第五十一話:決断
「以上です」
羅水のいつもより低い声が大きな部屋の中で響く。羅水の向かい側には辰爾が座って居た。普段よりも無表情だ。
「ご苦労だったね」
暫くの沈黙の後、辰爾がゆっくり口を開いた。羅水は小さく頭を下げる。千歳に報告している時の彼とは全く様子が違う。
「では、失礼します」
そう挨拶して羅水が部屋を出ようとした時だった。珍しく辰爾が羅水を呼び止める。羅水は少し驚いたが、再びその場に座った。
「羅水、私は間違っていると思うか?」
「……と言いますと?」
「この前、環和に色々と言われた。そのせいだとは言わないが、自分の方針に少し自信が無くなってしまってね」
辰爾は力無く笑った。環和の言葉がそれ程重く、彼の心にのしかかったのだろう。
「何が正しくて何が間違っているのか、ということは後になって分かることです。今は辰爾さまの御心のままに」
「そう、なのだよな。私は花水木の次の長なのだ、自ら決断しなければ……」
辰爾の声が徐々に弱々しくなっていく。羅水は頭を下げて、そのままだ。何も言わなかった。言ってはいけない、と判断した。
「いつも考えてしまう。本当にこれでいいのか、と。無茶に行動して、千歳の友人を危険に冒してしまったらどうしようかと……」
「春日井さまは心配ありません。鶯家の灯は優秀です」
「そうだな、噂には聞いているよ。しかしそういう話ではないんだ、もっと……」
羅水は小さく息を吸った。そして静かに口を開いた。
「辰爾さま、貴方は千歳さまによく似ていらっしゃいますね。やはり兄妹だ。……お忘れですか? 貴方の周りには多くの者がいることを」
「……」
「貴方は決断しなければならないのです。例えそれが悪い結果をもたらそうとも、誰も後悔しません。何とか良くしようと努めます。だから貴方は迷ってはいけない。大将がしっかりしていなければ、子分も後に続くことが出来ません」
羅水が一気に話し終えると、辰爾はフッと笑った。羅水には、その顔がとても悲しそうに見えた。
「生意気な発言をして、すみません。下の者として適切な対応ではありませんでした。処罰はなんなりと……」
「いや、いいんだ」
辰爾は俯いていた顔を上げた。小さく微笑んでいる。羅水ははい、と頭を低くした。
「私は弱いな、嫌になる程。いつも何故か物事を悪いように考えてしまう」
「前向きでいることは難しいことです。千歳さまだって同じこと……」
「そうだな。羅水、ありがとう」
「いえ」
「引き続き、青柳の動向を探ってくれ」
はっ、と短く返事をすると直ぐに姿を消していた。一人残った辰爾はそっと戸を開いて庭を見た。今日の庭は普段よりも覇気が無いようだ。辰爾は水を与えなければ、と思い立ち上がった。