第五十話:恋愛感情
私と椿、羅水、松波は違うということはいつも忘れない。だから彼等に“花水木”よりも大切なものが出来たら、直ぐに手放さなきゃならない、と心に決めている。高校に入って、椿に“生徒会”という大切なものが出来た。そこには椿の大切な人もいる。じゃあどうして私は手放せないんだろう。彼を自由にしてあげなければ、頭と心が一致しない。
「千歳、おい!」
道場でボーッとしていると、隣で椿が私の名前を呼んでいた。気が付いて振り向くと、椿は怒っているのが分かった。
「……何?」
「何じゃない、どうしたんだよ、アホ面して」
「別に」
ネガティブな思考を巡らせていたことを知られるのは癪だったので、しれっと言い返す。椿は嫌な顔をした。
「今日、逢坂がお前と話したって。変なこと、吹き込まれなかったか?」
私は思わずプッと噴き出してしまった。
「べ、別に」
笑いを堪えながら応えると、声が震えてしまった。いけないと思って顔をあげると、案の定、椿の不機嫌顔が見えた。
「何言われたんだよ!」
「生徒会の話? かな」
「疑問形かよ。あの野郎!」
「いいじゃない、減るもんじゃなし」
「アイツ、やけに核心についたことを言うから要注意なんだ」
「……確かに目敏いかも」
「何言ったんだ!?」
「私のことよ。生徒会長のことじゃないわ」
“生徒会長”という単語が出た途端に椿の顔が赤く染まる。面白い、と思いながらもどうしても苦い感情が湧く。椿はしどろもどろし始めた。
「よ、瑶子先輩とは何でもない!」
「へぇ」
気のない返事をすると、椿は顔をパンッと叩いて、その後風月を手にした。
「おい、相手しろよ」
「えー?」
「早く」
「……仕方ないなぁ」
私は椿に対して恋愛感情は無いだろう。でもせめて、せめて“許婚”である内は私の我が儘に付き合ってくれたら、と思う。全てが終わったら椿を私から解放する、これが私にとって絶対の約束なのだから。