第四十七話:分家
環和は辰爾が居ると聞いた部屋へ向かって、花水木家の廊下を歩いていた。その時、ある一室から辰爾や千歳の母親、葉月が出て来た。葉月は環和を見て少し驚いた顔をしたが、直ぐに普段の厳しい顔に戻った。
「おば様、こんにちは。お邪魔しています」
「こんにちは。どちらへ?」
「辰爾君の所へ」
環和は努めてニコリとする。しかし葉月の表情は変わらない。むしろ更に厳しくなる。
「そう。余り感心しないわね。分家の者が気安く本家の当主に会うべきではないわ」
「そう、ですか?」
神林家、早月家、雲住家は花水木家の分家にあたる。しかし血の繋がりはかなり薄い。
「そうです。用なら私が聞きましょう」
「……」
環和は黙って葉月を見た。葉月は怪訝そうな顔になる。しかし環和は止めなかった。
「何ですか、その顔は」
「辰爾君に会わせて貰えませんか?」
「先程お断りしたでしょう」
「会って話さなきゃいけないことがあるんです。人伝じゃ駄目なの」
「いけません。あんまりしつこいと追い返しますよ」
葉月の声が響く。環和はそれに押されて言い淀んだ。葉月は環和を軽く睨むと、環和の横を過ぎて去って行った。環和は悔しさから、その場に蹲った。
千歳が心配になって環和を追い掛けると、案の定、環和は千歳の部屋で不貞腐れた顔をして、ベッドに座っていた。
「環和ちゃん」
心配して声を掛けたが返事が無い。環和は俯いたままだ。
「環和ちゃん、ごめんね?」
「……どうして千歳ちゃんが謝るの?」
「何となく」
「何となく、って、無責任ねェ」
下を向いたまま環和は文句を言う。千歳は苦笑した。そしてゆっくりと環和は顔を上げた。しかし目は合わない。
「おば様に辰爾君に会わせて貰えなかったんだァ」
「そっか」
「分家の者が気安く会うなって」
「……」
「そういう古臭いのがここには残ってるってのは分かってるけどさ、いいじゃない、たまには」
「うん」
「自分の為っていうのもあるけど、今回はそれだけじゃないのよ?」
環和は上目遣いに笑ってみせる。千歳は不思議そうに首を傾げる。
「何が特別なの?」
「……秘密」
「何それ」
「千歳ちゃんは知らなくていいのよ」
環和は優しく微笑んだ。千歳は不満そうな顔をしている。しかしそれ以上追求することはしなかった。
「環和ちゃん、私、兄さんを呼んで来る」
「千歳ちゃん」
「護衛だと言えば大丈夫なの。兄さんもきっと環和ちゃんに会いたいわ」
千歳の力説に環和は噴き出す。途端に千歳の顔がムッとなる。環和は必死に笑いを堪えていた。
「何で笑うのよ」
「ううん。お願いしてもいい?」
「いいけど……何か納得いかないなぁ」
ブツブツと文句を言いながら、千歳は部屋を出て行った。
辰爾君に伝えなければならないのは、彼のやり方のこと。彼は全てに優し過ぎ。自分を責め過ぎて、いつも自分を犠牲にするような方法を取る。だから私は辰爾君がほっておけない。少しでも痛みを分けれれば良いから、私は彼に伝えたい。