第四十九話:購買
雲住家から花鳥と風月が返って来た。それを受け取って見てみると、前とは違って刃がとても美しくなっていた。椿も張りが違うと感心していた。普段より竹刀を持つことが多くなったように思う。道場にいる時間が長くなったように思う。それ程、花水木と鶯の接触は危険なのか、と身構えてしまう。それに雅のことも気になる。所詮自分は、羅水から聞いた情報しか持っていないのだ。羅水曰く、青柳の使者が近々鶯を訪ねるらしい。そのため、鶯自体も動き出した。全てが変化しだしているのだ。
千歳は珍しく学校の購買に来ていた。いつもは持って来るお弁当を今日は持っていなかったのだ。幾つも並んでいるパンを二つ取って、会計に渡した。お釣を受け取って教室に戻ろうとした時、名を呼ぶ声に気が付いた。
「花水木ちゃん!」
妙な呼び方に顔をしかめて振り返ると、そこには勝也が居た。
「……オーサカ君?」
「覚えててくれたんだ! 嬉しいな」
ニコニコと近付いて来る勝也から、千歳は思わず後退りしてしまう。勝也はそれを気にする風は無く、話を続けた。
「最近、神林の野郎があんまり生徒会に顔を出さなくてさぁ。花水木ちゃん、何か知らない?」
「さぁ? 分かんない」
本当は知っている。椿も千歳同様、稽古に必死なのだ。前回惨敗したという結果があるために。
「そっかそっか。アイツに生徒会以外に大事なモンがあるなんて意外でさぁ」
「そう?」
「うん。だって生徒会にはあの人がいるし」
「そう、よね」
すると勝也は少し意外そうな顔で千歳を見た。
「花水木ちゃん、もしかして君、神林のことが好き?」
「……はあ!?」
千歳は思わずとんでもない声を出してしまう。勝也はビクリとした。
「何でそうなるのよ!」
「いや、な、何となく」
「気持ち悪いこと言わないで」
余りにも千歳が怒るので、勝也はあたふたしていた。千歳はその様子を見て、ハァと溜め息をついた。
「……椿は生徒会、楽しそう?」
「え? うん、まぁね」
「それなら良いのよ」
じゃあ、と手を挙げて千歳はその場を去ろうとした。その時、勝也が声を掛けた。
「花水木ちゃん!」
「変な呼び方しないでよね」
そう言いながら千歳が振り返ると、勝也が必死な形相をしていた。千歳はギョッとしてしまう。
「神林は瑶子先輩と同じ位、君のことが大切だと思うよ!」
「……は?」
「だから、君も簡単に神林を突放さない方がいい」
勝也の発言に千歳はポカンとなってしまう。勝也は周りに遠慮無しに続けた。
「花水木ちゃんと話して思ったんだ。何ていうか、君は損しそうな気がする。だからッ」
「ありがとう」
千歳は寂しく微笑んだ。勝也は言葉を続けることが出来なかった。開けた口を静かに閉じる。
「オーサカ君、思ったよりいい人ね」
「……逢坂だって」
勝也も少し苦々しく笑う。千歳は持っているパンを一つ、勝也の手に乗せる。
「コレ、あげるよ」
またね、と手を振って千歳はゆっくりと歩き出した。勝也は、次は呼び止めることはしなかった。