第五十六話:自由
鶯朱雀は何とも不思議な男だった。歯に衣着せぬ物言いといい、派手派手しい恰好といい、由緒正しい家柄の当主だとはとても思えない。しかし彼は私に無いものを持っていた。
「辰爾さま」
葉月が辰爾の部屋に入って来る。それをチラリと横目で見た後、辰爾は元からしていた作業を続けた。手紙を書いているのだ。
「鶯家の当主は何て?」
「人質を取られて青柳に逆らうことが出来ません。こちらも何か新しい策を練らないと」
「鶯も花水木の敵、ということですね?」
辰爾は葉月の方を見た。葉月も辰爾から目を離さない。しかし二人共、口を開かなかった。
「……そうとも限りません」
「いいでしょう。先日、旦那さまが貴方に会いたいとおっしゃっていましたよ。近々離れにお寄りになって」
「父さんが?」
「大切なお話があるそうです」
辰爾は少し俯き気味になって、考え込んだ。葉月も話さない。
「……何か、父さんに言ったんですか」
ボソリと低い声が室内に響く。葉月は息子のいつにない怒りに思わず肩を震わせた。辰爾は真っ直ぐに母親を見る。
「会いに行きますよ、しかし私の気持ちが変わることはありません」
「辰爾さまッ!」
「用が無かったら、退出願いたいのですが」
辰爾は母親には目もくれずに手紙を書き始める。葉月は小さく溜め息をついた。
「失礼しました」
そう言うと葉月はそっと戸を閉めた。
鶯朱雀には“自由”があった。これは私も手にしていることは知っている。しかし種類が違うのだ。私の自由は家を動かす自由だが、彼の自由は考えの自由だ。生き残りがバラバラで生活する鶯家では当主が家を動かすには限界がある。その代わり、考え方は自由なのだ。私は違う。大きな花水木家は私の一存で好きなように動く。しかし常に彼等を気に掛けなければならない。古くからの考え方を押付けられる。周りの目。自らの意見が通ることは困難だ。
しかし私は鶯朱雀の持つ自由に、つい憧れてしまった。私も手に入れたい、と。この種の自由との併合は危険が伴うけれど、持っている価値はある。心を固めるだけで手に入る自由だ。私はこれを手に入れなければならない。