椿から千歳の表情は見えない。しかし椿は敢えて覗こうとは思わなかった。予想はつく。酷い顔をしているだろう。
「……悪い」
「謝らないでよ。私が変なだけ、他の女の子にやったら喜ぶわ。生徒会長からだって言わなければね。あ、でも」
そう言って椿の持っている紙袋から饅頭を取り出した。そしてニヤリと笑う。
「これは遠慮無く頂きます」
そしてゆっくり屋敷の中へ戻って行った。それを見送った後、椿は頭を抱えて蹲った。