第五十四話:訪問
辰爾、千歳、椿の三人は羅水の後について鶯家の隠れ家に向かっていた。人の少ない林の中に一つの古い屋敷が見えた。鶯家だ。羅水は三人に目で合図した。今回の訪問は突然のことだ。鶯家で知る者はいない。断られないための計画であった。羅水が門に付いていた鐘を鳴らした。高い音が響く。すると中から使用人らしき男性が出て来た。
「どちら様ですか?」
「花水木家の者だ。朱雀殿にお話がある」
「……少しお待ち下さい」
男性の表情が少し曇った。疎まれているのが明らかだ。辰爾は苦笑していた。全ては始めから分かっていたことだ。
「お待たせしました。中へどうぞ」
髪を高い位置で結んだ女性が案内する。
「ありがとう」
辰爾は微笑みながら礼を言った。そして女性の後に続いた。
「私は衣砂と申します。本日はいきなりでしたね」
「ああ、申し訳ない。時間が無かったものでね」
衣砂は辰爾の方を見ることなく、会話を続ける。しかし辰爾もそれを気にする様子は無かった。
「花水木家は鶯に手を出さない、と聞きましたが」
「そうだね。今日は本当に話をしに来ただけなんだ」
「正直、信用なりません。貴方方の側に灯を付けさせて貰います」
「構わないよ」
衣砂の攻撃的な物言いに椿が反応する。それを羅水が一瞥して止める。千歳も呆れた顔をしていた。
「此処です」
衣砂が止まって、一つの部屋を指した。そしてスルリと戸を開ける。
「……どうぞ」
そこにはダラリと黒い着流しを着て突っ立っている青年が居た。肩まで伸びる髪がボサボサと跳ねている。見下ろすような目は強い力を持っていた。
「よく来たな」
フンと鼻を鳴らしながら鶯朱雀は言った。上の者とは思えないような態度だ。
「朱雀さま!」
衣砂が嫌そうな顔をして朱雀を咎めた。本人はシレッとしている。辰爾も特に気にした風は無い。
「初めまして。花水木辰爾だ。これから長い付き合いになりそうだ、宜しく頼むよ」
「俺にその気は無い」
「お前ッ……その態度はねェ」
「椿!」
千歳は椿を諫めた。椿は不服そうな顔をしながら黙る。すると朱雀が少し不思議そうな顔で千歳を見た。
「お前、どっかで?」
「え?」
「いや、いい。気にするな。まぁ、こっちに座ってくれ」
朱雀は数枚ひいてある座布団を指差す。朱雀は先にドカッと座り込み、胡座をかいた。
「で?辰爾殿はどんなお話があるのかな?」
ニヤリと笑いながら朱雀は首を傾げた。椿は又もや怒りで反応する。
「青柳の力が増していることは知っているだろう?」
「馬鹿にして貰っちゃ困るぜ」
「鶯を乗っ取ろうとしているのも気付いているかな?」
「勿論」
「花水木としては以前のように三家を調和のある関係にしたい」
「そりゃ高尚なこった」
「鶯家はどうするつもりかを聞きたい」
「残念だな、あと一日早ければ結果もまた変わってただろうに」
朱雀は煙草に火をつけながら、そっぽを向いた。部屋には静寂が訪れた。